宰相補佐官への同情(三)
ライナスはいつ作ったのか分からないが、セシリアと同じ金色のロングヘア―のウィッグに、ライトグリーンのワンピースで戻ってきた。
それを見たマクシミリアンは「本当に……そっくりですね」とぽつりと呟いていた。
「ライナス……ちょっと部屋に来なさい……」
「……お義父様……これには訳が……」
「いいから来なさい……」
「ひいいいいいい」
普段温厚な義父が無表情でライナスを部屋へと呼んだが、その雰囲気は絶対零度の怒りがひしひしと伝わってきたので、セシリアは自分は絶対にヴァンディアを敵にはしないようにしようと心に決めたのだった。
ヴァンディアにこってり絞られた後、ライナスはマクシミリアンに王都へと連行されていった。
こうしてなんだかんだありながらもセシリアは兄と離れて暮らすこととなった。
(兄さん、元気で暮らしてね。そして宰相補佐殿……頑張れ……)
ライナスが乗った馬車を見送りながら、セシリアは心の中でマクシミリアンに同情とエールを送ったのだった。
そんなドタバタ劇から月日は粛々と流れていく。
セシリアが送ったエールはさほど効果はなかったようで、マクシミリアンは苦悩の連続だったようだ。
ランドールに残されたセシリアを心配してか、マクシミリアンは半年に一度はランドールを訪れてくれ、そのたびに色々な話を聞かせてくれた。
「ライナス王子の近況をお伝えしますね」
「はぁ……別にいいんですけど」
「いやいや、聞いてください。この間、ライナス王子は……」
ライナスの近況報告という名目で来てくれるマクシミリアンであったが、ライナスに振り回される日々の愚痴を言いに来ているのではないかと思ってしまうくらいほぼ愚痴だったのだが…。
ただ、そんな無茶ぶりをするのはマクシミリアンだけの様で、もともと外面のいい性格もあって、なんとか王子としての務めは果たしているようでセシリアは安心していた。
同時にマクシミリアンの言葉からは窮屈な城での生活も垣間見えており、その度に自分は男でなかったことを心の底から感謝する。
「たまには、王都に遊びに来てはいかがですか?城に入るのは他の家臣たちの目もあるのでできませんが、王都を見るのもいいかと思いますし。なんなら王都で暮らせるように手配しますよ」
「そうですね……住みたいかって言われるとNOですね。一回王都には行きましたけど、もう満足ですし」
セシリアはマクシミリアンに誘われる度ににっこりと笑いながら拒否していた。
一度マクシミリアンに誘われて王都に遊びに行ったことはあったが、一回で満足してしまっていた。外国の品物が多く集まるのは興味深いし城下町の散策は楽しいが、アイゼルネ家にお世話になるのも心苦しい。
それよりも一番の問題はアイゼルネ家の護衛として行動を共にするフェイルスと町を歩くと面倒なことに遭遇することが多々あったからだ。
フェイルスはマクシミリアンの弟で、騎士団に所属している武人だった。だが武人に似合わず優雅な身のこなしと甘いアッシュモーブの眼差し、誰にでも優し甘いマスクに程よく引き締まった体付きは女性を虜にするには十分で、女性からかなりモテていた。
兄のマクシミリアンもそれなりに美丈夫ではあるが、如何せん真面目な雰囲気で少し近寄りがたい雰囲気を持っているのと反対に、フェイルスの雰囲気は華がある。
(この二人の雰囲気、逆にした方がいいんじゃない?)
セシリアは何度もツッコミを入れていた。同じ兄弟でもこうも性格が違うのかと思う程だったが、問題はそこではない。
フェイルスは女性に人気だけではなく、フェイルス自身がものすごく女好きだったのだ。フェミニストといえば聞こえがいいが、来るもの拒まず去る者追わず。身分に関係なく女性には常に優しいところもあって、フェイルスと町を歩くととにかく女性に声をかけられることが多いのだ。
中には一緒にいるセシリアとの関係を気にするだけではなく、勝手に逆恨みをして憎しみの目を向けられることもしばしばだった。
そんな気の休まらない状況で王都を歩く気にもならず、セシリアは一度王都に行ったきり、二度と行きたくはないと思った。
「貴方のような若い年頃の女性ならば、王都の方が楽しいのでは?色々な物珍しいものもありますし、アクセサリーや宝石なども素敵なものがあります。私も愚痴を言える……もとい話し相手ができて嬉しいですし」
きっと後半の言葉が本音だろう。セシリアが王都に行けばマクシミリアンの愚痴に付き合わされることも明白だ。
「ありがたい申し出ではあるのですが、私はこのランドールが好きなんです。養父の性格もあってか、城下町の人たちは皆優しいですし、気さくで大らかな性格の民衆が多い。自然は豊かで空気も綺麗で少し行けば川が流れ魚を釣ったり、森に行けば木の実が取れるんです。私はそんなここでののんびりと自由な生活が好きなんですよ」
「そうですか……。分かりました。でも気が変わったらいつでも王都に来てください。歓迎しますよ」
「はい、ありがとうございます」
「では、私はこれで失礼します。また様子を見に来ますね」
「お待ちしてます」
マクシミリアンを送り出したセシリアは大きく息をついて首をぽきぽきと鳴らした。
12歳からの知人で、ある程度の知り合いではあるが、やはり相手は貴族様だと思うと一応営業スマイルをしてしまう。セシリアもライナス同様、必要な場では猫かぶりをするのが得意だ。
屋敷に入る途中でマクシミリアンの言っていた愚痴が思い出され、セシリアは足を止めてマクシミリアンが去っていった方向を振り返った。
(本当……宰相補佐殿、頑張れ……。愚痴ならいつでも聞くわよ……)
同情を感じつつも、再びマクシミリアンにエールを送り、セシリアは屋敷へと戻っていくのであった。
次回からようやく隣国の王子ことスライブが登場します
長かった……