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夜会という名の戦場へ(一)

「それで?グレイスなにか掴めた?」


 いつもの貴賓室の一室。セシリアはメイドの服に身を包みながらグレイスの前のソファに座ってそう言った。

 香のいい紅茶は一級品。それにチーズケーキやガトーショコラなど所狭しとが並べられたスイーツをモクモクと食べて香りを堪能する。


 昨日スライブと街に行った為に政務が溜まっており、午前中は詰め込むようにそれを片付けたために脳が糖分を欲していた。

 次々にセシリアの口に消えていくスイーツを見ながら、一瞬苦笑したグレイスだったがセシリアの言葉に気を引き締めた様子で報告を始めた。


「そうなの。この間の言っていた夜会なんだけど、セシリアが言っていたワインが出なかったわ。私が飲んだのはいつもと同じミゼラルブ産のワイン。特に薄められた様子もなかったの」

「じゃあ私が猟師小屋で掴んだワインは全部を希釈して売っているわけじゃなくて、市場で出回るものと夜会用のものがあるって事かしら?」


「そう考えるのが妥当よね。ミゼラルブ産ワインが街で高額に取引されている話は貴族の間でも知られているし、ミゼラルブ産ワインを出すということは最近の貴族のステータスになりつつあるわ。でも夜会で下手なものは売れないから通常のミゼラルブ産として売っているのではないかしら?」


 その時セシリアの中でそれを裏付ける内容が思い浮かんだ。


(あの帳簿… … ●と◎の記号は市場用と貴族用の2つの取引を示すものだったのね)


 帳簿の謎が分かって合点がいった。


「あとは少し興味深い内容も出てきたわ。ワインと直接は関係ないのだけどラバール伯爵宝は宝飾品なんかを闇オークションで売り捌いているみたいなの。一品一品が異国のものとかで値打ちものだしでかなりのお金が動いているわ。いくら伯爵でもそんなに高額な宝飾品が手に入るとは思わないから何か裏があると思うわ」


 「なるほどね……。あぁ……それならセジリ商会から横流しされているものだと思うわ」


 裏帳簿からセジリ商会からラバール伯爵への物品の横流しがあった。そしてセジリ商会なら異国の珍しい物品も手に入るだろう。

 手広く商売をやっているセジリ商会ならマスティリア内外の宝飾品についても売ることも可能だ。


「この間の夜会は3者が集まったものだったようだけど、この3者に怪しい動きは?」

「そうね…あの夜会ではセジリ商会は他の貴族とのコネクションを持ちたい感じでラバール伯爵の口利きでいろんな商談をしていたようね。3者が一堂に会しっていう場面はなかったけど、伯爵がワインを受け取っていたのは確かに確認した。それに気になったのは次の夜会が楽しみだと言う話ね」


「夜会?そこで何かあるっていうの?」

「私はそう睨んでいるわ。丁度侯爵主催の舞踏会が行われるし、なにか取引があると思っていいと思う」

「そう……で、招待状は?」

「もちろん手配済み。まさかとは思うけど自分から乗り込むって言わないでね」


 そのまさかを考えていたためグレイスに先手を打たれてしまい、思わず言葉が詰まった。

 少し怒ったような顔をするグレイスに、セシリアは乾いた笑いをするしかなかった。


「まったく!!マックス様の苦労が偲ばれるわ。どうしてそう自分で動こうとするの?」

「グレイスを信じてないわけじゃないのよ!でも、自分で確かめないと分からないこともあるし」

「素直にそういう性格だと認めたらいかが?」

「はい……」


 どうしても自分でしてしまうのは性分だし、好奇心旺盛というのは認めざるを得ない。

 まぁこの性格は嫌いなわけではないし、正直こういう事件に首を突っ込むのは楽しいというのも本音だ。


 だが、そんな様子を見ていたグレイスは怒った顔を一変させて上品な声でコロコロと鈴を転がすように笑った。


「貴女は昔から変わらないからもう言っても仕方ないわね。それに面白いから私は高見の見物でもさせていただくわ。でも、忘れないで。影の狼はいつでも貴女のために動くことを」

「ありがとう。頼りにしているわ。」

「じゃあ私は闇オークションの方を当たっておくのがいいわよね」

「よろしくお願い。あ、頼られついでに一つ教えて」

「何かしら?」

「侯爵にはリュカという子息がいるみたいだけど、彼について何か知ってる?」


 突然リュカの話題になったためかグレイスは一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、斜め上を見ながら思い出すように一言一言話始めた。


「そうねぇ。いくつか噂は聞いているわ。孤児院に彼の名義で多額の寄付をしているようなの。侯爵って貴族第一主義みたいなところがあるでしょ?だから貴族以外の人間からは嫌われているんだけどリュカ様は町の人にも優しくて、父親とは違い使用人皆に慕われているわ」

「あぁ……あの父親ね」

「だけどその反面貴族の間では「暗い」「何を考えているか分からない」「平民と交わって変人」となんて陰で言われているの。もちろん侯爵子息だから表立っては言っている人はいないけど」

「なるほど」


 マスティリアの階級制度は他の国に比べればそれほどに厳しいものではない。


 ただ、やはり平民と貴族というものには暗黙の壁のようなものがあり、貴族がふらふらと街に供もつけずに遊びに行くのは珍しい事例だ。


 その階級制度における溝を何とか埋めれないかとセシリアも政策を変えようとしているがなかなか難しいのが現状だ。


 そんな中にあって、気軽に市民と関わり合うリュカは貴族社会では生きずらいものかもしれない。それがあの暗い表情の理由なのではないかとセシリアは感じた。


「じゃあ、私はそろそろお暇するわね……あ、そうそう」


 グレイスは淡いローズのドレスをふわりと回して、セシリアに向き直った。

 何を言うのか首を傾げてグレイスの言葉を待っていると、彼女はウィンクをしながらセシリアに舞踏会の招待状を手渡した。


「これ、男女同伴だから。スライブ様と楽しんできて!」

「えっ!?な、なんでスライブなの!?」

「お互いを知るいい機会だわ。あー、でもそうしたらマックス様も悔しがるだろうし… …私としてはどちらの恋路を応援するか悩むところだわ」

「そこでマックスとスライブの名前が上がる理由はよく分からない」

「まぁ、本当に気づかないの?本当にセシリアは悪女ね」


 何を言っているのかは理解できないが貶されていることは分かり、少しむっとしながらもグレイスから招待状を受け取った。

 そうして脳内で候補者を考えた。


(確かに、誰か同伴をお願いしなくちゃなぁ。フェイルスは女性の顔見知りが多いからやめた方がいいわね)


 以前街に出たときに散々絡まれたことと、自分から女の人に声をかける様子を考えると、とてもじゃないが一緒に行けるわけがない。


 カレルもと考えたが、あのマスクをしても溢れ出る気品と王子感はきっとセジリ商会潜入の二の舞になるので避けた方がいいだろう。


サティは……きっと鼻で笑われて終わるだろうから論外。


(となると、やっぱりスライブとマックスに頼むしかないかぁ)


「ふふふ、悩んで悩んで。どっちがいいのか慎重に決めるのよ。ではごきげんよう」


 セシリアが頭を悩ませている様子を楽し気に見ながらグレイスは可憐な笑みを残して部屋を出て行った。


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