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少年王の攻防(二)


◆    ◆     ◆


 亜麻色の髪に紫の瞳をした少年が廊下をドドドドドと音を立てて一心不乱に走っていた。

 そして一つのドアをノックもせずに開けて部屋に入るとすぐさま閉じた。


 バタン


 ドアが大きい音を立てて閉まるが、それにもたれるにしたままセシリアはずるずるとその場に崩れた。


「セシリア様?どうしましたか?」


 突然マクシミリアンの執務室奥にある寝室に入ってきて無言でしゃがみ込んだセシリアを見て、ベッドで体を起こしていたマクシミリアンは首を傾げた。

 普段からセシリアの奇行を見慣れてはいるがなにやら様子が違う。


 一応彼女は人前では最低限のマナーは守る。まぁ、突然部屋に押し入ってくることもあるが…それは非常事態の時だ。

 そしてセシリアは絞り出すような声でマクシミリアンに言った。


「……って言われた」

「ん?なんですか?よく聞こえなかったんですけど、なんて言われたんですか?」

「スライブに、初恋って言われたの!!」

「は……?」


 これにはマクシミリアンの事態を呑み込めないようで間抜けな声を出した。

 その後セシリアは執務室の話をすると、マクシミリアンはベッドの上で頭を抱えた。


「初恋、ですか……。それは……また……」


 さすがのマクシミリアンも絶句している。


「てっきり王太子なるもの一宿一飯の礼に正妃にしてやるぜくらいに思っていたのですけどね」

「私もそのくらいのノリだと思ってたわよ……。」


 あの状況でどこをどうしたら恋に落ちる要素があるかが思い当たらない。


「なに?アイツは変人よ!!私なんて好きになってもメリットないわよ!」

「とにかく初恋というならそうなんでしょう。蓼食う虫も好き好きと言いますし、どこを好きになるツボなのかは人それぞれですからね」

「なに?なんかマックス実感こもってない?」

「……いえ。それよりも……すみません。私が負傷したばかりにトーランド王太子にマスティリアに居座る口実を作ってしまいました」

「え?それはマックスのせいじゃないわよ。偶然だし気にしても仕方ないわよ?」


 こういうときセシリアはあまり人のせいにしない。

 同情心から人のせいにしないのではなく、本心からそう思っていないのだろう。あっけらかんとセシリアは言った。


「それよりも、いつになったらトーランドに帰ってくれるわけ?」

「そうですね。気まぐれならまだ諦めてくれるかもしれませんが、初恋となると少し厄介かもしれません。それならば……」

「うん」


 言葉を区切ったマクシミリアンの先を促すようにセシリアは頷いた。

 何か妙案があるのだろうか?

 だが、マクシミリアンはにっこりと黒い笑みを浮かべて言った。


「さっさと仕事を終わらせればいいのですよ!……いつもだらだら仕事しているからですよ。ぱぱぱぱぱっと終わらせればスライブ殿との時間も減りますし、復帰したときの私の仕事も少なくなりますし」

「ってか、絶対に最後の一文が本心でしょ!!」

「まぁ、冗談はさておき、あとはスライブ殿に幻滅してもらって嫌いになってもらうとか……ですかね」

「そうよ!!その案があったわ!!」


 まさしく名案だった。

 スライブはきっとセシリアを美化しており初恋などと言っているのだ。

 だとしたらセシリアを嫌いになってもらえばいいのだ。千年の恋も冷めるというやつである。


「うん!!なら、やってみるわ!で……何をすれば幻滅してもらえるのかしらね?」

「そうですねー、欠点を言ってみるとか」

「なるほど……欠点ねぇ」


 そう考えると何とかなるような気がしてた。

 セシリアは元気にお礼を言ってマクシミリアンの部屋を出た。


◆   ◆    ◆


 夜の図書室はセシリアにとっては安らぎのひと時だった。自分の部屋もあるがランドールでは簡素な部屋にいたセシリアにとってはゴテゴテしてあまり落ち着かない。

 

 逆に静かで落ち着いた雰囲気のある図書室の方が落ち着くのだ。好きな本に囲まれて集中して読書もできるし、この紙とインクの香も気に入っている。


 この図書室は王立図書館ほどの蔵書はないがよく使う資料類や日課で続けている論文を読むときに専門用語などをすぐ調べられる辞書的な本を収めている。

 それ故こじんまりしているのもセシリアが落ち着く要素の一つだ。


 誰もいない図書室の片隅で窓辺にランプを置いて窓べりに腰を掛ける。

 夜は人とも会わないので服装はラフだ。湯あみも済ませているので火照った体は窓辺の冷気にさらされて心地よかった。


「なるほどね……天候については特に前年と変わらないかぁ……うーん」


 各地の気象データを読んでいると何の前触れもなく突然図書室のドアが開いた。


 あまりのことで目を見張りながらそちらに目を向けると、やはり驚いた顔でスライブが立っている。


「陛下……?」

「な……ルディ?」


 突然の出会いにセシリアは上ずった声で言った。


「どうしたんだ?こんな夜に」

「陛下こそ、こんな時間ににどうされたのですか?」

「僕は……いつもの日課だよ。今日は気候のデータをチェックしていて。」

「気象状況?」


 首をかしげるスライブを見て、そう言えばこの仕組みは導入したばかりなのだと気づいた。


「あぁ、まだ実験段階なんだけど日毎の降水量と気温、風向とその天候を記録しているんだよ。それによって事前に天候変化が分かれば作物の管理なんかにも影響するだろう?」

「長雨が続くと作物が不作……とかですか?」

「マスティリアも広いからね。不作状況と天候の関連があれば対処できると思うし。だから天候観測を義務づけているんだ」

「なるほど……」


 これを導入するときには家臣達には散々馬鹿にされ無意味だと言われていたのだ。

 だが論文を読むとこれも重要なデータになりうると考えて導入に踏み切った。それによる雇用を生み出せたのも利点だとして押し切ったのだ。


「トーランドでは星見の観測はしますけどね」

「あぁ、吉凶を占う……とかだっけ?一応マスティリアでもあるけど……」


 そこでセシリアは言葉を詰まらせた。

 マスティリアでも星見や迷信については根強い信仰がある。だからこそ双子は凶兆とされて本来ならばどこかの養子に出されていた。

 

 だがどうだろう。皮肉にも自分がいることで現在のマスティリアは国として存続しているのだ。だが本当にこれで良かったのか、いつもセシリアは思っていた。

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