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少年王の攻防(一)


 セシリアはいつものように政務に取り組んでいた。


(なるべく集中……集中……)


 この様子を見たらマクシミリアンは泣いて喜ぶであろう程にセシリアは集中し、精力的に書類に向き合っていた。

 それでも視線が気になりチラチラとその方向を見てしまう。


 同じ執務室にセシリア以外にもう一人いる人物。それがトーランド王太子のスライブだ。……いや、今は従者のルディ=ソルティネールであるが。


 だが、そのルディの視線が妙にうるさい気がする。いや、自意識過剰なのかもしれないが何かを探るというより確信めいた視線を投げかけてくるのだ。

 そして目が合うとにっこりと笑う。


(女だって……バレて……ないよね??)


 落ち着かないが「私のこと女だと思ってますか?」などとは聞けず……敢えてその視線を無視するようにしているのだが、やはり気になるのである。

 結果、セシリアはこうして半分意地になって仕事をしているわけだが、実際マクシミリアンを欠いた今スライブの働きはかなり助かっている。


 正直彼がいなかったら政務は滞っていてもおかしくないのだ。

 さすがはトーランドの王太子。一を言えば十を理解し、対応してくれるし、何より仕事が早い。

 そしてセシリアが少し困った顔をしていればさりげなく声をかけてくれて相談にも乗ってくれる。本音を言えば頼りになる存在だ。

 だがその後にじっと顔を見つめて笑顔を向けるのは……正直居心地が悪くて逆に困るのだが。


(側近であればどんなに仕事が楽か……)


 決してマクシミリアンが無能というわけではないが人手が足りないのは事実で、普通の貴族であれば即側近として採用したいくらいだ。


「あ、ルディ。これが終わった。ただこの計算がおかしいようだから国庫管理省にいって修正を依頼しておけ。それと帰りに王立図書館に行って2年分の物納税収一覧をとってくるように。書籍管理省には連絡済みだ」

「分かりました」


 折角宰相の代わりをしてくれるというのだから立っているものは親でも使う精神で、せいぜいこき使ってしまおうとセシリアは割り切った。

 スライブの側近とされるサティあたりが知ったら「我が国の王太子を顎で使うなど!!」と怒るだろうか?いや、ぱっと見ではあるがサティという男は割と現実主義かつ合理主義であるようなので「せいぜいこき使われてマスティリアの弱みを握ってこい」程度のことはいいそうだが……。


そんなことを考えながらスライブに指示を出すが、部屋を出ていくときにスライブが振り返り、思い出したように言った。


「では、行ってまいります。そうそう、帰りにアンナさんに言ってお茶の準備を依頼しておきましょう」

「……頼んだ」


 スライブが消えたドアを見て、セシリアは脱力した。やはり正体を隠している相手と長時間いるのは緊張が伴う。スライブがいなくなった瞬間に机に突っ伏して大きく息を吐いた。

 スライブは仕事だけをしていればいいのに、セシリアの疲労を感じ取って休憩のお膳立てをしてくれる。


 どうしてこういう気遣いをするのだろうか?もともとそういう性格なのか?


 そもそもセシリアはスライブという人間がよく分からない。それもそうだ。ランドールで一緒に過ごしたとはいえ恋人でも親友でもないのだ。


一緒に街に出かけたり買い物したりご飯を食べたり馬鹿なことを言い合ったりする程度なのだ。それも自分が一方的に連れまわした形だしせいぜいよく言っても「友達」だろう。

正直スライブのことは全く知らないと言ってもいい。


(今のスライブがスライブらしいのかしら。あの時は本当に辛そうな顔をしていたものね……)


 確かに今のスライブが本来の姿だったらそれは喜ばしいことだ。が……このような形でそれを知りたくはなかった。せめてちゃんとした"セシリア"として再会できたらよかった。

 それに求婚というのも大きなネックだ。スライブは嫌いではない。だがこの状況で求婚されても如何ともしがたい。


 つまりスライブの存在は少年王が女性であるという極秘事項を知られては困るという以外にも色々な意味で厄介なのだ。


「失礼します。紅茶をお持ちしました」

「アンナ、ありがとう。」

「……どうですか?」

「どうって……執務のこと?スライブのこと?」

「両方、といったところでしょうか?だいぶお疲れのようですし」

「疲れてるわよ!そりゃ盛大に疲れてますとも!!そもそも私が少年王の態度でいるのも限界があるのよ!!」

「存じております」


 セシリアの猫かぶりはアンナもランドールから従っているため当然知っている。確かに少年王としての振る舞いは完璧だが、それが通常運転ではないのだ。

 マクシミリアンやアンナ、フェイルスといった気心の知れた面々の前で素が出せるのでもっているようなものなのだ。

 

 だからこそ常に少年王でいなくてはならないこの状況にアンナも同情しているのだが、それを助ける術がないのが申し訳ないとは思っているようだった。


「申し訳ありません。何かお手伝いができればいいのですが…精々街の様子を見るとか、お嬢様が好きな街のお菓子を買ってくるくらいしか……。あと、特別にソーダを差し入れするくらいしかできません」

「うん……そうだよね。ありがとう。心配してくれているのは良く分かってる。あーあ!!街に遊びに行きたい!!気分転換したい!!」


 そう言ってセシリアはソファで手足をジタバタとさせていると、突然声をかけられてセシリアは固まった。


「おや、陛下は街に行かれる用でもあるのですか?」


 スライブがにんまりとした顔をしている一方で、セシリアは手足を硬直させたまま表情を引きつらせていた。


しばしの間。


 一瞬何が起こっているか分からないというより認めたくなかったという思いが強かったかもしれない。セシリアはなるべく自然に座り直し、表情を引き締めた。


「ル、ルディ!!いつからそこに!?」


 アンナはさっき"お嬢様"と口にしてしまった。そのことにアンナも気づいたようで顔を硬直させている。


 「街に行きたい……くらいからでしょうか?」


 スライブの回答にセシリアは小さく安堵の息をついた。ギリギリ聞かれていないようだ。

 とはいうものソファの上でジタバタしていたのを見られているのは変わらない。


 だがあえて触れないのか、先程の言動についてスライブは何も言わなかったので、そしてその話題をそらすように改めて咳ばらいをしてスライブに少し強く叱咤した。


「こほん……ルディ、ドアをノックしないで入ってくるとは少々マナー違反なのではないか?」

「少しドアが開いていたもので…そういう陛下も不用心です。いつどこで誰が何を聞いているか分かりませんよ」


 スライブがくすりと笑ったような気がしたのは気のせいだろうか。とりあえずはこのまま話を進めることにした。


「それでもう、用は済んだのか?随分と早いようだが」

「申し訳ございません。今気づいたのですが、ここの報告書についても確認しておいた方がいいかと思いまして。修正していただければ、国庫管理課にこの資料を修正依頼に行くついでに回そうと思います」


 受け取った資料を確認すると確かにルディの指摘通りだった。

 さすがに手際がいいと感心しながら書類を返すと、スライブが微笑みながら言葉を続けた。


「指摘、すまなかった。この提案で行こう」

「ありがとうございます。そうそう私から一つご提案が」

「なんだ?」

「私の前ではマクシミリアン殿に対するように接していただいていいですよ。陛下もいつまでも私の前で取り繕われるのは少々大変でしょうから」


 そう言ってスライブはくすくすと笑った。

 今のやり取りを聞いてそんな提案をしてきたことに若干腹が立った。少年王としての威厳がボロボロと崩れ落ちている気もするが今更取り繕っても仕方ないだろう。


 それにセシリアも常に少年王としているのは限界だったが"ライナス"としてくらいの気を抜いてもいいだろう。


「……わかった。その方が僕も助かるよ。僕もいい加減国王として振舞うのも面倒だし。申し訳ないけどそうさせてもらうよ。あ、ルディも地で話してもらってもいいんだよ」

「いえ、私は一応家臣ですから。そこは弁えさせていただきますよ」


 さり気なくスライブの本性でも引き出せればと思ったがやっぱり一筋縄ではいかない。


(私ばっかりボロを出している気がしてムカつく!!あっちも他人行儀なのを崩せれば少しは気が済んだのに)


「それで、陛下は少しはお休みになられたようですね。良かったです。」

「あぁ、誰かさんが戻ってきたせいで休憩時間はだいぶ削られたけどね」


 嫌味の一つも言いたくなるのは仕方ないだろう。心の中で怒りを持ちつつ、セシリアは紅茶を一口飲んで視線をスライブに向けた。

 目が合った時にセシリアふと思った。


「そういえば、一つルディに聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「どうして、セシリアを正妃にしたいんだ?セシリアがどんな女性かは分からないが、そんな素性も分からない女を正妃になんておかしいじゃないか?」


 そもそも何故スライブはセシリアを正妃にしたいというのだろうか?そもそも何故婚姻なのだろう?

 セシリアと結婚するメリットがどうも理解できない。だからスライブの考えがよく分からなかったセシリアにとっては素朴な疑問だったのだ。


「そうですね……強いて言えば、初恋の女性、だからですね。」


意外な言葉にセシリアの脳が言葉の処理を拒否した。


(は、つ、こ、い??)


初恋とは→生まれて初めての恋。

恋とは→特定の人に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること


 セシリアは頭の中で必死に辞書をめくった。

 そして雄に30秒ほど経ってから叫んだ。


「えぇええええ?!」

「では、私は国庫管理課に行ってきますね」

「ちょ…え…???」


 二の句をつけずにいるセシリアをしり目に、スライブは一礼して部屋を出て行ってしまった。

 後には混乱したセシリアが口を開けたまま取り残されていたのだった。



投稿する際には書き終えているのですが、読んでくださる方が隙間時間でも読めるといいなぁと思いまして2000文字~3000文字程度で区切るようにしてます。


ですが今回は長めで、次回はちょっと短めです。


いつも章の途中で途中ぶった切っている部分もありますが、ご了承ください。

(今更の言い訳)


すみません

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