出会いは受難の始まり(一)
ようやくスライブ登場です
セシリアは穏やかに時が流れるかと思っていた。
何気ない日常。敬愛する養父母や優しい使用人と屋敷で過ごす時間も、街に降りれば気さくに声をかけてくれる見知った人々との触れ合いも。そんな日常がずっと続くと思っていた。
だが、その日常は突然崩れ去る。マスティリアが不可侵条約を結んでいる隣国ガーネルトから突然攻撃を受けたのだ。
辺境に接しているトーランドは一番最初に攻撃された。侵略の憂き目は回避できたが、それでも町は戦禍に見舞われ焼かれてしまい、数年経った現在でも復興作業は続いている。
「うん…今日もいい天気」
町を一望できる丘に登って街を遠くから眺めるのがセシリアのここ数年の日課だった。その後、丘を一気に下って街を見て回る。
街は少しずつ復興していて中心部はすっかり以前の賑わいを取り戻していた。
それが何よりも嬉しい。
何軒か馴染みの店に顔を出しながらセシリアは知り合いに挨拶していると自然に街の人からも声を掛けられる。
「おはよう!今日も元気かい?」
「うん、元気。おじさんはいつも男前だね」
「ははは。知っているよ!」
そんなやり取りを普通に出来る街の人が好きだ。街の人はちょっといいところのお嬢さんかなにかだと思っている様子だったが、深く詮索しないのはありがたかった。
今日はどこに顔を出そうかと思いながら歩いていると、不意に屋敷で使う野菜を仕入れる時期だと気づく。
折角だから知り合いの八百屋にお願いすることにしようと、軽い足取りでセシリアは店へと向かっていた。
「あ、おばさん!おはよう!何かいい野菜入ってる?」
「そうだね、ジャガイモのいいのが入っているよ」
「じゃあ、それもらうわ。」
「セシリアちゃんの顔を見ると一日頑張れるからおまけするよ」
「ありがとう!!」
そんな普通のやり取りをして、店主が袋に商品を詰めているのを見ながら手持無沙汰になり、何気なく通りを見ていると前の方から男が歩いてきた。
燃えるような朱金の髪にエメラルドの瞳で、歳はセシリアと変わらないくらいか少し上だろう。アーモンドのような形のいい目や薄い唇は、女性が思わず止まってしまうような美少年だった。
いや……少年というには歳をとっているが青年としては少し若いかもしれない。
そんな危うい年頃の独特の雰囲気に目が離せなかったが、それだけではなかった。そのエメラルドの瞳には光がなく、暗い影が見て取れた。
(せっかくイケメンなのに、なんか暗くて魅力が半減だなぁ)
そんなことを思っていると青年は対面から来た体格のいい壮年の男性にぶつかられバランスを崩した。青年が倒れるのをセシリアは反射的に支えようと近づき、その肩を掴んだ。
青年がゆっくりとセシリアを見つめる。だけどその表情に変化はなく、ここではないどこかを見ているようだった。
「大丈夫?顔色が悪いわ」
「……平気だ。構わないでくれ」
「平気って……具合悪いんじゃない?何か病気?ふらふらしているし、お腹空いてるの?」
「……煩い。放っておいてくれ」
青年はセシリアの手を振り払って、その横を通り過ぎようとした時だった。向こうからマントを被った男が小走りにやってくる。その異様な雰囲気と視線の先に自分たちがいることが分かった。
そして怪しい男は懐に手をやりながら距離を縮め、一気に走り出して来た。その手にはナイフが握られているのをセシリアは見るのと同時に、朱金の髪の男に体当たりしてそれを避けた。
(狙いは……この人?)
ナイフが空を切るのを視界の隅に見ながらセシリアは店のジャガイモの箱を投げ飛ばすと、怪しい男は一瞬ひるんだように見えた。その隙をついてセシリアは朱金の髪の男の手を掴んで走り出した。
「逃げるわよ!!」
「あっ?」
「こっちよ!!」
セシリアは青年が抵抗する隙を与えずセシリアに引きずるように走り出した。勝手知ったる街のこと。セシリアは少し走って路地に入るとそのまま奥へと進む。
少し大通りに出てはまた路地に入るのを繰り返す。土地勘のないものににとっては迷うには十分で勝手知ったる街だからこそできることだった。
これであればあの怪しい男も追ってこれないだろう。
十分引き離したと思ったところでセシリアは歩調を緩めて振り返り、朱金の髪の男に向き直った。
「はぁ……はぁ……ここまでくれば大丈夫よ……」
「……なぜ、助けたんだ……」
「えっ?なぜって、貴方あの男に命を狙われていたのよね。違った?」
「……そうだ。でも、死んでも良かったんだ……」
「えっと……それは、死にたいって聞こえんるんだけど……」
「そうだ」
顔は少し俯き加減で、その目もセシリアを映すことなく石畳の地面を見つめている。
どんよりとした空気がセシリアの周囲に漂う。
暗い……そして重い……
セシリアは一応相手を気遣ってそれらしい言葉を言ってみた。
「何があったかは分からないけどさ死にたいとかって思いつめるのもどうかと思うわよ。人生捨てたもんじゃないっていうし」
「もう……どうでもいいんだ。どうせ俺の替えなんている」
「いやいや、貴方は一人しかいないんだし、替えとか考えるのはどうかと思うけど?」
「煩い!何が分かるっていうんだ。もう、放っておいてくれ!そもそも、余計なことをして欲しくなかった!」
そう言った男の不機嫌な態度を見て、セシリアの中でブツリと何かか音を立てて切れた。
助けたから感謝して欲しいとは思わないが、それにしてもその態度は無いだろう。
しかも下手に出て励まそうとしたら、その言葉を拒絶しただけではなく八つ当たりまでしてくる始末。
「こんの!!ぐちぐち男―!!」
「っ!!」
ゴンという音が周囲に響いた。セシリアが頭突きするとその反動で朱金の髪の男が飛ばされて地面に尻を突いて目を見開いて呆然としていた。