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夜会という名の戦場へ(ニ)


◆   ◆   ◆


 セシリアは馬車に揺られていた。王都より少し郊外を走っているため外は暗く、星が綺麗に見えている。


 馬車の窓にかかったカーテンを少し上げて空を見上げると満月が煌々と光っている。前回夜会の時に見た月より幾分丸くなっていることに時間の流れを感じた。


(トーランドからスライブ達が来て、まさかこんな展開になると思わなかったわ)


 そう思いながら横に座る人物に視線を向ける。セシリアの隣に座ったスライブの朱金の髪が月明かりに照らされてきらきらと輝き、素直に綺麗だと思った。

 が、その満面の笑みに見つめられると、なんとなく居心地が悪い。


「えっと、スライブ狭くない?向かい側に座った方が広くていいんじゃ… …」

「こうしてセシリアがいることを感じてたいんだ」

「でも手を握らなくても」

「現実か不安になるから。こうして手を繋いで夢でないと確かめていたい」

「あ… …そ、そう」


 今日のスライブは正装だった。黒い縦襟の服には深紅の縁取りがされており、ところどころに施されているのは明るい紫が入った銀糸の模様で、繊細な模様は上品さを醸し出していた。


 このような正装はランドールでも見たことはもちろんないし、再会したときもカレルの従者としていたため見たことがなかった。


「そうやってみると、やっぱりトーランドの王太子って感じがするわ」

「セシリアにそう言ってもらえるとやはり嬉しい。セシリアのドレス姿も素敵だ」


 いつもとは違う雰囲気のスライブに見つめられると少し気恥ずかしいが、今日はそれだけではない。


 セシリアもドレスを身に着けている。

 いつもはモスグリーンのようなくすんだ色のドレスを身に着けているが、今日はライトグリーンのドレスだ。ふんわりとしたデザインのドレスに、虹色にも思える紗のかかったレースがあしらわれていて、ライトの加減によって不思議な色合いを添えている。


 ウィッグではなく金の髪をそのままに綺麗にアップし、少しだけ緩さを演出したそれはセシリアのいつものきりりとした雰囲気を違ったものに変えてくれていた。


 ここぞとばかりに磨きに磨きをかけてくれたアンナは、ドレスアップが完成したセシリアを見て、手の甲で汗を拭いながら


『これならばお嬢様だって気づかないですよ!ふんわり可愛い系の中に神々しさがあって美しいです!』


 と満足げに頷いていた。


 正直ドレスなどどうでも良かったのだが、侯爵家の主催する夜会に下手な格好はできないと強く言い切られあれよあれよと飾り付けられてしまった。


「それに、そのネックレスも合っている」

「そうそう、これありがとう。でもいつの間に買ったの?」


 セシリアの胸には大きなエメラルドのネックレスが光っていた。それは以前スライブと一緒に訪れたジュエリーショップで見たネックレスだった。


 スライブの瞳のようで綺麗な宝石だと思っていて、とても綺麗だったから欲しいという思いもあったのだ。だが身に着けることはないと思って諦めていたのだが、あの時にスライブがこっそりと買っていてくれたことに驚いた。


「あの時、お前が俺の瞳のようだと言ってくれただろう?お前にどうしてもつけて欲しくて」

「でも私がセシリアだって言わなかったらどうしたの?」

「さぁ、どうだろうな。例えそうだとしても俺はそれを買っただろうし、なにより絶対にお前を落とすと決めていたからな」

「またそんな自信過剰なことを… …」


 彼のその自信はどこから来るのだろうか?

 呆れ半分にそんな言葉を言ったが、スライブはその言葉を遮るようにセシリアの耳元で囁いた。


「綺麗だよ……このまま連れ去りたいくらいだ」


 甘い囁きに思わず耳を庇ってそのままスライブから距離を取ろうとした時に、タイミングよく馬車が止まった。


 もう侯爵家に着いたのだろう。反撃のタイミングを失ったセシリアにスライブは勝ったような笑みを浮かべた後に馬車を降りると恭しくその手を差し出した。


「さぁ、お姫様。夜会という名の戦場に行きましょうか」


 セシリアはその手を取って階段を上って行く。

 扉をくぐると眩い光がセシリアの目に飛び込んできた。


 シャンデリアの光は暖かい乳白色でキラキラと反射した光が赤い絨毯の上で虹のような模様を作り出している。

 弦楽がその繊細な音を響かせて舞踏会に色を添えていた。


「流石侯爵主催の夜会ね。贅の限りを尽くしたって感じだけど、これが黒いお金で成り立っているなら笑い事じゃないわね」

「まぁまぁそんな仏頂面はお前には似合わない。まずはこの雰囲気を楽しんでもいいと思うが?」

「そうは言っても、ここには捜査に来たんだし」

「気負っていると怪しまれるぞ。それよりドリンク片手に回った方が目立たないだろう。俺が取ってくる」

「じゃあここで少し待っているわね」


 セシリアはスライブを見送って壁の花を決め込んだ。


(はっ!!考えたらまともに夜会って出たことないんじゃない?… …女としては悲しすぎる)


 淑女の教育は受けたが、王家の秘密とされている人間だったこともあり大きな夜会には参加したことがない。


 王城での夜会でもだいたいが貴族たちの動向を見るために参加していたのであれはカウントに入らないだろう。


 気が付けば男性のエスコートでの夜会参加など初めてなのではないだろうか。


 そう思うと少し気持ちも浮ついてしまうが、その気持ちをグッと押し込める。


 今回の夜会も潜入捜査なのだ。気を引き締めながらぐるりと周囲を見渡した。まずはテオノクス侯爵とラバール伯爵を見つけなくては。


 そんなことを考えていたから目の前に来た男性たちに気づかなかったのだ。


「お嬢さん、良ければ一曲お願いできませんか?」

「え?私ですか?」

「はい、貴女の美しさに見惚れてしまいました。是非一曲」

「いや、俺と是非!」

「それよりあちらでゆっくりお話ししませんか?」


 男たちに囲まれるようにして矢継ぎ早に繰り出された会話に脳はついていけなかった。あまりの迫力に怯んでしまい思わずあとずさりするが、残念ながら後ろは壁でこれ以上は逃げられない。


 戸惑いながらもなんとか断らなければ。それだけを考えて言葉を発した。


「連れがいますので… …」


 あまり露骨に拒否することもできずやんわりと断ろうと思い、助けを求めるようにスライブを探した視線の先には女性に絡まれて不機嫌なオーラを出しているスライブがいた。


 スライブはカレルのように柔らかい雰囲気で断ることはせず、いつもの不愛想ぶりのようだったが、それが逆に女性たちの闘争心に火をつけたらしい。


 だがスライブの冷たい声が聞こえてくる。


「私は急いでいるので失礼する」

「あら、そんなことは言わないで。もう少しお話しましょう」

「冷たいところも素敵ね」

「入ってきたときから素敵な方だと思っていたの」

「あら、ワルツになったわ。是非踊りましょう」


 不機嫌極まりない絶対零度の雰囲気を出しているスライブだったが、ご令嬢はそれに気づかないようでキャピキャピと騒いでいる。


 一喝したいのをグッとこらえているように見えるのは、ここがマスティリアの夜会だという事もあるし、潜入捜査中であるためだろう。


 セシリアは自分の状況も忘れ、思わずスライブに同情の目を向けてしまった。


(イケメンはどこにいてもイケメンなのね。って今はそれどころじゃないわ。うーん、この場をこの人たちから逃げなくちゃいけないけど……でも困った……どうやってここ場を抜ければいいかしらね……)


 視線を右へ左へと向けて何とか断る言葉を口にしようとすると、男性の凛とした声がセシリアの耳に届いた。



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