その名を呼ばれたくて(二)
通路は割と大きいもので幅は大人が4人は通れるくらいだ。秘密裏に作ったとは思えない規模だった。
通路のところどころにマテルライトが設置されており、人が頻繁に通ることも察せられる。
「明るいね」
「結構人の往来があるのかもしれません。足元が見やすくていいですが」
「うん。持ってきたマテルライトの明かりよりずっと明るいね。まぁこれだけ明るくても外に明かりが漏れる心配もなさそうだし」
通路は予想よりは長かったが、それでも秘密裏に作ったせいもあってすぐに突き当りに木製のドアが見えた。
まずセシリアがそっとそのドアに耳をつけて中の音を探ってみたが、特に物音はせず、人がいる気配もない。
「中に人はいないと思うんだけど」
「そのようですね。一応陛下は私の後ろに下がっていてください」
万が一に備えてスライブは短剣を握りながらドアを開けた。
一瞬緊張した空気が流れたが予想通り中には誰もいなかったため2人は安堵のため息をついた。だが部屋の中は通路とは違い明かりはなく、暗闇に支配されていた。
セシリアは再び持ってきたマテルライトを出し、その部屋を照らした。同時にその光景に息を飲む。
そこにあったのは大量のワインボトルだった。部屋の隅には出荷しようとしたのか木箱の蓋が閉まらないほどにワインが詰め込まれ、設置されている棚にも所狭しとボトルが並べられている。
「なにこれ……どうしてここにワインがあるの?」
「確かに予想外の量ですね」
きょろきょろと部屋を見渡しながら、セシリアは感嘆の声を上げながら呟いた。
この部屋ならば暗くて、気温も一定のため確かにワインの貯蔵にはいい条件だったしこの部屋だけ明かりがついていないことにも合点がいった。
「陛下、これを見てください」
「これは、城下町で売られてたワインボトルだよね。なんでこんなところに?」
「それにこっちを見てください。ラベルが違いますよね」
「本当だ。どっちもミゼラルブ産って書いてある」
「2つともちょっと拝借しましょう」
そういってスライブは目の前にあったラベルの違うワインをそれぞれ1本ずつ取り出した。
「詳しくは城で見てみましょう。ミゼラルブ産ワインについての出荷量について、気になっていることもあったので」
「なに?」
「待ってください……声がします」
スライブの話を詳しく聞こうと口を開いた時、スライブがセシリアの口を手で塞いだ。
「静かに。……まずいですね。こちらに来ているみたいです」
セシリアが耳を澄ますと男たちの声が微かに聞こえてくる。タイミング悪くラバール伯爵の手下が来てしまったのだろう。
会話の様子から3人の男がいるようだった。
「ヤバい……こっちに来てるよね?」
「そのようですね。最低3人ですか……まぁ、大丈夫だと思います」
「何か策はあるの?」
「策も何も……強行突破ですよ」
スライブは不敵な笑みを浮かべた。セシリアも剣は使える方だとは思っているが、実戦経験は乏しくとても男3人に立ち回りできる自信はない。
だが、スライブは違うようだった。ルディとして政務を行っている時とは異なる表情で、その目は一瞬にして真剣なものに変わる。
「私がドアを開けて男に体当たりして不意を突きます。陛下は私のことは気にせず一気に走ってください」
「でも、そうしたらルディは?」
「大丈夫ですよ。これでも王太子殿下の従者ですし。幸い私は剣技も魔法にも自信があるので」
確かにトーランドでは魔法が使用されている。王族の従者(という設定)なのだからそれなりの戦闘能力があるのだろう。
それは分かっているが、やはりスライブが危険な目に合うかもしれないと心配せずにはいられない。
「それじゃ、ルディが危険だよ」
「いきますよ……3、2、1!行ってください!!」
セシリアの言葉を遮るようにしてスライブが勢いよくドアを開けた。
突然空いたドアに驚く男たちの不意を突いてスライブは男の一人に体当たりをしてセシリアのために道を開ける。
スライブの言葉にはじかれるようにセシリアは走り出した。後方をチラリと見るとスライブが交戦しているのが見える。
(ここで立ち止まってもスライブの足手まといになる)
そう思ってセシリアは通路の出入り口まで走り、そのまま小屋への階段を上った。心の中はスライブが無事であることを信じるしかなかった。
(スライブ、早く戻ってきて!!)
そんな焦る思いで、入り口を見つめていると間もなくして轟音が鳴り響いた。
何が起きたのだろうか……。もしかしてスライブがやられたのだろうか?
思わずスライブの名前を叫びそうになるのをグッとこらえてセシリアは別名を呼んだ
「ルディ!!大丈夫!?ルディ!?」
元来た道を引き返そうかとも思った。ここに留まっている事に焦りを感じ心は様子を見たい思いが占められている。
(少しだけ待ってスライブが戻ってこなかったら様子を見に行こう)
そう思い必死に留まった。
その間も脳内で色々な考えが巡り、最善を考える。だが、冷静に考えれば考えるほど混乱して考えがまとまらない。
そうしていると、土煙の先からゆらりと人影が見えた。
セシリアは息を飲む。スライブか…はたまたあの男たちか…
(大丈夫、落ち着いて。短剣は持ってきた)
そっと懐から短剣を取り出して握りしめる。握った柄が手汗によって湿る感じがした。
セシリアは目を凝らして土煙が収まるのを待っていると、朱金の髪が光って見えたことにセシリアは安堵のため息をついた。
「ルディ……良かった……」
「陛下、お怪我は!?」
半泣きになって思わずスライブに抱き着く。そしてはっと我に返った。
「僕のことはいいの!!ルディこそ怪我は?」
「大丈夫です。それより早くここを離れましょう。通路が狭くて剣が使えなかったので目くらましの魔法と炎の魔法で相手を倒したのですが、仲間がいるかもしれません」
スライブの言葉に促されるようにセシリアは立ち上がろうとしたが、少し足が震えてうまく立てなかった。
情けなくも思いつつもスライブの手を借りて立ち上がると、そのまま急いで小屋を出て馬の元まで一気に走ろうとした。
だが爆音を聞きつけた仲間と思われる人間が、行く手を塞ぐ。
「おい!今の爆音は……ってお前たちなんだ!?」
「いいから殺っちまえ!」
「はっ!!」
何人か襲ってきたが、スライブは冷静にその剣を受け止めて、逆にその力を流してそのまま男の胴を一線した。
呻き声を上げて男は倒れたが、もう一人の男が素早くスライブに剣を下した。それを弾いたスライブは素早く剣を打ち込んだが、さすがの男もそれを受け止めて直ぐに剣を振り下ろす。
何度かの剣戟があり、弾かれた剣からは火花が散っている。そして一瞬の隙をついたスライブは男の右から袈裟切りに切りつけると、男はぎゃっとその場で崩れ落ち、前向きに崩れ落ちた。
「行きましょう。前回の刺客よりも腕の立つものを集めたようです。少し…手こずりそうですね」
仲間の異変に気づいたらしく、遠くからラバール伯爵の手下がやって来てセシリア達を囲む。スライブはセシリアは背にかばいながら、手下達に剣を向けた。