王家の双子(二)
セシリアは幼馴染のグレイスとも女らしい遊びもしていたが、それよりも乗馬や剣術の方が好きだった。
ライナスはというと男らしい面がもちろん強いが、セシリアに負けるのも嫌なようでレース編みや刺繍といったことも完璧にこなした。
そんな型破りな双子は街で調達した黒のお揃いのウィッグをかぶり、服を交換して家庭教師を騙しては心の中で二人ほくそ笑むということもあったのだ。
そんな性格の悪い…もとい逞しく自由に育った2人は10歳の時に本当の両親のことをランドール伯爵から伝えられる。
2人はショックを受けた…わけではなく、
「あ、そうなんだ」
「ふーん」
と軽く受け取ってヴァンディアを驚かせた。
「2人とも、私が言ってることの意味がわかっているのかい?」
「理解はしているのよ。でも今何か言っても状況は変わらないし……」
「だね。将来王様になってもセシリアとかわるがわるしてもばれないよな」
「え……嫌よ。私はキャラバンに入って世界を旅するのが夢なの。王位は兄さんに譲る」
「はぁ……面倒なことを押し付けるなよ!!僕だってさすらいの旅人になって世界を回るんだよ!」
「……お前たち……まぁ、いずれはそういうこともあるから、頭の隅に留めておきなさい」
王位を譲り合う2人を見て思わず頭を抱える。
いや、王位継承をめぐって2人が争うのも困る。特にライナスについては王位継承権を持っているのでもっとその自覚を持ってほしいところなのだが……
一方でセシリアについてもヴァンディアは頭を抱える。
(セシリアは……淑女としてやっていけるのだろうか……)
ライナスは王位を継ぐということがほぼ決まっている。だがセシリアは一応女性で今後社交界デビューをして、結婚して幸せになってほしいと願う。
だがこのような規格外の女性を果たして受け入れてくれる男性はいるのだろうか……
(いくら宰相の非情な決断で万が一のためにライナスと同じ帝王学を学ばせたのは……まずかったのでは?)
一文句をいうと十倍にして返答してくる娘を見てランドール伯はため息をついた。
そんな彼らを見ながら妻のセザンヌはにこやかに微笑みながらうなだれる夫の肩をたたく。
「まぁまぁ、まだ2人とも10歳なのだから。これからどう変わるのか分からないですよ。子供のことですから状況も理解できないでしょうし」
「ならいいんだけどね……」
果たしてそのヴァンディアの嫌な予感は当たってしまうのだったが、それはまだ少し先の話だ。
ともかく双子たちはその後もすくすく育つことになる。
やがてセシリアが12の誕生日を迎えたときに王都から使いがやってくる。
あの宰相の息子であるマクシミリアン=アイゼルネだ。24歳という若さながら宰相補佐を任命されており、今日も宰相代理ということでランドールを訪れたのだ。
(……王家の血筋の方……。自分が将来お仕えすべき方。でもまだ12歳だろう。きっと王都で心細い思いをされるだろうから私がしっかりお支えしなくては!!)
マクシミリアンとしてはそんな殊勝なことを思っていた自分を今なら殴りたいと思うだろうが、この時には真剣にそう思っていたのだ。
マクシミリアンはどんな高貴な方が出てくるのかと思いつつランドール伯の領地に入る。森を抜けると小高い丘がありそこに小ぶりながら立派な黒塗りの城が見えた。
要塞のような堅牢な城の外には堀があり、マクシミリアンはそこの跳ね橋を通って城内に入った。
王家の秘密に関わる存在との対面ということで大仰な出迎えはされなかった。代わりに城の家令と思われる人物が迎えてくれると、今度は別の馬車に乗って城より離れた屋敷に向かっていく。
屋敷は大きくはないが、貴族の別荘くらいの規模で家族が住むにはちょうどいい大きさだった。どうやら城は政務を行うのに使用され、戦いが発生したときにはそこに避難する目的で作られているようだ。
やがて屋敷が見えると、正門から屋敷に続く石畳は中庭を通るように設計されていた。
庭には大きな木がそびえたっておりマクシミリアンはそこに吸い寄せられるように近づく。
春の風が広がる草を揺らし、大木も葉を揺らしてマクシミリアンに降り注ぐ光をも揺らした。
その優しい光は、王都から来た疲労を癒してくれるようで、マクシミリアンは目を閉じてその空気に浸ろうとした瞬間だった。
同時に大きな声がしてマクシミリアンはビクリと体を強張らせた。
「きゃーーーーーーーどいて!!」
「!?」
反射的に落下物を受け止めると、目の前には少女が落ちてきたではないか。春の陽に輝く金の髪。
その美しさに思わず目を見張る。一瞬天使が舞い降りたのではと思うほどだった。
だがすぐに少女が噂に聞く双子の妹のセシリアだとすぐに分かった。
「せ、セシリア嬢ですか?」
「そうです。……てか、ありがとうございます」
マクシミリアンはゆっくりとセシリアを下ろすと動揺を隠しつつ再び挨拶をしようと正式な礼を取ると同時に言葉をさえぎられる。
「私は……」
「マクシミリアン=アイゼルネ様ですね。私はセシリアです。この辺境の地までお越しいただきましてありがとうございます。何もおもてなしをできませんが、どうぞ中へ」
「あ……ありがとう……ございます。」
先ほどの衝撃の出会いを忘れさせられるかのような完璧で優雅な礼だった。さっき落下してきたのは気のせいかと思い、恐る恐るセシリアに尋ねる。
「あの……先ほどは何をなさっていたのですか?」
「……木登りですけど。」
「はぁ……」
「あの木の枝に座って遠くを眺めるのが好きなの」
「そうですか……」
むしろなぜそんなことを聞くのかというような口ぶりでセシリアは答えた。