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王都潜入観光(四)


 メイン通りを抜けて少し小道に入ったところの定食屋に着くといい香りが鼻孔をくすぐる。

 食欲が増進されるのか、席に着席する時にはセシリアは空腹を覚えていた。

 メニューを見て何にしようかというところで給仕がやって来てオーダーを取ってくれる。


「まずはドリンクはどうしますか?」

「私は……そうですね。ワインにします。えっとセシルはソーダ水がお好きですからそれでいいでしょうか?」

「あ、う、うん」


 流石に城外でライナスとも陛下とも呼ぶのはちょっと……ということで、いつもの男性用の偽名であるセシルと呼んでもらえるようにしていた。


 ただ一瞬言葉に詰まったのはセシルと呼ばれたことではない。スライブがソーダ水を注文したことだ。


 確かにソーダ―水はセシリアの好物である。城内では飲むことがあまりないのでこうやって街に出た時の楽しみの一つだったし、それはランドールでも変わらなかった。


(ソーダ水が好きってそんなこと言ったことがあったかしら?)


「でも、僕がソーダ水を好きだってよく分かったね?」

「何となく、そう思っただけです」


 その時一瞬スライブが止まったような気がしたが気のせいだろうか?

 一瞬の間の後、スライブは何事もなかったように答えてくれた。何となく違和感を感じるものの、あれほどの切れ者のスライブの事だからセシリアの行動か何かから察してくれたのかもしれない。


 そうこうしている内に、給仕がワインとソーダ水を運んできた。

 ソーダ水はやはり美味しく喉越しが堪らない。


(うーん!!やっぱりソーダ水は最高だわ!本当城にも置いてくれればいいのに……庶民の飲み物だからダメって言われたのよねぇ)


 そんなことをしみじみ思っていると、スライブはワインを見つめて何やら考えている。

 そして給仕を呼んでワインについて説明を求めた。


「これはラバール領ミゼラルブ産のワインですか?」

「え?まぁ……そうですね。」

「何か混ぜ物をしているとか?」

「まさか!!とんでもないです!!これはれっきとしたミゼラルブ産のワインです。最近市場に出なくてすっごく高いんです。でも定食屋でもちゃんと食事に合うワインを提供したくて何とか入手しているんですよ。変な言いがかり止めてください!!」

「ちなみに随分と入手困難なワインみたいですけど市場で入手するとどのくらいか教えてもらえませんか?」

「ぼったくりはしてないので正直に言いますよ。変な疑いを掛けられても困りますし」


 その値段を聞いて驚きのあまりセシリアは思わず声を上げてしまった。


「そ、そんなにしているの?」


 すると給仕は本当に困ったように眉を顰めて抗議した。半分やり場のない怒りを持って鼻息も歩く説明を始める。


「そうなんですよ!これでも薄利多売でやっているんです。ここら辺の食事処では諦めてワイン提供は止めてるところもあるみたいです」

「こんなに高くなった理由って何か知ってる?」

「なんかミゼラルブ地方でブドウが不作だったとか。だから品質が悪いっていう話は聞いてます」

「そう……なんだ……」

「じゃあ僕は仕事に戻りますので!!本当、言いがかりは止めてくださいね!」


 給仕が怒って戻っていった後に、スライブは何故混ぜ物をしているという表現をしたのか。そんな疑問が顔に出たのかスライブはセシリアに冷静一言言った。


「ワインの味が薄いんです。アルコール度数は変わらない気がしますが、ワイン独特のブドウの風味がないと言いますか。これがワインで有名なミゼラルブ産かと思うとちょっと微妙な味ですけど。私も一度輸入品としてトーランドで飲んだ事があるのですが、どうもその記憶と違っていて」

「ルディ、ちょっと貸して!」

「あっ、それは私が飲んだもので……」


 スライブが止める間もなくセシリアは奪うようにワイングラスを取り、それを一口飲んだ。


「何か……混ぜてある。ミゼラルブ産ワインはこんな味じゃない」


 それでも不作だからこんなに出来が悪いワインなのだろうか?いや、これは確かにアルコールだけを混ぜてワインを薄めた味だ。


 それなのに通常より倍の価格。どうしても不自然さが拭えない。

 だからと言ってこれをラバール伯爵に言って追及してもきっと言い訳をされてしまって有耶無耶にされてしまうだろう。


 一瞬の逡巡の後、セシリアは先ほどの給仕を呼んだ。


 給仕はため息交じりに再びやって来て、開口一番に文句を言うが、それは些末な事だ。


「今度は何ですか?」

「このワイン、ボトルでまだある?」

「あぁ、まだ在庫はありますけど……」

「じゃあ譲って。支払いは……仕入れ値の倍は払うから」

「はっ!?」


 セシリアの提案が突拍子もないせいか、給仕は目を白黒させながらも急いで裏に回ってワインのボトルを差し出してくれた。

 それを見たスライブは給仕にもう一つだけと断って質問をした。


「これはセジリ商会から仕入れてますか?」


 給仕の答えはYESだった。

 それを聞いて、セシリアとスライブは頷き合いながら、定食屋を出たのだった。



 少し暗い気分で街を歩く。

 思ったよりもワイン価格の件は深刻な問題なようだ。


(まさか通常価格の2倍も値が上がっているなんて)


 ここマスティリアではワインは庶民に浸透しているもので通常生活の中に根付いている必需品だ。

 それがこんなに入手困難とはこの状況を作った奴に対して怒り心頭だった。


 ラバール伯爵の画策?それとも別の誰が何かの目的で行っている?

 でも今のところ一番怪しいのはラバール伯爵とセジリ商会だ。


(この国で不正を働いてタダで済むと思ってるの?上等じゃない!この喧嘩買ってやるわよ!)


 内心に沸々と怒りを溜めているセシリアの形相を見て、スライブはそれを窘めた。


「怒る気持ちも分かりますが、まずは城に戻って策を練りましょう」

「うん……分かってる……けど!!あーーー!!!」


 やり場のない怒りを持っていると、不意にスライブが足を止めて明るい声でセシリアにある店を指した。


「セシルは……あれ、お好きではないですか?」

「ん?なんだよ」


 そこにはスイーツの店があり、セシリアは目を輝かせた。


(うわ……新作のスイーツが出てる!!)


「テイクアウトできるようなので食べながらもう少しだけ街を回りませんか?私は折角なので王都を満喫したいのですが……」


 それがスライブの気遣いだと感じ、セシリアは一旦気持ちを落ち着けた。

 確かに今焦っても仕方ない。まずは一個ずつ調査を進めていくしかないだろう。しかし時間も時間だし今日はこれ以上の調査は難しい。


「そうだね、ルディ!早く行こう!」


 我ながら単純だなぁとは思いつつ、スイーツのことで頭がいっぱいになった。


 するともうスイーツのことで頭がいっぱいになり、逆にスライブを引きずるようにしてスイーツの店に突進したのだった。


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