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少年王の攻防(三)


 もし自分がいなかったらライナスは出奔することなく王位に就いていたかもしれないし、自分より優れた政策を打ち出し国を更に繁栄させたかもしれないと。

 だから吉凶を占う星見のことはあまり信じたくないのが本音だったのだ。


「まぁ、僕は不信心だけど現実主義でね。論文に基づいたものを試したくなるんだよね」

「陛下はそんなこともするのですか?」


 これまたスライブは目を見開いて驚いていた。

 だが論文を読むことはセシリアにとっては日課だったから。


「?当たり前だろう?最新の知識に触れなければ新しいことはできないし。それが取っ掛かりになって新しいアイディアも沸く。ひいては国民の暮らしがもっと良くなれば万々歳だよ」

「もしかして菜園もそうですか?」

「そうだね。あそこで薬を作って治験して効能があれば普及させるための実験場……かな?」


 セシリアの言葉にスライブは一瞬黙り込み、そして肩を震わせた。

 笑うのを我慢している様子だったがセシリアにとってはいたって真面目な行為だと思っている。


「まぁ……もちろん家臣達には理解してくれる人は少ないからね。ルディも僕が奇想天外な行動をすると思ってるんだろう?」


 もう笑われるのは慣れた。だけどそれがいつか国益になると信じてセシリアは行動しているつもりだ。

 端から理解されようと思っていなかったセシリアに対し、スライブはいたって真面目な表情になって真っ直ぐにセシリアを見てきた。


「私はそうは思いません。陛下は自分の信念のままに生きているのですね」


 まるで眩しいものを見るような瞳に思わずドキリとした。

 なぜドキリとしたのかは分からないが、きっと自分の行為を認めて貰えたからだろうと思うことにした。


 少し気恥ずかしくなったセシリアだったが、重要な任務があることに気づいた。

 そう、セシリアを嫌いになってもらう作戦だ。

 だがその前にスライブがきょろきょろと本棚を見ながら何かを探していることが気になった。


「そいう言えばルディは何を調べに来たんだい?」

「ちょっと国庫管理課から借りた資料で気になることがありまして。……取引記録などありますか?」

「あぁ、それならこっちかな」


 税収についてセシリア自身も違和感を感じていたので、ちょうど国庫管理課から資料を取り寄せていたのだ。

 本棚の上の方に置いておいたことに気づき、セシリアは梯子を使って手を伸ばした。


「陛下、私が取ります」

「大丈夫だよ。ルディじゃどこの本か分からないだろ?慣れてるから平気」


 目当ての本はセシリアの右手が届くかどうかの場所にあった。本当はもう少し右に梯子を寄せればよかったのだが、もう一度下りて梯子を掛け直すという行為が面倒になり、セシリアは身を乗り出してそれを掴もうとした。

 そうして無事に本を手に取った時、少し気が緩んだのだろう。


「これこれ!……わっ!」


 梯子が倒れ慌ててバランスをとったが遅かった。どたどたという音と共に他の本が上から落ちて床に散らばる音がした。

 だが強い衝撃は無く気づけば目の前にスライブの顔があった。


「陛下……だから私が取ると……」

「あ!ごめん!」


 自分がスライブの上に乗っていることに気づいたセシリアは慌てて彼の上から飛び降りた。

 スライブの顔を覗き込んだがどうやら頭は打っていないようだ。小さく安堵のため息を漏らした後に、横に落ちていた本を拾いあげてスライブに手渡した。


「本当にごめん。怪我が無くて良かったよ。マックスも怪我でルディも怪我になったら本気で政務が回らなくなったからね。あ、でもこれがルディの探してた本だから」

「ありがとうございます……」


 少し呆然としているようなスライブだったが、セシリアにとってはそこは重要ではない。

まずはマクシミリアンと考え出した"セシリア幻滅作戦"を遂行してみよう!


 そう思ってセシリアはそれとなく切り出した。


「あ、あのなルディ。ちょっと重要な話があるんだ」

「なんでしょう?」

「そのー、セシリア探しは順調か?こっちの政務が忙しくて探してないのでは?」

「あぁ…そのことでしたら、目途がついたので」


(目途がついた??なんで?どうして?どこで?)


 何をもって目途がついたのかは分からない。焦る気持ちがあったがとりあえずセシリアの嫌なところを挙げて説得してみることにした。

 焦るあまり何をどう言うか悩んだが、とりあえずマクシミリアンとアンナに言われる注意事項を挙げてみた。


「そうか……でも、セシリアとかいう女は、その……お前が思ってるような女じゃない……と思う。」

「どういうことですか?」

「えっと……そもそもセシリアはガサツで女らしくないし。言葉使いも乱暴で、買い食いが好きで、マナーもなってない!おまけに胸もないし、お洒落には疎いし、勉強ばっかりしてて面白味のない女だぞ!」


(って、自分で言ってて悲しくなってきた)


 自分に魅力がないのは知っているが、こうやって事実を挙げていくと女としての魅力が皆無であることを痛感する。

 まぁ少年王なんて職業をやっている限りは全く以て問題は無いわけだが。


「まるで知ってるかのようですね」

「いや…そういう女かもしれないってことだよ。ルディ、お前騙されてるんだよ!!」


 力説したセシリアだが欠点を挙げても、スライブは平然として言った。


「そうですね。でも、もしそうだとしても私は気にしませんよ。そういうところも含めてセシリアが、好きなんです。それに、それを上回る愛しさがあるんです。彼女は私の光。彼女は……私を救ってくれたから」

「救った?」


 心当たりがあるとすればやはりランドールで刺客から命を助けたことしか思い浮かばない。

 だがここで負けるわけにはいかない。とりあえずスライブの関心をセシリアから逸らさなければ。


「そうか……まぁ、もし命を救われたとしても気に病む必要はないのでは?本人もしたくてしたんだと思うんだし」


「うーん。やっぱり分かってないなぁ」と聞こえたが……気のせいだろうか?

そしてスライブは難しい顔をしたのち至極真剣な表情で答えた。


「ただ、そうですね。もし一つ彼女の欠点を上げるとしたらもう少し膨よかでもいいですね。彼女は少しばかり痩せすぎてますから。そうそう、陛下のように」

「え?ぼ、僕?」


 いきなり矛先が少年王としての自分に向いてセシリアは戸惑った。


「はい、男性にしては華奢ですし。少し筋肉がないのか女性のような抱き心地です。柔らかくて、正直女性のような体つきですし」

「だ、抱き心地?!」

「ええ、この間刺客に襲われた時に少し触れされていただきましたが。あまりにも華奢て折れてしまうのではと心配になりましたよ。まるで女性みたいな」


 刺客を襲われた時のことを思い出して自分の失態を思い出す。

 予想外の事態だったがあの時のことを思うと羞恥心で顔が赤くなる。

 抱きしめられたときのスライブの体の感触と体温を思い出して体が火照ってきた。


「いやいやいや、僕は男だぞ!!でもそう……だな。もっと、男らしくならなきゃな。筋トレをすればいいのか?」

「そう来ましたか……」


 スライブは少し困った顔をした後、小さくため息をついた。


「まぁ、当面はきちんと食べることです。痩せすぎはいけませんよ」

「……努力はするけど……別に食べたくないわけではないし、あれが限度だよ」

「そうですね。では滋養のあるものなどを口にするといいかもしれませんね。それに忙しいのは分かりますが、基本的に陛下は食事を疎かにしがちです。食事は元気の源ですよ。朝がフルーツだけでは正直体も持たないでしょ」


 確かに忙しさにかまけて軽食をとることが多いセシリアにとっては耳の痛い指摘だった。

 それに食事は元気の源とは、確かに一理あるなぁとも感じていた。


「分かった。なるべくちゃんと食べるようにするよ」

「そうしてください。では、私は資料も貰ったので失礼しますね」


 そうしてスライブはまた平然とした図書室を去ろうとした。そして別れ際に一言振り返って言った。


「そうそう、陛下のその口調いいですね。人間らしくて好きですよ。でもそうですね…もっと心を開いて欲しいところではありますが」

「?どういう意味だ?」

「いいえ……では」


 パタリと閉じたドアを見てセシリアはため息をついた。

 結局なんの解決もできていないような気がする。それよりも話をすり替えられてしまった。


(あーこれは……幻滅作戦は失敗した……のかしら?)


 早速前途多難だとまたため息をついてしまう。

 とりあえず明日マクシミリアンに報告して次の案を考えなくては。

 そう思ってセシリアも自室に戻ることにした。



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