表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/66

世界で一つの香り(三)


 頭の中で今後のことを考えると、みるみる視界が開かれるようだった。できる限りのことをする。どんな手を使ってでも彼女を捕まえる。

 そんな捕食者の目に変わったスライブを見て、カレルが今後の段取りについて話始めた。


「それで?まずはセシリアちゃんにスライブの正体を言うところからかな」

「まだ名乗らない。今名乗っても状況は変わらないと思う」

「え?折角セシリアちゃんが見つかったのに、名乗らないなんて……」

「フラれるのが怖いのか?本当ヘタレ王子だな」


 サティの辛辣な言葉は図星だったがそこはスルーすることに決めた。


「いや……それもあるけど、セシリアに…あんな腑抜けた自分を見られていて……情けないじゃないか。求婚してもNG食らうのは目に見えてる」

「ほぅ。腑抜けだったということは自覚しているのか」

「……あの時は申し訳なかったと思ってる」

「まぁ僕も好きな女の子の前では格好つけたいのは分かるけど」

「まずは自分がセシリアだと言ってくれるのが第一段階だ。正体を突き付けてしまってはきっと彼女はかたくなに求婚を断るだろうし。だから彼女が逃げれない包囲網を作る」

「包囲網って……穏やかじゃないね」


 カレルは苦笑しながらもスライブの言葉の先を促した。


「だが、ここでセシリアを逃すわけにはいかない。そこで、2人にはお願いがある」

「僕達ができること?」

「あぁ、セシリアが何故男装してまで王をしているのかを調べてほしい」


 これはマスティリア王家の最大の秘密事項だ。それを攻略するのもセシリアを手に入れるための重要な要素であることを説明すると、サティはまた眼鏡のツルをクイっと上げて腹黒く笑った。


「ほう……私達にマスティリア王家の謎を暴けというのだな」

「あぁ、お前たちならできるだろう?」

「……分かった。この礼は高くつくぞ」

「そのくらいは覚悟の上だよ。それに、サティはこういうの嫌いじゃないだろう?」

「ふっ……よく分かってるな。まぁ楽しいことはいい」

「僕はちょっと人探しの合間になるかもしれないけど、それなりに情報は集められると思うよ。とりあえずは城内と城下町中心に動いてみるね」

「では私はランドールの方に出向くことにしよう」


 大枠の役割分担が決まったところで、サティが冷めた紅茶を含んで改めて呆れた表情をした。


「でも少年王の秘密が女だとは……。まさかマスティリアへの交渉カードがこういう展開とはさすがに思わなかった。……でもまだ信じられない。あの切れ者が若干18歳の女だと?よほど宰相がいいのか?」


 後半は独り言のように言っていたが、たぶんこれまでの功績はセシリア自身のものだと思う。

 もちろん宰相は補佐だろうと思うが、あのセシリアが単なる傀儡になるとは思えない。

 だからそれを信じ切れていないサティを見てスライブは吹き出してしまった。


「ははっ!そこはじっくり見定めるといい」

「ではそうさせてもらう」

「じゃあ、明日からよろしく頼む」


 スライブの言葉で今後の方向性も決まり、各自の部屋に戻っていった。

 残されたスライブは窓の外を見て月を見上げた。トーランドと同じ月なのに、セシリアがこの王城にいると思うと更に綺麗に見れる。


 適うことなら二人並んでこの月を見たい。それは決意だった。絶対にセシリアを逃さないための決意。


◆   ◆    ◆


 翌日からスライブはセシリアと共に政務を行うことになった。同じ空間に居られるだけでスライブは幸福感に包まれる。


 ひと時も目を離したくなくて思わず見つめてしまう。そして口元には思わず笑みが浮かんでしまう。

 他人に対して……特に女性に対してこれと言って興味も湧かず寧ろ嫌悪感さえあったのに、セシリアだけは特別なのだと実感していた。


 同時に一緒に政務を行っていてセシリアのその能力の高さはスライブも目を見張るものであった。


(分かっていたが、こうやって近くで見ると凄い知識量だな。そして着眼点も凄い。頭の回転も速いんだろう。あれだけ多岐にわたる仕事をよくこなしている)


 まだ王太子ではあるがトーランドではほぼ国王に準じる仕事をしているスライブにとってもいい刺激になっていた。

 できるだけセシリアの負担を減らしたいと思い、雑用も行うし、気づいたことも都度都度指摘した。


 トーランドで取り入れていることなども提案すると、セシリアはそれをすぐに理解し、対応案の俎上に挙げることも多かった。

 とはいうものの、何となく執務室から追い出されているような気もするが……


 ただこれだけ多忙なのにセシリアは休憩を取ることが少ない。だから休憩タイミングを進言すると「ありがとう」とにこやかに返事をしてくれる。

 

いつも少年王として生きていることは無理しているのではないかと思う。だから自然と出る感謝の言葉は素のセシリアが見えるようでスライブも嬉しくなった。


(早くセシリアがセシリアとして生きていけるようになればいいのに……)


 今日も朝から忙しく過ごしているセシリアの様子を見て、スライブはお茶の用意をアンナにお願いした後、書類の不備について気が付き急いで執務室に戻った。


 すると「あ"ー」っという叫び声が聞こえて、スライブはそっと部屋を覗き込んだ。なんだかんだとスライブがいることで少年王を演じなくてはならないことがストレスのようだ。


 いつもきっちりとした王を演じているセシリアだったが、気心の知れたアンナだけが見てると思っているようでソファで手足をジタバタと動かし、ほとんどソファに身を沈めるように倒れこんでため息をついていた。


 その様子が可愛いくて思わず微笑んでしまう。まさかスライブ自身が聞いているとは思っていないようで色々と文句を言っているようだ。


 だがこのまま盗み聞きも申し訳ないので執務室に入ると、セシリアは途端に居住まいを正す。


(いまみたいに素のままでいいのに……)


 壁を作られているようで少し寂しいという思いもしてしまう。そしてアンナとの会話からどうやらセシリアはお忍びで城下町に遊びに行っていることが分かった。ということは屋台の広場であったのはやはりセシリアだったのだろう。


 ランドールの時から街に出てふらふらしていたことを思うと、3年経っても変わっていないことが嬉しかった。

 3年という年月は短いようで長い。少年王という国を率いる立場になって、不満ばかり言う国民も保身しか考えない貴族も、言いがかりをつけてくる他国も、色々なものを相手にしていると心が荒みがちになるというのに、セシリアにはそのような影は全くなかった。


 そんなセシリアにスライブはまた恋に落ちた気がした。あの時と同じように真っすぐに前を見据えるその心に魂が揺さぶられる。


 自分の気持ちばかり高まってしまう。不公正さを感じるがそこは惚れた弱みだ。まずはセシリアの心をこちらに向けさせるのが重要。だから少しばかり提案してみた。


「私の前ではマクシミリアン殿に対するように接していただいていいですよ」


 心からの願いだった。少しでも自分にセシリアの面を見せてほしい。そう思って言ったのだが本人は少しむっとした様子で了承してくれた。

 たぶんスライブの前で少年王で居続けられないことが負けたようで悔しかったのだろう。

そうして書類の確認をして執務室を出ようとした時に、不意にセシリアが質問してきた。


 ほんの些細な疑問だったのだと思う。だから力むことも恥じることもなく、セシリアがするりと聞いてきたのだ。


「どうして、セシリアを正妃にしたいんだ?」


 そうか。彼女はスライブが何故婚姻を望んいるのかが理解できていないのだ。あの状況下ではセシリアがスライブに恋心を抱く可能性は悲しいかな低いだろう。


 だからこそ意識してもらわなくてはならない。そして自分がいかにセシリアに固執しているかを匂わせる必要がある。


 スライブはサティ並みの意地悪い笑みを浮かべているだろうと思いつつもストレートに言った。


「そうですね……強いて言えば、初恋の女性、だからですね」


 優に30秒は経っていたと思う。セシリアは目を見開いたまま硬直していた。

 きっと脳が処理能力を超えているのかもしれない。そして叫んだ。


「えぇええええ?!」


 だがスライブはその様子を見て満足すると、それをおくびにも出さずににっこりと笑い優雅に一礼すると執務室を出た。


 扉を閉めてからもセシリアの絶叫が聞こえた。


 その様子を考えるだけでも思わず小さく声を殺して笑ってしまう。本当にセシリアといると飽きない。

 

 やはりずっと一緒に居たい。だから少しずつ……そうやって少しでも自分を意識してくれればいいと願いながら、スライブは今度こそ国庫管理課へ歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ