表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/66

夜会という名の戦場へ(三)


 見上げるとそこには緑がかったダークブラウンの青年が、ニコリとしながら立っている。が、その目はあまり笑っているようには見えない。

 その雰囲気には有無を言わさない威圧感がある。


「彼女は僕と踊る約束をしているんだ。さぁ、こちらに行きましょう」

「リュカ様!そうでしたか。それは失礼しました」


 それまでしつこく言い寄ってきた男たちがそそくさとその場を逃げるように離れて行った。


「侯爵殿の息子じゃ勝ち目はないな」

「本当だ、あんな変人でも侯爵の息子だしな」


 男達がそう小声で言っているのをが耳に入ってきた。


 セシリアはそれを聞いてむっとしながら男達を睨みつけたが急に気になってリュカの顔を見上げた。


 逆光になってその表情ははっきりと見えなかったが、彼らに対する侮蔑と静かな怒りを感じるような複雑な顔をしていた。


 セシリアの視線に気づいたのか、リュカははっとしてこちらを見てきた。そこには今までの感情を隠す笑顔が見て取れた。


「困っている様だったから助けたけど… …迷惑だったかな」

「いいえ、とんでもないです」

「一人で来たってことはないと思うけど、連れの方は?」

「あぁ… …あそこに」


 セシリアが指さした方向を追ったリュカは、苦笑しながらセシリアに向き直った。


「確かにあんな美男子だと婦人方が騒ぐのも分かるよ。それにしてもあのご令嬢を巻くのは骨が折れそうだ。貴女も苦労しますね」

「まぁ……別にそれは構わないのですけど」

「彼が来るまでお話しでもしますか?また男性に絡まれるのも大変でしょう」

「それはお気遣いありがとうございます」

「貴女とお会いするのは初めて……ですよね」


 リュカは何か戸惑いながらもそう切り出した。セシルとしては会っているがセシリアとしては初めて会う。

 一瞬バレたかなとも思ったが、セシルだったりシリィだったりと変装をしていると多々こういうこともある。


 そのためセシリアは無駄に緊張せずに堂々と答えることを常としている。


 セシルの姿とは全く違うし、何よりも化粧をばっちりしているので同一人物だと思われることも少ない。

 ただ、念のため口元を扇子で隠して微笑んだ。


「はい。リュカ様とは初めてお会いしますが」

「そうですよね。ご令嬢にこのような事を言うのも変な話なんですが、少し知人に似ているような気がして。あ!!別に変な意味ではないんですよ!」


 思い慌てて訂正するリュカを微笑ましく眺めながら、内心この状況を楽しんでいた。


「あら、どなたとお間違えになっているのでしょうか」

「セジリ商会で会った少年なんですけど、貴女と同じ紫の綺麗な瞳をしていて…。あ、でも似ているのは瞳の色だけで髪の色も、何より性別が違いますから」

「似た人はこの世に3人はいると言いますし。その方とお会いしてみたいものだわ」


 マクシミリアンが聞いていたら「どの口がそんな事いうんですか!」と突っ込まれそうな言葉をセシリアは平然と言ってのけた。


 どこのご令嬢なのかとか、我が家の夜会は初めてなのかなど色々と聞かれつつも、優雅にその追及を躱しながらとりとめのない話をしていると、ようやく令嬢たちから逃げてきたスライブが不機嫌な表情を浮かべながらセシリアの元に戻ってきた。


「セシリア。すまない」

「あぁ彼も帰ってきたようだ。僕もそろそろ失礼するよ」

「ありがとうございました」


 それに入れ違いのようにスライブが戻ってくる。


「セシリア、すまなかった。さっきのは… …リュカか?」

「そうなの。絡まれているのを助けてくれたのよ」

「くそ… …あいつらが居なければずっとセシリアの元に居れたのに!!……それより侯爵が伯爵と共に消えた」

「取引かしらね」

「だろうな。行くか?」

「もちろん」


 スライブが頷き、セシリアをエスコートするようにその腰を引き寄せた。

 夜会で男女が別室に消えることなどままあること。まぁ… …その目的が何とは明言しないが。

 そんなカップルを装って、セシリア達は会場を後にした。



 テオノクス侯爵とラバール伯爵を追ってセシリア達は貴賓室の方へと足を向ける。

 

 壁際に身を隠しながら2人を追っていくと、会場の華やかな雰囲気も、優雅なバイオリンの演奏も聞こえなくなった頃、どうやら侯爵のプライベートエリアに足を踏み入れたようだ。


 そっと覗いてみると侯爵は伯爵を部屋の中に入れると、一度二度と左右を見て人が居ないことを確認して中に入って行った。


「絶対あそこで取引をするわね」

「近づいて話を聞いてみるか?鍵穴からも何か見えるかもしれない」

「そうね」


 セシリアがそっと部屋に近づこうと廊下の陰から身を出した瞬間にスライブが突然セシリアの腕を引っ張り、壁に押し付けるように覆いかぶさった。


「なに!?」

「黙って……」


 そしてそのまま口づけられる。セシリアはスライブの予想しない行動に困惑しながら、その胸を叩いた。

 だが一向にそのキスは止まらず、逆に深くなっていく。


(何が起こっているの?はぁ?キス!?この状況で??なになになにぃ!?)


 何度も口内を侵されるような深いキスにセシリアの腰が砕けそうになるのをスライブが抱き留めた。

 その行動の原因がセシリア達に声をかけて来たことで、状況を察した。衛兵が来たのだ。


「お前たち、何をしている!」

「何って……恋人に口づけをしているのだが」


 真っ赤になりながら、泣きそうな顔でスライブに縋りついているセシリアを見て、衛兵が状況を察したようだ。

 衛兵は驚くと同時に羞恥に顔を染めながらもぶっきらぼうに言い放った。


「お客人、ここは侯爵のプライベートエリアだ。貴賓室はあちらなので即刻出て行ってもらいたい」

「それは失礼した。誰にも目のつかない場所へと彷徨っていたらこちらに来てしまった。さて、セシリア。申し訳ないが二人の時間はもう少しお預けだな」

「え……えぇ。」


 じろりと睨む衛兵に臆することなく、スライブは再びセシリアの腰を引き寄せて歩き始めた。

 衛兵が見えない場所にある部屋に身を滑らせた後、セシリアは大きく息をついた。


「スライブ!!どういう事よ!!」

「どういうことと言われても、背後で気配がしたから咄嗟に体が動いた」


 セシリアには気づかなかったが武道にも才があるスライブにはあの時に人の気配を感じたのだろう。

 だが、それにしてもあの暴挙はないだろう。


「それにしても… …他にも言い訳はあったでしょ。何もあんなキスしなくても」

「まぁそれに関してはお前の怒りは甘んじて受けるよ。一度キスしたら止まらなくなってしまった」

「~!!」


 セシリアは声なき声を上げたが、もうあのことを思い出すだけでも恥ずかしくて死にそうだった。だからもう思考を停止することにした。


 だが、恨みがましい目でスライブを睨んでしまうのは仕方ないだろう。


「そんな可愛い顔をするともう一度したくなってしまうぞ」

「もう!!スライブなんて知らないから!」

「それよりも、取引現場を押さえに行くんだろう?ちょうどこの部屋だったら侯爵の部屋にベランダ伝いに行けるかもしれない」

「ここを渡っていくの?」


 急に話を現実に戻されたセシリアはとりあえず先ほどの件を頭の隅に追いやってスライブの提案を聞いた。

 確かにそれは可能だが、ここは二階だ。死ぬことはない高さだが誤って落ちれば怪我をするのは必至だろう。


「セシリアはここで待っているといい。俺が見てくる」

「私も行くわ。そのためにここに来たのだもの」


 とはいっても、今日はドレス姿。しかも少々動きにくい。


 うーんと悩んだセシリアはドレスを破こうとその裾に手をかけて思いっきり引き裂こうとするのを見て、スライブはその行動に慌てて待ったをかけた。


「お前!!何をするつもりだ!?」

「何って……これじゃベランダ越えられないじゃない」

「だからってドレスを破こうとするやつがあるか!こうすればいいだろう?」


 スライブがそう言ったと同時に、セシリアは浮遊感に襲われ慌ててスライブにしがみついた。


 いわゆるお姫様だっこというものをされているではないか。そしてセシリアが止める間もなく、スライブはひらりとベランダの手すりに足を掛ける。


 気づけばセシリアは空を飛んでいて、隣のベランダに着地するまでがスローモーションに見えた。


「よし、ここに身を潜めれば侯爵たちの話も聞けるし中も見れるな」


(なんか、今日はスライブに振り回されてばっかりだわ)


 半分悔しいような、半分頼もしく感じるような、複雑な心中をよそに、中では侯爵たちの会話は進んでいく。


 それをそっと聞き耳を立て、セシリアは気配を殺しながら中を盗み見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ