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世界で一つの香り(二)



 それはランドールでのこと。教会再建の作業の合間にはセシリアと街を歩いたことも度々あった。ランドールの街は賑やかで活気があり、セシリアは歩いているだけで多くの人から声を掛けられていた。


 セシリアの傍にいて気づいたのだが、セシリアはとてもいい香りを纏っていた。

 夜会や貴族の女性たちが付ける咽るような香水の匂いとは違う、瑞々しい花のような香り。一緒にいて心地よい香りだった。


「……セシリアはいい香りがするな。なんかの香水か?」


 珍しい香りに思わず聞いてしまった。

 セシリアは一瞬何を言われているか分からない様子だったが、すぐに自分の付けている香水のことに思いが至ったようで得意満面に語った。


「ん?あぁ、香水じゃないのよ。アロマオイルを自分でブレンドして作っているの。因みにこのアロマオイル自体、自分で製法を編み出しているから実は完全オリジナルの香りなのよ」


 まず、アロマオイルというのは植物のエキスを抽出して作った液体らしい。

 その製造自体も自分で考案したらしいく、詳しい製法はスライブ自身よく理解できなかったが要は世界で一つの香りだということだ。


 だから覚えているのだ。あの香りを。


(何故……少年王からこの香が?)


  そこであのバカバカしい仮定が現実味を帯びてくる

 隣で寝ている少年王からしているこの香。それはセシリアの香り。セシリアのオリジナルという唯一無二の香りだ。


(……セシリアが少年王だというのか?)


 そうすればすべての辻褄が合う。


 顔を見れば一発だったと思うが、少年王が男だという先入観に駆られていたことや少女の面立ちだったのが女性のそれへと変わっていたことも気づかなかった要因だろう。


 そしてよもやその政治的手腕で各国に一目置かれている少年王が女だとは誰も思わないだろう。

それらがスライブが少年王=セシリアであると断定できなかった理由だ。


(間違いない。少年王ライナスがセシリアだ)


 そう思うと刺客に襲われていたときにも思わずセシリアが素で話してしまっていたことも納得がいった。

 あれは咄嗟のことで女性としてのセシリアが見えてしまったのだろう。


 歓喜の声を抑えつつサティが迎えに来るのを待った。その時ちょうどサティから念話が入りそれに集中したが、それは思いもかけない連絡だった。


『スライブ、申し訳ないが迎えが少し遅れる』

『どうした?何かあったか?』

『実はマスティリアの宰相が少し負傷してしまってな。バタバタしていて迎えに行くのが遅くなりそうだ』


 宰相の不在か……と思ったとき、スライブにある考えが思い浮かんだ。

 これはセシリアと一緒に入れるチャンスではないかと。


『サティ、一つ頼まれてくれないか?』

『なんだ?』

『俺をマスティリアの宰相代理にするように手配してくれ』

『な……』


 さすがのサティも絶句しているようだった。二の句が付けないようで暫く間が空いた。

 直ぐにセシリアの件を報告したい気持ちに駆られたが、まずは一旦落ち着いてサティとカレルにも状況を説明した方がいいだろう。

 だからそれとなく濁すことにした。


『セシリアの行方を少年王が知っているようなんだ。近くにいて聞き出す』

『そういうことなら分かった。少々荒っぽいやり方だが。でも……なかなか面白い事態のようだな』


 腹黒いサティならきっとマスティリアに有無を言わさずそれを実行してくれるだろう。

 スライブもニヤリと笑みを浮かべた。


 やがて1時間もしないうちにサティが迎えに来た。


「首尾は?」

「上々だ……それより後で詳しく聞かせろ」


 それだけ言ってサティはスライブに2頭馬を渡したが、スライブは用意した自分の馬に敢えてセシリアを乗せた。


(もう……一刻も離したりしない)


 サティは少年王の分として用意した馬にセシリアを乗せないのを奇妙に思ったようだったが……。

 セシリアが気が付くとスライブに抱えられて馬に乗っていたと気づいて必死で自分から逃げようとした。そんなセシリアの様子が可愛らしくて思わず笑みが出てしまった。


 青薔薇として表情を滅多に表さないスライブの微笑を見て、サティはまた奇妙に思ったようだった。

 愛おしい気持ちと、出会えた奇跡に心が震える。


(まずはセシリアの傍に居たい。それからじっくり攻略すればいい)


 スライブはほくそ笑みながら城へと馬を進めた。そしてセシリアが宰相代行のことを知った時の顔は予想以上に青ざめていたが、兎にも角にも明日からはセシリアと同じ時間が過ごせる。

 口元が緩むのが止められない。


 すったもんだがあった後に、城に用意されていたスライブの客室にサティとカレルも集まると、堪り兼ねた様にサティが口を開いた。


「で?その気持ち悪い顔の原因を教えてくれ」

「これから言うことは…もちろん極秘事項だ。心して聞いてくれ」

「もったいぶるな。早く話せ」

「……セシリアが少年王だ」


 大きく息をついてスライブが言うと2人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして呆然としていた。そしてもう一度聞いてきた。


「……スライブ、俺の耳が変じゃなかったら少年王は女だと聞こえるが」

「スライブ、間違いないの?」

「あぁ……」

「そっか」


 カレルは意外にもすぐに納得したようだった。逆にその様子にスライブは訝し気に思った。

 疑問に思ってたカレルに尋ねてみればあっけらかんと答えられた。


「え?スライブが言うならそうなんじゃない?これだけの執念だもの、間違えないと思うなぁ」

「で、今後どうするんだ?まさかマスティリア国王をトーランドに連行するわけにはいかないだろ?」

「サティ……連行って言葉はどうかと思うよ」

「本当のことだろう?」


 カレルとサティの会話を聞きつつも、スライブは一刻も早くトーランドに連れて帰りたい衝動に駆られたが、不意に一つの不安が心をよぎる。


(今、自分があの時のスライブだと言って彼女は求婚を受け入れてくれるだろうか?)


 答えは明白だった。

 同盟の条件を出した時、明らかにマスティリア…特にセシリアは驚愕していた。驚きのあまり口をあんぐり開けていたのは正直見ものだった。

 だからスライブがセシリアを欲していることは彼女に伝わっているはずだ。


 スライブは脳内でセシリアが名乗り出てくれない理由を考えてみた。


仮定①:セシリアがルディがスライブであることに気づかない

仮定②:気づいていても少年王として求婚を受け入れるわけにはいかない

仮定③:単純にスライブを忘れているかスライブを嫌っている


 仮定①だとすると、自分がスライブであることを明かせばいい。だがそれで「そうなんだ」以上終わりとなりそうな気もする。

 これだと求婚してもトーランドに来てくれる可能性は低いかもしれない。


 セシリアの性格上「スライブ好きよ!!トーランドに行くわ」と言ってくれるタイプではないとも思う。でもこれならスライブ自身を認めさせて好きになってもらえばいい。

 いや、好きにならせて見せる。


 仮定②の場合だと、やはりセシリアが性別を偽って少年王として即位している限り、おいそれとトーランドに連れて行くわけにはいかないだろう。


 ちょうどセシリアが即位したタイミングとスライブがトーランドに戻ったタイミングが同じだ。マスティリアでは女性でも王位を継ぐことができるはずなので、セシリアが性別を偽ってまで即位した理由が分からない。

 何か理由があるのか……。それならばその原因を取り除けばいいのだ。


 仮定③の場合……。


(とてもではないが立ち直れない……)


 スライブの気持ちが一気に暗くなった。


「どうしたんだ突然。さっきまでのお花畑な雰囲気が一瞬にして暗くになったぞ?」

「なんか落ち込んでるけど……大丈夫?」


 静かになったスライブにカレルは顔を覗き込むように心配そうな表情をした。

 その視線にも気づかずにスライブは手を組んだまま思考を巡らす。


 逆に考えれば自分に興味がなかったのであれば好都合だ。あの不甲斐ない出会いを忘れているのであればもっと自分のいいところを見せればいい。


 嫌いだったとしても原因はあの腑抜けた出会いが原因だから少しでもセシリアが好きになるような行動をとって感情を上書きすればいいのだ。


 正直スライブ自身も女だったらあんな頼りなくてうじうじした男とは付き合いたいとは思わない。

 これは逆にチャンスなのではと思うことにした。


(新たに自分を知ってもらおう。そのためにも時間は必要だ)


 まずはルディ=スライブだと気づいてもらうのが第一歩だ。

 そこでスライブの存在を意識してもらう。

 次に何故セシリアがマスティリア国王をしているのかの理由を探る。場合によってはそれを解決してあげれば彼女は自由になるだろう。


 最後は、やはりスライブを好きになってもらいたい。時間がない中でマスティリアに滞在するなかでスライブを好きになってもらいたいのが一番だが、いかんせん時間もない。

 その点では、ルディとしてセシリアの側に居ようと思った考えは我ながらいい判断だったと思う。


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