ラバール伯爵への断罪(一)
ここから断罪シーンが続きます。
あまり甘さは全くないのでご了承ください
セシリアは大広間に通じる廊下を歩いていた。
今日の格好はシリィでもセシルでもない少年王ライナスだった。
亜麻色の髪に青のベスト、袖繰りには金にカフスの深い緑のジャケットを身に着け、ファーのついた紫のビロードのマントを羽織っている。
そして王の証である王冠をいただく姿は、見るものを圧倒する総合差を醸し出す……わけではなく中身はいたって普通のセシリアのままだった。
「あー、人前に出るのって嫌なんだよね」
「緊張するのか?」
「緊張はしないけど。これまでも学会とか発表あったから人前でのプレゼンって慣れてるし」
スライブが心配そうに声をかけるがそれを覆すような爆弾発言にカレルが思わず声を上げた。
「えっ?学会って?」
「研究したら発表するのが当然だよ。みんなに周知して更に研究を発展させて欲しいし」
「ちなみに……王の名前でとかだよね」
「まさか。それだとフェアじゃないでしょ?ランドール伯爵家の親戚であるセシル=スナルクランという名前でだよ」
「シリィちゃんって、一体いくつの名前を持っているの?」
呆然とするカレルをしり目にサティはくくくと笑いながら眼鏡のツルをクイっと上げた。
「草むしりに次いで商会でのアルバイト、メイドに潜入捜査に極めつけは学会か。少年王はいくつの顔をもっているのか。これは王妃に迎えるのはかなり面白いな」
「妃になったらシリィちゃん大人しくなるのかな?難しくない?」
「俺はセシリアの行動を止めるつもりはない。このままのセシリアが好きなんだ」
そんなトーランド一行の会話を聞いたセシリアがその言葉を訂正した。
「あのね!私はトーランドに行かないって言ってるでしょ?」
「既成事実は作ってある。大人しくトーランドに来ることだな」
「既成事実って!?」
「またするか?」
そう言ってスライブはセシリアの赤い唇にその指をそっと這わせた。
この間の舞踏会のことを示唆されていることに気づき、セシリアは真っ赤になってその手を逃れるように後ろに飛びのいた。
「とにかく、あの雰囲気が嫌いなの!値踏みする視線とか、媚を売ろうとしてる視線とか、自分の娘を妃にしたいアピールとか!」
「値踏みに関しては……すまない」
「そうよねぇ。スライブ達も私の事ずいぶん不躾な目で見ていたね」
初めての謁見の時の表情を思い出す。敵意はないまでも値踏みされている視線はバリバリ感じていた。
だが、お互い腹の探り合いをしていたのでお相子だろう。
「一応血は繋がっているのだろう?穏便に事を済ませるという方法もあるんじゃないのか?」
「ううん、いいのいいの。アレクセイ叔父さんには何度か更生の機会を与えていたのつもりよ。急にその地位をはく奪して事を荒立てるとあっちの派閥の人間がどういう行動にとるか分からないし」
「兄さんだって泳がせていたっていうのが本音だよ。今まで直接物理的に喧嘩を売ってきたわけでもないので害は少ないと思っていたし」
セシリアの言葉にフェイルスが言葉を続けた。
彼も今日はしっかりとした上級騎士の格好に身を包んでいる。騎士団長の彼には護衛をするのが仕事の為いつもよりも派手な格好だった。
黙っていればその軽薄さも薄れ、立派な騎士に見えるのだが、今もメイドたちに手を振ってはキャーキャーと言われている。
「そう言えば兄さんは?」
不意にフェイルスがきょろきょろとあたりを見回して行った。
「兄さんの部屋に行ったんだけどいなくて」
時間にきっちりしているマクシミリアンがこの場にいないのは不自然である。
一抹の不安がよぎったが、それでもマクシミリアンのことだからきっと大丈夫だと信じたい。
「まぁ、まだ少し時間があるからすぐ来るんじゃないかしら?」
「遅れてすみません」
噂をすれば影とはよく言ったもので、すぐにマクシミリアンが合流した。
だが心なしか顔色が悪いのは気のせいだろうか?
「どうしたのマックス。緊張しているの?」
「い……いえ」
「そう?今日はマックスに活躍してもらわないといけないんだから」
進行は宰相であるマクシミリアンの仕事だ。
それでも何か言いたそうなマクシミリアンのことをセシリアはじっと見つめた。だが、ここでマクシミリアンのことを気にしても仕方ない。
「それより、彼は来てないのね」
「はい……残念ながら」
「そう」
これ以上、彼を待っていても仕方ない。
セシリアはもう一度一つ息をついて、白い大きな扉の前に立つ。
「さぁ、諸君、仕事の時間だ」
こうして一連の不正についての裁判が始まることになった
◆ ◆ ◆
国王が入場するラッパの音が高らかに鳴った。
広場には名だたる名門の貴族が集まっており、セシリアが入るとシーンと静まり平伏している。
そしてセシリアが何を言うのか皆が息を飲んで見守っていた。
「今日皆に集まってもらったのは、この国の不正について弁明の場を与えたいと思ったからだ」
少年王としてのセシリアの凛とした声が場内に響く。そこには少女セシリアではなく少年王ライナスがいた。
これから起こる出来事を見届けるためにスライブ達も身を隠すように柱の陰に立ってその様子を見守っている。
「流石少年王。先ほどとは打って変わった様子だね」
陰から見守っていたカレルは感嘆声を上げながら呟いた。
だがカレルがそんなことを言っていることなど聞こえるはずもなく、次はマクシミリアン淡々と罪状を読み上げた。
「ラバール伯爵とセジリ商会については、結託して下記の罪を犯したことについて告発する」
・生産量と出荷量及び販売量を不当に誤魔化し酒税を脱税した罪
・意図的にワイン価格を高騰させ市民生活に著しい影響を与えた罪
・これらによって得た利益を金品に変えて受領した罪
・売り上げ及び監査報告の虚偽申請の罪
・セジリ商会の営業実態のない架空会社の設立を行なった罪
・その架空会社を介した不適切な価格で取引を行なった罪
・闇オークションで宝飾品を売った罪
以上、6つの罪状が挙げられた。
「そんな!!でたらめです!」
「誰が、こんなことを!」
ラバール伯爵達が突然の罪状の読み上げに動揺し、必死で無実を訴えた。
こういう反応をするのは想定済みだった。あまりにテンプレな反応にため息しか出ない。
とはいうものの、マクシミリアンも形式的にゆっくりと彼らに問いかけた。
「貴方方はこの罪状を否認するのですね?」
「もちろんです、宰相様。我らには身に覚えがないことです!」
「そうですよ。だいたい証拠がないです。こんなの……誰が言ったか知りませんが、我々は無罪です!」
「……陛下、いかがなさいますか?」
マクシミリアンがセシリアに意味ありげな視線を投げかける。
伯爵達の喉が生唾を呑み込むようにごくりとなった。セシリアが何を言うのか固唾を飲んで見守っているという感じだ。
しかしその眼には自分が無罪になるだろうという明らかな自信も見え隠れしている。
それはセシリアが年端も行かない国王だからか、あるいは侯爵、ひいてはアレクセイに庇護を受けているからだろう。
「確かに、一方的に罪を糾弾するだけでは、ここに集まった諸侯も納得はしないだろう。それに国王の名において一方的に糾弾するのは国家権力の乱用とも思われてしまうな」
「そうですよ!!流石は国王陛下です。ご理解いただけて嬉しいです」
「では証拠を示そう」
「えっ?」
にこやかに笑うセシリアの様子に伯爵達は戸惑いを見せたが、セシリアはそのまま言葉を続けた。
「では順次、私の証拠の提示とそなたたちの認否を行う場としよう」
「まず第一に意図的にワイン価格を高騰させ市民生活に著しい影響を与えた罪についてですね。確かに市内ではワイン価格が高騰しており、酒類の物価が高騰しています」
「マックスが言う話は私も耳にしている。問題は価格の高騰が意図的に仕組まれていたという事だ」
「で、ですが、本当に不作なのです。ですからワインが品薄になり、市場に回る段階では価格が高くなってしまうのは仕方ない事です」
「だから意図的にだ。最初は品切れのようにして供給を一時的に少なくする。その後ワインにアルコールを混ぜて原価を抑えながらも販売量を確保していたということだな」
「滅相もないです!販売しているワインの品質は変わらないです。それはここにいる諸侯の皆様もワインを購入されており、味も保証してくださると思います!」
青ざめながらもそういう伯爵に同調するように周りの貴族達もそうだと同意の言葉を口にしながら頷いている。
聴衆を味方につけたと思った伯爵がほくそ笑んだように思えた。