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リュカという青年(四)


 今まで甘えることが許されない立場だったセシリアにとって、スライブは対等でかつ心強い味方になっていることはもう認めざるを得ない。

 そしてそれ以上の感情も芽吹きつつあることも… …


(いやいやいや!!スライブの想いを受け入れたらトーランド連行。それは無理!)


 甘い雰囲気になりそうなところでセシリアはぶんぶんと頭を振って現実を見ることにした。

 そんな時、背後から声を掛けられた。


「おや… …君は確かセジリ商会にいた子だよね」


 突然声を掛けられて振り向くと上品な衣服に身を包んだ長身の男が立っている。

 緑がかったブラウンの髪に金の瞳の男性。日の下でみるとその髪は更に緑を帯びていて綺麗だと思った。


「リュカ様?」

「今日はお友達と一緒にいるんだね」

「俺は友人ではない。婚約者だ」

「え?」


 スライブの言葉に首を傾げたリュカに、セシリアは慌ててそれを誤魔化した。


(というか、そもそも婚約者じゃないわよ!!)


「なんでもないです!!そ、それよりリュカ様は買い物ですか?」

「あぁ、そうなんだよ。ちょっと気分転換したくてね」

「……それ、リュカ様が買ったんですか?」


 リュカが持っていたのは、セシリアが好きでよく行くスイーツのお店のお菓子だった。

 

 この間スライブと一緒に食べた店のものだったが、また新作が出たらしい。

 

 後でチェックしに行かねばと思ったが、一般的な貴族の人間がその店のスイーツを食べるには珍しい。


「その店、確か前に行ったところだよな。後で行くか?」

「スライブ、覚えててくれたんだ!うん、行く!」


 スライブの提案にセシリアは一も二もなく頷いていた。それにスライブが前回行った店のことを覚えているのも嬉しい。


「この間行ったお店なんて良く覚えてたね」

「お前と過ごしていた時のことは覚えてるよ」

「本当に君たちは仲がいいんだね。男同士だけど恋人みたいだよ」


 リュカはくすくすと笑いながらセシリア達を暖かい目で見てくる。セシリアにそんな気はなかったし、第一現在セシリアは男装していてセシルの格好だ。


 ちょっとそんな風に見られるのは男色家と疑われても困る。慌ててセシリアは話題を変えようとした。


「それにしても、リュカ様があの店のスイーツを買っているのって珍しいですね。貴族の方はあまり買われてるの見ませんけど」

「あぁ、確かに家の者には内緒かな。でもここのスイーツ美味しいよね」

「そうですね」

 

 リュカは庶民派なのかもしれない。


 そんな会話をしているとセシリアの前方から子供が走ってきた。手にはアイスを握っており、転んでは危ないと何気なく見ていると、突然リュカの前で転んだ。


 その拍子に子供の持っていたアイスがリュカのズボンに思いきり付いてしまった。


「あっ!!」

「大丈夫?怪我はない?」


 セシリアは思わず小さく叫んだが、リュカは自分のズボンについたアイスのことなどまるで気にせず子供を立ち上がらせて子供の服の埃を払っていた。

 どうすのか。暫くセシリアが見ていると、子供はアイスが無いことに大泣きし始めた。


「僕のアイス……」

「あぁ… …すまないね。君のアイスは無くなってしまったから、代わりにこれをあげよう。美味しいよ」

「わあ!お兄ちゃんありがとう!」


 リュカは持っていたスイーツを子供に握らせると子供はアイスのことなど忘れたようにはしゃいでまた走っていった。


 後から子供の母親らしい人物が現れ、リュカのズボンを見て青くなり泣きそうな顔で謝罪をし始める。だが、リュカは何事もなかったように柔和な微笑みを浮かべて言った。


「すみません、ウチの子が!!あぁ……ズボンを汚してしまって!!どうしましょう……」

「いえ、お気にならさらず。ズボンくらい汚れても大丈夫です。それよりあの子、足を擦りむいてしまっていたので、手当てしてください」


 母親は深々と頭を下げると再度お礼を言って子供の後を追いかけていった。それを見送ったリュカにセシリアはハンカチを渡した。


 普通なら怒るシーンであるが、リュカはそうしなかった。それは彼の人柄であることが察せられた。


「大丈夫ですか?これでお拭きになってなってください」

「でも、君のハンカチが汚れてしまうよ」

「いいですから。ほら足見せてください」

「でも……」


 セシリアのハンカチを受け取ろうとしないリュカの態度に痺れを切らせセシリアは勝手にズボンを拭くことにした。

 本当は水を含ませたハンカチの方が落ちるのだろうが、残念ながら水はない。乾いたハンカチでも拭かないよりはマシだろう。



 ズボンはアイスが溶けてベタベタになっていたが、リュカは大して気にもせず、やんわりとセシリアの行動を止めたのだった。


「ありがとう……えっと君の名前は?」

「セシルです」

「そうか、セシル。そのハンカチを貸してくれるかい?洗って返すよ。セジリ商会に行けば会えるかな?」

「お気になさらず。それにもう暫くセジリ商会には行かないので」

「あぁ、臨時で働いていたんだっけ。じゃあどこで返せばいい?」


 悪気はないのだろうが食い下がられると困る。

 まさか城にいますとは言えず言い淀んでいるとスライブが助け舟を出してくれた。


「隣町に住んでるんだし、こっちに来ないものな。縁があればまた会えるんじゃないか?」

「そうです!だからもしお会いできたらで」

「そうかい?じゃあまた会える日を祈っているよ」


 そんな和やかな雰囲気を一変させるような声が上から降ってきた。


 ガラガラと音を立てて走る馬車が横付けされたと思い、それを見上げると中から顔を出したのはテオノクス侯爵だった。


 これはまずい。流石に侯爵には顔を合わせている。最も接近して会ったことはないが、バレたら面倒だ。

万が一ということも考えてセシリアはさっとスライブの影に隠れるように逃げ込んだ。


 そんなセシリアを見たリュカは一瞬悲しそうな顔をした。どうしてそんな表情をするのか… …。


 だがテオノクス伯爵はというとセシリアに一瞬侮蔑の表情を浮かべたのち、リュカに厳しい声をかけた。

 それは冷たく刺すような声であり、威厳に満ちて有無を言わさないものだった。


「リュカ……お前はまた共もつけずにフラフラと。庶民の食べ物を買いにきたのか?」

「気分転換です」

「お前には侯爵家の跡取りとしてしっかりしてもらわなくては。このような庶民と関わるなと言っているだろう」


 フラフラ歩くことについてはセシリアも耳が痛いところだが、いつも小言をいうマクシミリアンは別に庶民と関わるのが嫌だから街に行かせたくないわけではない。


 そこがマクシミリアンとこの侯爵との大きな違いだ。


(こんなのが貴族やっていると思うと虫唾が走る。こんな奴はさっさとその地位を剥奪したいものだわ)


 思わず非難めいた視線を向けてしまうと、その視線に気づいたのか侯爵はジロリとセシリアを見た。


 腹が立ったセシリアは自分の立場も忘れその視線を真っ正面からじっと捉えた。その態度が気に食わなかった侯爵は罵倒しようと口を開けたようだが、その前に状況に気付いたリュカがすかさずセシリアたちの前を塞いだ。

 

 それは侯爵からセシリア達を庇うものだった。


「… …お前も馬車に乗れ。帰るぞ」

「はい、父上」


 そうして今までとはうって変わった暗い表情をしてリュカは馬車に乗り込んだ。


「セシル、今日は会えて嬉しかった。また会えるといいな」


 そう寂しそうに一言リュカは言ったが、それを遮るように馬車は動き出していた。

 それをセシリアはなんとも言えない気持ちで見送ったのだった。



いよいよクライマックスに突入します。

これからのシーンは不正を暴くシーンなのでシリアスシーンが続きますが、ちょこちょこと甘いシーンを入れているつもり……なので引き続き見守っていてくださると嬉しいです。

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