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月下の出会い(三)


 それを見送ったセシリアは盛大にため息をついた。一体この短時間で何がどうなっているのか理解できない。

 混乱した頭を抱えながらも自室に戻った。


「おかえりなさいませ、お嬢様。お風呂の準備は整っておりますよ」

「ありがとう……。その前にちょっと紅茶入れてもらえる?可能なら少しブランディを落としてもらえると嬉しいのだけど」

「かしこまりました」


 自室に着くとアンナが迎えてくれる。それを見て張りつめていた緊張感が取れ、安堵のため息が漏れた。

 だがこうしてはいられない。とりあえず状況整理と共有のためには側近を呼ばなければ。


「あとマックスとフェイを呼んできてもらえる?」

「この時間からですか?」

「うん。申し訳ないけど」


 セシリアの指示に従ってアンナはメイドに2人を呼びに行く手配ををした後、リクエスト通りに手早く紅茶の準備をしてくれた。


「どうぞ」


 差し出されたティーカップを持って紅茶を一口含む。

 口に広がったブランディが混乱した脳を落ち着けてくれるようだった。

 紅茶を飲んでいるうちにだいぶ冷静になってきた。そのタイミングでマクシミリアンとフェイルスが入室してきたが、2人の顔にはいかにも戸惑いの色が見えた。


「セシリア様、こんな時間にどうしたのですか?」

「あのね……ちょっと私も状況が整理できないの。聞いてもらっていい?ちょっと混乱してて」

「分かりました。とりあえずはお聞きします。」

「えっと、まずさっき薔薇園でトーランドの王太子にあったわ」


 まずセシリアの第一声に2人に衝撃が走っている。


「それは……すごい偶然ですね……」

「うん、私もそう思う」

「でも、まさかセシリア様の格好で会われたんですか?」

「……う、うん」

「なんっ!?で、では正体がバレたのでは?!」


 動揺するマクシミリアンの懸念は当然だろう。

 だがセシリアはドレス姿の時は濃いめのメークをしている。

 言っては悪いがどこから見ても女性だ。普段ライナスとのギャップがありとても同一人物には見えないとよく言われている。

 しかもカレルは顔を合わせても特に別段戸惑いなどの様子も感じられなかった。


「たぶん大丈夫。なんか普通に愚痴大会したから……」

「愚痴……ですか?」


 まさかあそこで愚痴大会をした男性が王太子だと誰が思うだろうか。

 だか問題はそこではない。


「でね、王太子は私が王太子ってことに気づいてないと思ったみたい。まぁ、セシリアの格好だったから当然かもしれないけど。自分のことをカレルと名乗ったわ」

「王太子様のお名前はカレル様ではないのですか?」

「そうそこなのよ!!トーランド王太子の名前はスライブ=ルディ=トーランド。カレルではない。」

「偽名……ですかね?」

「ここでの可能性があるとすれば王太子がカレルという偽名を使ったと思うわよね。ただ彼は言ったのよ。親戚で友人で上司の代わりに夜会に出てるって」

「それじゃあ、今来ている王太子様は偽物ってことですか?」

「そうなるわよね……」


 セシリアは喋りつつ頭の整理をしたが、第三者が聞いてもそう思うだろう。

 それにカレルが王太子の代理というのは納得がいった。あの落盤事故の時、どう反応すべきか困っていたからだ。


「さらに話は続くのよ」

「まだ続くんですか?」


 これまででも十分情報過多なのにこれ以上あるのかと2人は悲痛な顔になった。


「ここからが本題なの!!カレルの後に彼の従者が来たんだけどその人をスライブって呼んだのよ!」

「普通に考えると従者=スライブ殿になりますよね。でもスライブ殿の名はトーランド王太子様のお名前で……。えっ?」


 セシリアは疑問点を一個一個整理しながらマクシミリアン達に論拠を述べた。


 落盤事故の話をしたときに真っ先にこちらの意図に気づいて話を誤魔化したこと

 カレルよりよっぽど青薔薇の貴公子と呼ばれるのが似合っていること

 自分をルディと名乗ったこと


 これから導かれるのは……


「えっと……セシリア嬢はあの従者がスライブ王太子殿下だと言われてますか?」

「……まさか!!」

「私も信じたくはないけど……辻褄は合うのよ……」


 シーンと沈黙が下りた。

 誰もがありえない状況についていけない。が、そのありえないことは実際自分たちの身にも起こっている。

 なぜならセシリア自体が国王ライナスを名乗って周囲を欺いているのだから。


「身分を偽っているってことだよね。何のために……?」

「我々を試そうとしているのですよ」

「私もそう思う」


 話を聞いたマクシミリアンは大きくため息をついてセシリアに念押しした。


「本当に、ばれてないんですよね」

「大丈夫……だと思う。暗がりだったし。私も気づいたのは名乗られた段階だったしね」

「まぁ謁見の場だと距離もあるし、そんなに長い時間じゃなかったから大丈夫かもって俺も思うよ」

「はぁ……状況は分かりました。とりあえず明日の会談では気づかないふりをしましょう。こちらもばれないように、気を引き締めてください」

「そうする」


(大丈夫、ばれてないはず……はず……だよね)


 セシリアは自分に言い聞かせるように心の中で思った。

 会談さえ終われば後は滅多なことでは会わない人物だ。最大限の注意をしよう。


(そう言えば、スライブっていえば3年前の彼もスライブだったなぁ)


 トーランドで保護した暗い瞳の青年。

 酷く傷ついたようだったが、最後には元気になっていたのは嬉しかった。たった数週間程度の付き合いだったが懐かしい思い出だ。

 実はセシリアが人間らしく生きれるような制度を作るなどという壮大な自分の夢を他人に語ったのは初めてだったのだ。

 きっとあまりに無謀なことで否定することは目に見えていたからだ。


 だが彼が驚きつつも真摯に聞いてくれたことはセシリアに勇気をくれたし、実際王となってからもその理想を指針に国政を進めてきた。

 くじけそうになるときに、最後に見せたスライブの笑顔を思い出して支えにしていたのだ。

 彼は今どうしているのだろうか?このマスティリアの空の下で、幸せになっているといい。


 そんなことを思って、ふと気づいた。


 朱金の髪、エメラルドの瞳、背の高さ、顔立ち。

 最初謁見したときどこかで見た顔だとは思ったのだ。


(ルディ……って、スライブだ!!)


「あのね……そのトーランド王太子の方のスライブだけど……昔会ってるかも……」

「ええええええええ!?」


 セシリアの爆弾発言にマクシミリアンもフェイルスも、そして場に控えていたアンナでさえも叫んだ。

 折角収まりかけていた場の雰囲気が一転、また混乱に陥ったのは言うまでもない。




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