月下の出会い(二)
余りに不憫でセシリアはついつい会話してしまう。
「断れなかったんですか?お仕事関係の人とか?」
「親戚で友人で上司ってところかな」
「うわーそれって絶対断れない感じじゃないですか。酷いですね」
まるで自分が兄に国王を押し付けられていることとダブってしまい、思わず共感してしまう。
「あー、代役とか緊張しますよね。失敗できないっていうか」
「そうそう」
「押し付ける人って自分がいかに横暴なことを言っているのか分かってるんですかね!!」
「本当、いつもは冷静なのに今回は非常識なことばっかりするんだよ。振り回されるこっちの身にもなってほしいよ」
「分かります分かります。私も似たようなものなんです。私に仕事を押し付けられて自分は好きなことしてるんですよ。酷いと思いません?」
「酷いね…。しかも状況的に断れないとかない?」
「そうなんです!!なんでああいう人って強引なんですかね。こっちの身にもなってくれって感じですよ」
「分かってくれるかい?」
「えぇ!!」
お互い何かシンパシー的なものを感じて思わず握手したい衝撃に駆られてしまう。お互い顔を見合わせてうんうんと相槌を打った後、同時にため息をついた。
「私…こんな生活辞めてひっそりと暮らしたいですよ」
「分かるなぁ。僕ものんびりお茶飲んでる方がいいよ」
再び同時にため息をついてしまった後、セシリアとその男性は一緒に噴出した。そしてなぜかセシリアの顔をじっと見つめた。
「ねぇ、君……確か街で会った子だよね?」
「えっ?ええっと??」
「ほら、酔っ払いに突っかかって行こうとしただろう?」
「あ!あぁ、あの時の!」
暗がりで気づかなかったがよく見ればあの時自分を止めてくれた男性だった。
「凄い偶然があるんだね。貴族のお嬢さんが夜遊びかい?」
「そ、それは……」
その口調は攻めるわけではなくあくまで軽口の範囲だった。だがなんと返していいのか分からず戸惑っていると男は更ににこやかに尋ねてきた。
「良かったら名前教えてくれる?夜遊びのことは秘密にしてあげるから」
「……。」
そう言ってウィンクをする。下心があるわけではないのは明白だったし、ニコニコと人畜無害な笑顔を向けられると断れる気もしない。
そこでセシリアは城内で使っている偽名を言うことにした。
「……シリィって言います」
「シリィね。僕はカレルだよ。今日は会えてよかった。楽しかったよ」
「カレル、どこにいるんだ?」
遠くからはカレルを呼ぶ声がした。ちょうどいいだろう。自分もそろそろ自室に戻らないと本気でまずい。
「あぁ。ちょうど連れが来たみたいだ」
「じゃあ、私も行きますね」
「分かった。シリィもお仕事頑張るんだよ」
「ありがとうございます!!お兄さんも無責任上司にめげずに頑張ってくださいね」
じゃあと言おうとしたところで、茂みからカレルの連れと思われる人物が出てきた。
「スライブ、ここだよ」
「あぁ、ここに居たのか?」
現れたのはトーランド王太子の従者で謁見の時に切れ者だと気になっていた男だ。
ということは、カレルと名乗った男はトーランド王太子の一行ということになる。
その時月光に照らされてカレルの顔がはっきりと見え、そしてセシリアは固まった。
(トーランド王太子?!なんでこんなところに?)
あのプラチナブロンドの少し伸ばした髪とアクアマリンの透き通った瞳。間違いない。謁見時に見たトーランド王太子だ。
そう言えばトーランドの王太子の名前……確かスライブ。スライブ=ルディ=トーランドだったはず。
でも彼は自分をカレルと名乗った。その一方で、あの従者をスライブと呼んだ。
スライブは驚いたようにセシリアを見つめた。
(え?なに?どうなってるの??)
セシリアは混乱した。とりあえずこの場を離れなくてはならないことだけははっきりしている。長居は無用だ。
「じゃ、じゃあ私もう戻りますね!」
これ以上顔を見られたら敵わないと思い、俯き加減に走った。三十六計逃げるに如かず。
なのに、なぜか後ろから男が呼ぶ声がした。
「待て!!お前は!!」
(ひいいいいい、なんで追ってくるのよ!!)
セシリアは全速力で走った。ドレスが汚れようと足が出てはしたないとかそんなことを考える余裕はなかった。
男は執拗に追ってきたが、地の利はセシリアにある。いろいろと庭園を大回りして何とか男を巻いた。
ようやく温室に着いたときにはぐったりだった。
「とりあえず……早く着替えないと。万が一ここに踏み入られたらヤバいわ」
急いで髪を纏めショートカットのウィッグをかぶる。さっとメイクを落とすとモスグリーンのドレスを脱ぎ捨て、男物の服を着る。
最後にシークレットブーツを履く。
見た目は完璧に男に見える。うん。問題ない。
そうして何食わぬ顔で温室を出てからまた薔薇園をこっそりと進んだ。
がさりという音がして、振り向くとそこには朱金の髪を輝かせた男―スライブがいた。
息を大きく切らせているが、セシリアを見るとその顔に緊張が走った。
「マスティリア陛下……」
男と同様にセシリアも驚いたがあくまで平静を装う。
「そなたは?」
「はっ、申し訳ありません。私はトーランド王太子殿下の従者ルディ=ソルティネールと申します」
「そなたが何者かはわかったが、こんなとこで何をしている?」
「いま……人を探しておりまして。恐れながらこちらに金の髪の女性が来なかったでしょうか?」
(え!?やっぱり追って来てたんだ。危機一髪だったわ……)
内心冷や汗ものだったが、ここはしらを切るしかない。幸いスライブも国王=セシリアとは思っていないようだ。
「いや、見てはいないが」
「そうですか……」
「とりあえず、ここはロイヤルガーデンだ。王族以外入るのは許されない」
「申し訳ありません。なにぶんよく分からず足を踏み入れてしまいました」
「今回のことは不問にする。早くそなたの主の元に帰るといい」
「……御前失礼します」
スライブは騎士らしくきりっとした態度で一礼すると去っていった。