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リュカという青年(三)


 セジリグランテス商会がラバール伯爵に品物を市場の半値以下とすると、宝飾品自体の横流し…つまり賄賂という事になる。


「仮説を立てるとすると、ラバール伯爵が売ったワインをセジリ商会が水増しして市場に流す。それで得た利益をラバール伯爵にキャッシュバックすべくセジリグランティス商会から宝飾品にして横流ししているという感じかしらね」

「明らかな横領ですね」

「じゃあ、このセジリグランティス商会を覗いてみましょうかね。他にも何か分かるかもしれないわ。マックス、商会の住所を調べておいて」

「もしかして行くんじゃないでしょうね」

「… …へへ」

「笑っても無駄です」


 そんなマクシミリアンの一刀両断な冷たい言葉を無視してスライブが主張した。


「今度こそ俺が行く」

「えっと……スライブはまだ傷が癒えてないんだし、安静にしてなくちゃダメよ」

「今回俺は我慢した。もう動けるからお前と共に行く。お前だけでは無茶しないかと心配だ」

「そうは言っても……」


 セシリアはカレルとサティに視線を投げる。


 ここは大事をとってスライブに休んで欲しい思いはきっとサティとカレルも同じだろう。きっとセシリアと共にスライブを止めてくれるだろうという思いだった。


 だが、そんなセシリアの思惑は大きく外れる。


「死なない程度に頑張れ」

「サティ!?」

「うん、無茶はしないようにしてね」

「カレル!?」


 いきなりのスライブ同行のお許しが出てしまい、セシリアは半ば叫ぶように2人の名前を叫んだが、2人は優雅にお茶を啜っている。


「いやいやいや、ダメでしょ?一応あなた達の王子なのよ。ここは止めるってのが家臣の務めじゃないの!?」

「だって、スライブは言っても聞かないだろうし」

「私も同感だ。こいつが死ななければ問題ない」

「問題大有りでしょ!?」


 セシリアは思わず突っ込んだが完全にスルーされてしまい、セシリアはもうスライブの要求を呑むしか道は残されていなかった。


「とにかく今回は譲れない。俺は這ってでも行くからな」

「えっと……」

「じゃあ。お前を押し倒す」


 って、目が本気だ。


「いやいやいや、人がいるでしょ?」

「いなかったらいいのか?」


 確かにそう聞こえてしまう。誤解を招く発言だったとしても羞恥に顔が熱くなる。

 こうなったらサティ達が言うように確かにスライブを止めるのは難しいだろう。

 ため息を吐きながら仕方なく妥協案を提示した。


「はぁ分かったわ。ただしスライブ!!トーマスの薬湯は飲んでもらうからね!」

「… …分かった」


 多分本心では薬湯は飲みたくないだろう。


 セシリアの菜園の草むしり仲間であるトーマスは国一番の医者であり薬師だ。彼の作る薬湯は効き目も凄いが味もすさまじくまずい。


 良薬口に苦しとはよく言ったものだが、その想像を超えるまずさだ。

 苦く渋く、色も黒で、とても人の飲むものだとは思えない。


 効き目は確かだから丸薬とかにしてもう少し改良できれば売れるのではと画策はしているが、現段階では薬湯でしか提供できない。正直いくら効能が良くてもセシリアは飲みたいとは思わない代物だ。


「じゃあ、スライブの調子を見て5日後くらいに行けるようにしましょう。早く良くなってね、スライブ」

「あぁ。お前のために頑張る」

「脳内お花畑はこのヘタレだけじゃないのか?」

「だから言ったでしょ?シリィちゃんは自分の気持ちに気づかない鈍感さんなんだってば」


 そういう2人を見ながらカレルとサティがコソコソと話をしていることにセシリアは気づくはずもなかった。


 そんな2人の(セシリアは気づいていない)甘い雰囲気を破るかのようにマクシミリアンが一つ咳をしたのをきっかけに、セシリアは我に返ると何とも言えない表情をしながらカレルに他の情報がないかを確認した。


「あとは、何かない?」

「お見合いの話なんかも出てたね。リュカとセレスティーヌとの縁談。リュカの方は乗り気じゃないけど、父親のテオノクス侯爵とラバール伯爵親子は乗り気みたい」

 

「ということは、そういう意味でも伯爵と侯爵は繋がっているのね」


「あと気になったのは伯爵から侯爵への贈り物かな。金でできた獅子の置物で、目にはルビーで体中にダイアが散りばめられていたね。台座のレリーフもかなり凝ったものだったから相当価値があるよ。でも僕はあんな下品な置物を置こうとする人の気が知れないね」


「置物……ねぇ。侯爵も趣味が悪い話ね」


 ラバール伯爵は金にモノを言わせるタイプで成金的な美的感覚を持っているのはセレスティーヌの身に着けているものなどから明白だが、テオノクス侯爵は一応それなりのセンスを持っているように感じていただけに意外だった。


 だがまずはセジリグランテス商会とセジリ商会の関連、そしてそこから得ているラバール伯爵へ金品贈与。その裏にある脱税疑惑。そちらを優先的に調べるほうが先決だ。


「じゃあまずはセジリ商会の方の裏をつつきましょう。それまでにマックスは帳簿の精査もお願いね」

「かしこまりました」


 不意にサティと目があった。その薄ら笑いにセシリアはただこの状況を楽しんでいるだけではないことを感じていた。


 たぶん、値踏みされている。この事件を片づけられるかによってトーランドとの関係も変わるのだろう。

 だがそれよりも、とセシリアは思った。


(ワインの値上げによって市民が……国民が苦しんでいるのを見逃せない)


 セシリアはそう決意を新たにするのだった。


◆ ◆ ◆


 後日、スライブの傷がだいぶ回復したところで、セシリア達は早速街へ出ることにした。

 目的はもちろんセジリグランテス商会の実態調査だ。この会社が営業実態のない会社だとすれば確実にラバール伯爵への金品を流すための架空会社だ。


「えっと……ここだよね」

「住所からするとそうだな」


 マクシミリアンが調べた住所へとセシリア達が行くとそこには小さな店が一軒立っていたが、外から見れば営業している様子はない。


 休業日なのかとも思うが、平日の日中は商会にとっても稼ぎ時だ。その時期に休むのは不自然のようにも思えた。


「すみません!!誰かいませんか?」

「人の気配はないな」

「休み、って感じでもないしね」


 セシリアは尚もドアをノックし、中に人がいないかを確かめていると、隣の店から人が現れて声をかけてきた。

 細身で青白い顔の男は、おどおどしながら話しかけてくる。


「あのぉその建物には人はいないですぅ。ずっと空き店舗なんでぇ」

「そうなんですか?何年も空き店舗なんですか?」

「はぃぃ。僕の店は一応老舗でぇ、ずっとぉここに店を構えてますがぁ最後に入ったのは10年くらい前でぇ」

「その店の名前はセジリグランテス商会ですか!?」

「いいえぇ。全然違う名前のお店でしたぁ。果物屋さんだったのでぇ商会ではなったですねぇ」

「そうなんですね!!ありがとうございます!」


 隣の店の店主に礼を言うと、店主は恐縮したように逆に"話しかけてすみません"とおどおどと返され、そのまま店に消えていった。


「やっぱり、ペーパーカンパニーだったわね」

「これで脱税の疑惑が高まった。これだけでも十分ラバール伯爵に突き付けられる証拠じゃないのか」

「ペーパーカンパニーを作るセジリ商会については法人税逃れの脱税になるけど、そこから宝飾品を買っていただけのラバール伯爵は言い逃れできちゃうのよね」

「破格の値段だ。横流しという賄賂なのは明白だがな」

「そうね……でももう少し裏がありそうな気もするのよ」

「セシリアがそういうのならもう少し調べるか。俺も協力する」

「いいの?また迷惑かけちゃう」


 これはマスティリアの問題なのだ。

 潜入捜査まで手伝ってもらい、これ以上迷惑かけるのも気が引ける。しかもスライブの言う通り、現在の証拠でも十分セジリ商会とラバール伯爵に罰に処すことは可能なのだ。


 だがセシリアの我が儘でそれ以上の捜査に突き合わせるのはさすがに申し訳ない。


「お前から受けることに迷惑とは感じない。それより一人で動いてお前が危険な目に合うかもしれない方がよっぽど心配だ」


 そう言ってスライブはそっとセシリアの顔を撫でるのだった。

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