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宰相補佐官への同情(二)

 翌朝もよく晴れた日だった。愚兄とはいえ兄の門出の日にふさわしい気候だった。


 一応特別な日であることからセシリアはお気に入りのワンピースでライナスを見送ろうと思いクローゼットから目当ての服を引っ張り出そうと服を探した。

 普段使いのライトグリーンのドレスはこの季節にふさわしい新緑を思わせるものだった。スカートがふんわりとしていて、セシリアにしては女の子らしいドレスだった。だが、いくら探しても見つけることができない。


「どこ行ったかなぁ?破れていて捨てられちゃったとか…かな?」


 あのワンピースでそのようなことをしたとは記憶はなかったが、スカートで木に登るなどして洋服をダメにすることは多々ある。

 違和感を感じつつ仕方なくセシリアは目的の服を諦めて別の服を着ることにして身支度を整えた。探し物をしていたせいもあり、準備に手間取ったセシリアが食堂に行くと、すでに養父母とマクシミリアンが席についてセシリアを迎えてくれた。


「おはよう、セシリア」

「お義父様、お義母様、おはようございます。アイゼルネ様も、よく休めましたでしょうか?」

「セシリア嬢、おはようございます。お気遣いありがとうございます」


 マクシミリアンは一瞬怪訝な顔をして首をかしげたが、すぐに落ち着いた表情で挨拶をしてきた。

 しかしそこには親しみやすい笑みというよりは身分の高いものへの敬意を示すような表情だった。流石は将来王の右腕となる宰相候補だ。

 冷静といえば聞こえはいいが、マクシミリアンの態度はセシリアにとってなんとなく面白みに欠けるように思えた。そしてこのような人間がいっぱいいるであろう王城で生活することを想像して、思わず渋い顔になる。


(うわー、こんなのがいっぱいいたら堅苦しくて息が詰まりそう。私は女で良かった。ライナスみたいに城に住んで将来は王様とかありえないから)


 同時に王様をやる愚兄のことを想像したら思わず吹き出しそうになる顔を引き締めて、食卓に着いた。

 椅子にゆっくりと腰かけ視線を周囲に向けると、セシリアは心中で笑い物にしていた兄が席にいないことに気づいた。

 ライナス確かに寝起きは悪いが眠気より食い気なので朝食にはきちんといるのが普通だ。


「まだ兄さん来てないの?」

「寝ているんじゃないのかい?」

「確かに兄さんは寝起き悪いけど、さっき部屋の前を通った時には何の物音もしなかったからもう起きたと思ってた。」

「では少し待ってみよう。アイゼルネ様も申し訳ないが少々待ってくださいますか?」

「はい、それは大丈夫です。」


 マクシミリアンが頷くと、ヴァンディアはライナスを起こすようにメイドに言いつける。メイドが急ぎ足で食堂を出ていくのを全員が見送ったところで、不意にマクシミリアンがセシリアをまじまじと見つめてきた。

 その視線に気づいてセシリアは戸惑ってしまう。


(なに?なんで見てるの?服がおかしいとか…それとも寝ぐせでもついているとか、顔に跡がついているとか…?)


 不安になったセシリアはマクシミリアンにおずおずと尋ねた。


「あの…アイゼルネ様。私の格好はおかしいですか?」

「えっ!?あぁそうではないのですが、先ほどお会いした時と服装が違うものですから、何かあったのかと。」

「さっき会った…んですか?私と?」

「はい、今着ていらっしゃる水色のドレスも素敵ですが、先ほど会った時に着ていらしたライトグリーンのドレスも似合っていたので。なぜ着替えてしまったのかなと思いまして。」

「私…ライトグリーンのドレスを着てないですし、アイゼルネ様とも今朝はこの食堂であったのが初めてですけど…」


 セシリアはマクシミリアンに答えながら、脳内にある一つの可能性が浮かび不安がよぎった。

見つからなかったライトグリーンのドレス、そしてさっき自分にあったというマクシミリアン。

 その可能性をセシリアは自身で否定した。いや、否定したかったのだ。


(いやいやいや、いくらあのライナス兄さんでも…さすがにこのタイミングでそんなことしないわよね。それに髪が違うし。)


 いつも服装を交換して周囲の人たちを騙したことが思い浮かんだが、その時にはお互い同じ長さの黒のウィッグを付けていたのだ。

 髪の色も長さも違うこの状況では入れ替わりなどできないはずだ。

 そう思っても不安が頭をよぎり、考えれば考えるほどその案しか浮かばなかった。内心冷や汗をかきながらセシリアは自分を言い聞かせるように「ありえない」と繰り返した。


 しかし、そんなセシリアの悪い予感は、メイドの一言で確定となってしまった。


「旦那様!ライナス様が見当たりません!!荷物もありません!」

「なんだって!?」


 ヴァンディアが驚きのあまり音を立てて立ち上がると同時に、セシリアは頭を抱えながら進言した。


「義父様、たぶん兄さんは私に変装して出ていったんだと思うわ…。」

「はぁ!?一体どういうことだい!?」

「とりあえず兄さんの確保が先よ。…アイゼルネ様、兄さんと会ったのはいつくらいですか?」

「ついさっきです。セシリア様が食堂に入ってくる20分くらい前だと思います」

「だとすると、あの荷物を持って遠くまではいけないからまだ間に合うかもしれないわ」

「そうか!!じゃあ早馬を出して探そう!!」


 ヴァンディアは焦りながらも使用人に言いつけてライナスを総出で探すよう命じると同時に、自らも馬を出して探しに行ってしまった。

 一気に屋敷内がバタバタと慌ただしくなり、食堂に残されたセシリアは頭を抱えた。


 こんなので王子として…そして将来は国王として兄は国をまとめて行けるのか一抹の不安が心に浮かぶ。視線をマクシミリアンに移せば彼も同じことを考えているようで蒼白になりながら呆然としている。

 それから1時間ほど経った頃、義父がライナスの首根っこを押さえて引きずるようにして屋敷に戻ってきた。


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