もたらされた情報(二)
優雅な足取りはスライブよりも王子様っぽく見えてしまう。
だが、そんなことを一瞬考えたが今はそれでどころではいない。何故彼がこんな所にいるのだろう。
(大丈夫。カレルは私が国王って気づいてないし、メイドの格好をしているんだからここにいてもおかしく無いはず)
内心の動揺を抑えつつも、平静を装ってセシリアはカレルに向き合って笑みを浮かべた。
「カレル……様、でしたよね。お久しぶりです」
「久しぶりだね。あの夜は楽しかった。君が話を聞いてくれたお陰ですっきりしたよ」
「ふふっ、愚痴ならまた聞きますよ」
「ありがとう。君がトーランドに来てくれたらいつでも話を聞いてもらえるんだけどね」
セシリアとしても言われている言葉なので、同じ言葉を聞くとは思わなかった。
何故みんなトーランドに連れて帰ろうとするのか。
「王太子殿下と一緒になんて恐れ多いです」
「あれ?僕が王太子って知っているの?」
(……しまったぁ!!!)
どうもトーランドの事情が色々と複雑すぎて混乱してしまった。
スライブは王太子を隠しててルディと名乗っている一方で、カレルは王太子スライブとして彼の代役をしているのだ。
庭園で会ったときにはカレルは自分を「カレル」と名乗っているだけなので、シリィとして会っているセシリアはそれを知らない事になっている。
頭を巡らせて慌てて取り繕う言葉を探す。
「その……トーランドから来た王太子殿下の特徴と話に聞くカレル様の特徴がよく似ていたので…えっと、身分を隠していらっしゃったのかなぁと」
「ふーん、なるほどね」
一瞬の間があった気がしたが、そんな疑問も消し去るような爽やかな笑みを浮かべられたので、セシリアはとりあえずは誤魔化せたかと思うことにした。
いや思うことにしないと平静を保てない。
背中に冷や汗をかきながら、早くこの場を立ち去りたい思いでセシリアは言葉を切った。
「そろそろ仕事に戻らないといけないので失礼しますね!!」
「あ、待ってシリィ。折角だから色々話そうよ」
「いやぁ……でも……」
「それとも僕とは話せないのかな?」
捨てられた子犬のような眼を向けられて、セシリアは断り切れずその場に留まるしかなかった。
「えっと……何かお話があるのでしょうか?」
「ははは。そんなに緊張しなくてもいいよ。この間みたいに気楽に話して、ね?」
「あー、はい。分かりました。」
「それで?なんで君はここにいるの?」
「なんでって……メイドですから。」
「行儀見習いかなにかで?」
「はい……そうですけど」
貴族といえども子爵・男爵当たりの貴族であれば行儀見習いで城勤めすることも珍しくはない。
だけど何故そこに食いつくのか?やはり貴賓室のあたりをうろついていたから?
「でもね、君くらいの身分の人間がメイドの真似事なんてしているの、おかしくない?」
「……そうですか?結構一般的だと思いますけど」
「だって君はただの貴族じゃないでしょ?」
ただの貴族ではない?どういう意味だろうか?戸惑いつつ何かを言わなければと思うが、言葉が出ない。
カレルは何をどこまで知っているのか。
カレルの第一印象はちょっと抜けている優しい人というイメージだった。今もその表情は変わらないし、紳士的な態度だと思う。
でも、その瞳の奥にはセシリアにとって不穏な影があるような気がしてきた。アクアマリンの透き通った瞳に全てが見透かされてそうで……
カレルはその王子様然とした物腰の柔らかな態度は崩さずに言葉を重ねてきた。
「そんな、身構えなくていいよ。別に君を苛めたいわけじゃないんだ。ただ、僕も君に興味があるんだけど、僕の従者のルディも君にご執心なんだよ。だから君の気持を聞きたいなぁって思って」
「気持ち?」
「そうだよ。君はルディをどう思っているの?無口で不愛想なところもあるけど、真っすぐでいい奴だよ。想う人がいれば一途だし、君を大切にしてくれると思うんだよ。それに、将来性もばっちり!」
カレルの言っていることはわかる。
非常によく分かる。
確かにぶっきらぼうなところもあるけど、最近のスライブは優しい目をしているし色々と気遣いもできる人間だと認識が改まった。
きっと彼のような実直な人間は想い人を大切にしてくれるだろう。最後の「将来性」についてもトーランド国王になる人物なのだから確かに将来性ばっちりだ
(将来性ばっちりだけど!!それとこれとじゃ話は別でしょ!?)
「いい人なのは分かっているんですよ。分かっているんですけど……」
「けど、ダメなの?そんなにルディは嫌?本当に1㎜も彼のことを好きになってくれない?」
「嫌じゃないんです!!ルディ…様は、すごくいい人だと分かってます。人間的に好きです」
街での事を思い出す。
さり気なくリードしてくれたり、些細な気遣い。そしてセシリアとの時間を楽しそうにして過ごしてくれたこと。
あの時手を握ったことを思い出した。
ごつごつした男の人の手。初めて自分を守ってくれる人を得たような安心感をくれた手だった。
即位しての3年間を思うと、自分と立場的に対等な人間はいただろうか?マクシミリアンもフェイルスもアンナも。気心の知れた人達で一緒にいて心地よい。同志のような存在である。が、やはり国王と家臣という立場は覆せない。
だが、スライブはまた違った立場の人間だ。家臣でなく、セシリアをセシリアの頃から知ってくれている対等な存在。だからあの手の暖かさはセシリアの心を支えてくれるように感じた。
「でもですね。ダメなんです!!絶対に、無理なんです!!」
「そんな顔して言っても説得力無いなぁ、でもあいつにもチャンスはあるってことだよねぇ」
「は?何ですかそれ?」
セシリアは強気に言ったのだが、カレルは逆に呆れたような表情をしている。
何故そんな憐れむような呆れたような複雑な表情で見られなくてはならないのか?
そうしてカレルは「強情だなぁ」と一言告げると、セシリアに一歩歩み寄ってきて、セシリアの 目線の高さに自分のそれを合わせてきた。
「ねぇ、君はセシル?それともシリィ?それとも……セシリア?」
そのカレルの言葉を聞いてセシリアは目がこぼれるのではないかと思う程に目を見開き、そして絶句した。
(バレてる?)
硬直して動けない。
「別に意地悪しているんじゃないんだけど…ルディは僕の親友でもあるし。…ね、セシリア、ルディを……というかスライブをあまり待たせないでくれると嬉しいな」
「変なこと言わないで!!失礼します!!」
まともな思考回路ができず、そんなどうしようもない捨て台詞だけを言ってセシリアはその場を猛ダッシュで離れるしかなかった。