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マックスの負傷(二)

 帰路に向かうとき、護衛としてついてきたフェイルスがピタリと馬を止めた。


「フェイルス、どうした?」

「陛下、お下がりください。誰かいます。王太子殿下も後ろに」


 普段軽薄な感じのするフェイルスだったが、今は騎士団長の顔をしている。茂みをじっと睨み、セシリアとカレルを後方に下げる。

 同時にスライブも剣を抜き、身構えた。


 その時きらりと何かが光った。シュンと空気を切り裂く音がして矢が飛んでくる。それと同時に馬に乗った10人ほどの男たちが一斉に襲いかかってきた。


「刺客か……」


 セシリアかスライブを狙ったのかは不明だが、いずれにせよどこかの刺客なのは間違いないだろう。


「先に行ってください!」


 フェイルスの声と同時にセシリアは馬を走らせたが、後方でカレルが戸惑いの声を上げた。


「でもフェイルス殿一人では!!」

「フェイ一人でも大丈夫だ!急ぐぞ」


 この国は貴族階級しか魔法を使えないが、その中でもフェイルスは魔法による攻撃が突出して優れている。

 10人ばかりの刺客でも遅れをとることはない。

 後方を見やればフェイルスはあっという間に半分の刺客が倒れているのが視界の隅に見えた。


 急いで馬を走らせていると、どこからともシュンという矢が切り裂く音がした。それをサティが防御魔法で跳ね返る。


「敵はあれだけではないようですね」


 皆、四方に気を張り巡らした。森の中でどこから敵が襲って来るか分からない。


「そこか!!」


 スライブが短刀を投げると低く呻き倒れる音がする。


「まだ敵はいるかもしれない」

「殿下は私の後ろに」


 マクシミリアンは防御の魔法を展開しつつ馬を走らせようとした時だった。


「危ない!!」


 突然セシリアが乗った馬が暴れ出し、暴走し始めた。荒れ狂う馬はものすごいスピードで山道を駆け抜けて行き、セシリアは馬にしがみつくのが精々だった。


「陛下!!こちらに!!手を!!」


 後ろから声がしたと思って薄目を開けると、スライブの馬が迫ってきていた。

 スライブはセリシアと並行に走ると馬を横付けして手を伸ばしてくる。だがセシリアはなんとか手を伸ばそうとは試みるが馬に振り払われないようにするだけで精一杯で、その手を掴めない。


「くっ!!」


 スライブは低く呟くと、自分の馬からセシリアの馬に飛び乗った。だが、あまりのスピードで馬に乗り移ることは諦めてセシリアを抱えて地面へと転げ落ちた。


 草に落ちる短い音と共にゴロゴロと転がり、しばらくして止まった。

 その間もスライブはセシリアの頭を守るようにして抱きかかえ続けた。


「うぅ……」


 耳元で聞こえたスライブの短い呻き声を聞いて、セシリアは弾かれたようにその顔を見た。


「……陛下……大丈夫ですか?」

「それよりあなた!大丈夫?怪我は?」


 思わず国王の言葉ではなくセシリアの言葉で語りかけてしまったが、本人は全く気づいてなかった。

 ただスライブが心配でその緑色の瞳を見つめた。するとスライブはセシリアの言葉に微笑を浮かべ平気ですと短く答えた。


「問題ありません。……立てますか?」

「うん。大丈夫」


 スライブの手を借りて立ち上がる。セシリアは小さくため息をついて、服の汚れを払った。

 その時スライブがじっとセシリアを見ていることに気づき不審に思って尋ねる。どうもスライブの様子がおかしい。


「どうした?」

「……なんでもございません。」

「?そうか?まず、礼を言う。助けてくれてありがとう。すまなかった」


「いえ。……それよりも陛下、申し訳ありません。腕に傷が……」


 スライブの態度が気になったが、それよりも指摘されて初めて二の腕の部分の服が裂け、若干血が滲んでいることに気づいた。

 大丈夫だと言おうとした時、足に力が入らずその場に崩れ落ちそうになるのを、スライブが慌てて支えた。

 急に体が脱力して動けなくなる。そして声がうまく出せない。


「あ……う……」

「まさか……しびれ薬……。陛下、顔は動かせますか?手は?」


 スライブに言われて首を縦に振り、手も開閉を繰り返す。

 どうやら強いしびれ薬ではなく、少量のものだったらしい。たぶん先ほどの矢に塗られていたもので、掠った程度の傷だったため大事には至らないようだ。


 それでも、スライブはセシリアの傷口に唇を当てて、残りの薬を吸い取って吐き出した。


「痺れが切れるまで少し時間がかかりそうですね……。まだ刺客が来るかもしれない。とりあえずどこか安全なところに移動した方がいいですね」


 スライブが周囲を見回すと小屋らしき建物が見えた。とりあえずそこに移動しようとしているのだろう。

 スライブは一言謝ってからセシリアを抱きかかえ、走り出した。多少の痺れだとは思うが、声ができず、少し頭もぼうっとする。

 セシリアはスライブの胸に体を預けると、その体温が心地よいことに気づいた。


(暖かい……)


 不安だった気持ちが少し落ち着く。

 そうこうしている間に猟師小屋に着いたらしい。周りはテーブルに暖炉、椅子が4つほどしかない簡素なものだった。


「本当は横になっていただきたいのですが……椅子に座ってください。座れますか?」


 声が出ない代わりにこくりと頷く。体に力が入らず、手足はだらりと下がり、首も横にしてしまう。

 スライブの顔が近づく。一瞬ドキリとしたが、彼は口元に耳を当てて呼吸を確かめた後に離れていった。


「呼吸も安定してきましたね。もう少ししたら落ち着くと思いますので、耐えてください」


 そう言うと少し会話が中断される。スライブはどこかを見ているようで小さく頷いていた。その様子をセシリアは見るともなしに見ていた。


「あぁ、そうだ。馬を寄こしてくれ。場所は……そうか。では待っている」


 声はセシリアに言うような丁寧なものではなく、誰かに命じるような凛としてものだった。

このようなスライブをセシリアは初めて見た。ランドールにいるときには力を抜けたようなごく自然体な口調だったし、ルディとしているときはぶっきらぼうながら丁寧な口調だったからだ。


 さすがはトーランドの王子らしい凛とした威厳のあるもので、思わずその様子をセシリアは見とれるように見ていた。


「念話をしましたので、しばらくすればサティが迎えに来ます。寒くはないですか?…毛布があるのでおかけください」


 そうしてセシリアの隣に座ると体を引き寄せる。

 脱力している体にはスライブの支えはありがたいものだった。


「寝れたら寝ても大丈夫です。起きたときには全て終わっているはずですから」


 その優しい言葉に安堵してセシリアはゆっくりと意識を手放していた。



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