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マックスの負傷(一)

 今日の朝食はセシリアの自室ではない。ましてや執務室でも。

 目の前にはカレルがにこやかにこちらに笑顔を向けていた。普通に考えると女性が顔を赤らめるような笑顔だろう。

 フェイルスも女性にもてるがそれとはまた違い、カレルのはどちらかと天然な感じがする。


 その笑顔よりもカレルにセシリアの正体がバレてないかだけが気掛かりで、笑顔などどうでもいい。

 なぜカレルの笑顔を見ているかといえば今日はトーランド王太子一行と朝食を共にしているのだ。


 これから彼らが滞在している間はこうなるだろう。


(これから毎朝顔を合わせるとか……憂鬱以外の何物でもないわ。出来たら避けたかった……)


 セシリアが女であることがバレる可能性をなるべく低くするためにも極力接触は避けたい。

 が、実際にはトーランドの王太子ともなると、その相手となるのはやはり王である自分が出ざるを得ないだろう。


 一通りの食事が終わった後に、セシリア達は紅茶を飲んだ。


(無言ではいられないし……会話はしないと不自然よね。)


 動揺を抑えつつもセシリアはカレルに食事の感想を聞く。


「スライブ殿は今日の朝食はお気に召していただけたか?」

「えぇ。とても美味しかったです。それに珍しい食べ物もありますね。このサラダなど見たことないフルーツなども入っているようですし。……これは、何ですか?」

「キトルスという東方の果物だ」

「是非ともこれはトーランドでも輸入したいです」


 カレルが目を輝かせて言う。

 キトルスとは東洋では通称ミカンという名前だったと記憶している。その皮を乾燥させると薬になると聞いて手に入れたものだ。


「申し訳ないがまだ大量生産ができていないし、生育方法も実験段階なのだ。私の菜園で少しばかり作っているに過ぎない」

「陛下の菜園ですか?」

「ちょっとした実験でね。珍しい植物を栽培するのが趣味なのだ」

「それは……ぜひ拝見させていただけないですか?実は私も植物を育てるのが趣味なのです」


(まさかの食いつき……。ということは、やっぱり案内しなくちゃならないわよね……)


 話題を間違えたかと思ったが後の祭りだ。

 本当はマクシミリアンに視察などは任せるつもりだったが、私的な菜園ともなると自分も行かなくてはならない。

 何とか話を逸らせないかと試みてみる。


「私的なものだから、来てもつまらないと思うが……」

「いえ、少し旅の疲れも出たので自然に触れたいのです」

「それは分かったが……馬でないといけない場所にあるのだ。それでも良いか?」

「構いませんよ」

「……分かった。マックス、準備を頼む」

「かしこまりました」


 それにしても気になっているのが、スライブの視線だ。なぜかじっと見られている気がする。


(また目が合った……やっぱり見られてる?まさか女だってバレたんじゃ……)


 スライブをこっそり見るたびに目が合ってしまう。内心正体がバレるのではないかとびくびくしながらも平静を装う。

 なるべく見ないようにした方が賢明だ。


「では、準備ができ次第向かおう」


 こうしてセシリアの菜園見学ツアーが始まった。

 菜園と言っても領地の外れの方にひっそりとある。というか、菜園というには割と規模が大きいのだ。

 菜園への行程の半分はのんびりピクニックも兼ねることになっており、一行は割と和気藹々とした感じで行くことになった。


 久しぶりに乗る馬は気持ちがいい。これがスライブ達と一緒じゃなければ……というよりスライブがセシリアを探していなければさぞかしいいリフレッシュになっただろう。

 だが城でもそうだったがやはりスライブの視線を感じるものの、敢えて見ないようにしていた。


(やっぱり……見られてるわよね。なんか落ち着かない……)


 今日カレルたちと一緒に過ごせば、後の視察などはマクシミリアン一族であるアイゼルネ家を筆頭とした外相担当に任せることも可能だ。

 全ての視察を任せるとはいかないまでも、スライブとの接点は少なくなるだろう。


(今日を乗り切れば!!)


 そう心の中叱咤しながらも1時間ほど馬に乗ったところでようやく菜園に着いた。

 目の前の広大な土地に広がる様々な植物の数々。中には花をつけているものもあり、なかなかいい眺めなのではとセシリア自身も自慢に思っている。



「これが……陛下の菜園ですか?」

「あくまで趣味と実益を兼ねているというものだがな」


 カレルは先ほどの会話で言っていたように確かに植物が好きらしい。

 目の前に広がる広大な畑を見て驚きを隠せないで様子だった。そして、興味深そうに植えられた植物たちを眺めている。


「これは何というのですか?」

「ペニーロイヤルという。こちらの花はカミツレだな」


 ここの菜園は各地から取り寄せた野菜・果物や山奥にある珍しい植物を集めて栽培している。

 野菜についてはなるべく天候に左右されない品種を作るために作ったり、野草については薬になると言われているものを栽培しているのだ。


 人工的に栽培するには適した温度や土壌や気候なども関係あるので、それを調査するための実験的な庭でもある。

 そのあたりを説明するとカレルは驚きの声を上げ、カレルの後ろに控えていたサティも目を丸くしていた。


「なるほど。実用化しているものもあるのですね」


 感心したようにサティが唸っていった。

 感情をあまり表に出さなそうなサティが少し驚いた表情になったのは意外だった。それに何やら考えている。


「自国に持ち帰りたいですね……。商品化した際には是非1番に取引させてください」


(さすがはトーランドの側近。もうこの薬草の将来性を見込んでるのね。ま、お金になるならいいけど)


 そもそもこれらの薬草もその栽培技術も独占する気はないのだが。

 そこにちょうど作業をしていた菜園の作業員であるトーマスが目に入った。


(そういえばカンゾウの生育が悪かったんだよねー)


「トーマス。この間のカンゾウは育っているか?」

「ライナス様、あの後何とか生育は良くなりました。やはりライナス様の言う通りの除草と追肥したのがよかったのだと思います。……そう言えば今日は作業着ではないのですね」

「あぁ、ちょっと客人が菜園を見たいというので見学だ。あ、そろそろまた雑草が伸びてきてるな。近いうちに草取りの手伝いに来る」

「いつも悪いですねー」

「そうそうトリカブトの件なんだが……」


 そのあともトーマスとの薬草談話は続いていたセシリアは気づかなかったのだ。後ろでその会話を聞いて呆然としているカレルたちのことを。


「宰相殿……まさかとは思うんだけど、ライナス陛下が草むしりしてるんですか?」

「えぇ。夏になると日焼けするのでやめてほしいと何度も言うのですが……。この間も熱中症を起こしてしまいまして…」


 そんなマクシミリアンの説明に後ろに控えていたサティは引き攣った表情をし、スライブは声を殺しながらも腹を抱えて笑っていた。カレルは生暖かい目で見ていた。


「?何か可笑しいことでもあったのか?」

「いえ、陛下。宰相殿も苦労するな……」

「サティ殿……分かってくださいますか?」

「あぁ」


 何故かマクシミリアンとサティが意気投合してるのを不思議に思いつつ、セシリア達の菜園見学は終わったのだった。


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