王家の双子(三)
あまりに堂々としているのでマクシミリアンの常識が違っているように感じられさえした。
セシリアに導かれて玄関まで行くと、その玄関先の階段に座って一心不乱に何かしている少年がいる。
柔らかな亜麻色の髪を揺らしているところを見ると、双子の兄であるライナスだろう。
「ライナス様……ですか?」
「そうですけど。」
ライナスはマクシミリアンに目もくれず、作業を続けている。
どうしようかと思ったが、やはり子供でも王家の血筋のもの。きちんと礼をしなくてはと思い口を開こうとしたが、セシリアの時と同様に言葉を遮られた。
「私は……」
「マクシミリアン=アイゼルネ様ですね。僕はライナスです。ご足労おかけして申し訳ありません。ご存じの通りこのランドールには王都にあるような高価なものはありませんが、心より歓迎させていただきます」
ライナスも完璧な礼をした。とても12歳の子供とは思えないような。そして先ほどのぶっきらぼうな応答の人物とは思えない優雅な礼と微笑み。
夢を見ているようでマクシミリアンは言葉を失っていると、ライナスはお役目御免というように再び仏頂面をして作業に戻った。
「何をなさっているのですか?」
「……レース編み」
「は?」
「レース編みをしているんだよ!!」
見ればそれはそれは見事なレースができている。王都でもこれほどの作り手は珍しいのではと思うほどだった。
同時にマクシミリアンは頭を抱えた。
(なぜ、王女が木登りで王子がレース編みなんだ?普通逆じゃないのか?)
呆然としていると中から慌てた様子でヴァンディアが出てきてマクシミリアンを迎える。
普通の対応だったが、先ほどの双子のことが衝撃すぎて、その普通さにマクシミリアンの心は慰められた。
「アイゼルネ様。ようこそおいでくださいました。中にどうぞ」
「ありがとうございます」
どっと疲れを感じつつも屋敷へと足を踏み入れる。
通された貴賓室は王室までとはいかないまでも、その辺の貴族よりは遙かに豪華だったが、ランドール伯であるヴァンディア自体が好まないためなのか、装飾品は質素なものだった。
席を進められて座り、改めてヴァンディアを見ると温厚そうな笑顔を向けてくれる。金の癖毛がくるくると巻いており、40代という年より若く見えるかもしれない。
噂によると「ランドールの黒い軍神」と恐れられているらしいが、黒くもないし軍神らしい雄々しさもない。確かに服の上からも精悍な体をしていることが察せられたが、だからと言って軍神と言われるほどの威圧感は感じられなかった。
そんな風にヴァンディアを見ていると丁寧に声をかけられる。
いくつか社交辞令と挨拶をしたのちに、マクシミリアンが来訪した目的を告げると、ヴァンディアは分かっていたというかのように黙ってその話を聞いていた。
「今日、お伺いしたのは他でもない王子と王女のことです。12歳という年になり、そろそろ王都での本格的な教育を行いたいという話になりました。もう寄宿学校にも入っていい年齢です」
「そうですね。ということは、ライナスを引き取りたいということですね」
「お話が早くて助かります」
「いつ、王都へ?」
「私と一緒に王都に行ってもらいます。急ではありますが、少々ガーネルト国がきな臭い動きもあるようです。何かが起こる前にライナス王子を王都に引き取りたいというのが側近たちの総意です」
「それは王子として王都へ行くのですか?」
「はい、もちろんです。これまで王子は病弱なため離宮で生活していたというのが表向きです。しかし12歳になり、心身ともに健やかに成長したということで城で生活することになったという設定で城に戻ってもらいます」
ヴァンディアはしばらく黙っていた。思案するその表情からはマクシミリアンには何を考えているのかは分からないが、たぶんセシリアのことを気にしているのだろうと予想した。
ライナスと共に育ったセシリア。第一継承者の代理となるスペア。それがセシリアだった。
不遇な境遇で過ごしているかと思いきや見た限りでは自由に愛されて育ったことが分かる。だが、ここにきて明確に王家に入るライナスと一貴族となるセシリアには大きな差が生まれる。
環境も、その立場も。
「まぁ……今回いらした案件は想像がついていたので分かりました。2人にはそれとなく言っているのでさほど動揺もしないでしょう。ただ……」
「ただ……?」
少し言葉を濁したランドール伯の次の言葉をマクシミリアンは待った。何か問題があるのか。
「ライナスもセシリアも…少し…貴族らしくないというか」
「あ……あぁ……」
「頭はいいです。教育は立派に修了してますし、恥ずかしくはないと思います。ですが先ほども会っていただいて分かるように、性格に少々問題があるのと、本人は王位継承権には興味がないようで。たぶん、ご迷惑をおかけするかと思います。その点は教育を誤ってしまったかもしれません。申し訳ない」
確かに少し難がある性格かもしれないが、先ほどの礼を見ると所作もマナーも完璧だった。頭もいいということで申し分ない。
多少迷惑をかけられても宰相補佐として王子をサポートする立場の自分がしっかりすればいいことだろう。ただ、気になったのは王位継承権に興味がない点だったが、その点もまだ12歳という年齢の内から教育すれば徐々に王族としての意識が芽生え、王位の継承も受け入れてくれるだろう。
(問題は多少あるが、些末なものだ。私がしっかり教育すれば問題はない)
そう算段したマクシミリアンはヴァンディアを安心させるように満面の笑みで答えた。
「大丈夫です。お任せください」
「ありがとうございます」
ほっとしたようにヴァンディアは息をついて感謝の言葉を述べた。
そして3年後、そんな殊勝なことを思っていた自分を殴りたいと思うことになるのだが、その時のマクシミリアンには分かるはずもなかった。