腹の探り合い(二)
マスティリア城内謁見の間。
そこにスライブは騎士として控えていた。
前方にはカレルが膝を折って頭を垂れている。どこから見ても王子然とした様子だ。まさか彼がただの一貴族であると思う人間はこの場には居ないだろう。
スライブがカレルに王太子代理を提案したのは、少年王とされるライナスの人となりを見るためだ。
若干15歳にして即位し、敵に占拠された領土を取り戻した実力者。
「よく、おいでくださった。マスティリアの王太子殿よ」
凛とした声だった。
男性にしてはやや高いが落ち着いた声。確かに少年でらしい顔立ちでむさ苦しい男という感じではない。決して大男というわけでもなく、むしろ背は平均より小さいくらいでほっそりとして華奢な印象だった。
透けるように白い肌に亜麻色の髪は儚げにも見えた。だがスライブが印象的だったのはその目だ。
儚い少年という風貌を凌駕するほどの強い瞳。その凛とした紫の瞳がスライブ一行に向けられる。
「こちらこそ、訪問の機会をいただきましてありがとうございます。貴国は益々発展していると伺っております。陛下が即位してから生活がしやすくなったとか噂はかねがね」
「トーランド国の王太子殿下にそのようなことを言っていただけるとは嬉しい限りだ」
「先だって王都を拝見させてもらいましたが、夜も明るく治安もいいように感じました。我が国では恥ずかしながら治安がいいとは言えず……夜盗の類もいてなかなかその対応に苦心してしまっています」
「いやいや、こちらも治安部隊の編成には苦心している。どうか意見交換などできればと思う」
「ありがとうございます」
(さすが一国の王として、年の割に堂々とした風格だ。でもまぁ、特出すべきことはない、か)
カレルとマスティリア王との話を聞きながらスライブはそんなことを思っていた。
本来ならば謁見ではこの程度の挨拶が通例だ。
親交を温めるのはこの後の舞踏会で、そして意見交換などは明日の会談で行われるものだ。
だが、王は意外なことを口にした。
「時に、貴国では先だって大規模な地滑りがが起こった様だな」
「は、はいそうですが」
「我が国では土木も力を入れている。何か技術提供ができれば嬉しい」
地滑りの話を突然の言われたカレルも不思議そうに返事をしたが、次に続く王の言葉から目的は技術提供だろうか。
まさか、地滑り現場が魔石発掘であるという事までは考えは行かないだろう……。
「ちなみに貴国での貯水池建設は興味がある。ここでも是非技術提供をしたいのだが、今はいくつの貯水池に着手しているのだろうか」
この言葉にさすがにスライブも息を飲んだ。
カレルは一瞬マスティリア王が何を言っている分からず言葉に詰まっている。
(まずい!)
スライブがそう思うと同時にカレルは”一つだけだ”という答えを言おうとする。それが失言だと気づかずに。
「現在は…ひと」
「全部で20か所で建築しております」
カレルの言葉にかぶせるようにスライブは答えていた。ここにきてカレルもサティもマスティリア王の意図に気づいたらしい。
カレルは青い顔をして、サティはそれを補佐するように続けた。
「我が国では度々水害や干ばつが起こることもあります。治水工事は必要だと思い、早急の対応をしているところです」
その時にスライブが気になったのは、不意に王の視線が自分を捉えたような気がしたのだ。そこには何の感情もなかった。
いや、見られたことさえも気のせいかもしれない。
一瞬の間があったのち、マスティリア王は何事もなかったように頷いて場を締めた。
「そうであったか。マスティリアでは治水工事はまだ遅れている。折を見てとは思っているのだが。貴国が早々に着手していて尊敬する。さて、この後はささやかながら歓迎の宴を用意している。知っているかもしれぬが私は肺の病気を患っており、人の多いところには出れない。代わりに宰相がお相手をするのでご容赦いただきたい」
「はい。お気遣い痛み入ります」
肺の病気のために人前にはあまり出ない少年王の噂はどうやら本当のようだった。
その後、カレルの言葉を聞くとマスティリア王は謁見の間から退出し、スライブ達もまた謁見の間を後にした。
廊下に出た瞬間3人とも大きく息を吐いた。ずいぶん緊張していたようだ。
「スライブ、すまなかった。僕気づかなかった……」
「いやいいさ。突然あんなことを言われたら動揺する」
カレルはまだ少し青い顔をしながら謝る。サティも渋い顔で呟く。
でも確かに危なかった。たぶんあの様子だとこちらが密かに魔石の生産体制に入っていることなどお見通しなのだろう。
その上で、こちらの力量を試そうと敢えてカマをかけてきたのだ。
「大丈夫だ。私も一瞬出遅れた。地滑りの話が出たときもう少し警戒すればよかった。ヘタレ王子だが今回だけはお手柄だな」
「ずいぶんな言いようだ」
「それにしてもあんな男の子って感じの子があんなことを仕掛けてくると思わなかったよ」
「確かにな。少年王の名前は伊達ではないな」
スライブがカレルに同意すると、サティはくいっと鼻にかかったメガネの弦を押しながらくっくっくっと低く笑った。
これは状況が面白くて仕方ない時に見せる笑顔だ。
「それで?サティのお眼鏡にはかなったのかな?」
「そうだな。一足飛びに同盟とはいかないが当面は友好関係ということにする」
「えーケチだな。同盟結んじゃっていいんじゃないの?」
「あと一押しというところだ。今後の状況を見る」
そんな2人の会話を聞きながら、スライブはもう一つ引っかかっていることがあった。
少年王は自分を見ていたのではないか。しかも一瞬だったが不思議そうな顔をしていた。
(まさか俺が王太子であることがバレた?)
気のせいとは思っても、何となく引っかかってしまう。もしバレたとしても相手も直球で指摘してくることはないだろう。
そしてもう一つ気になっていることがある。マスティリア国王のあの紫の瞳。力強く前を見据える瞳がセシリアを彷彿させる。まぁ紫の瞳など珍しいものでもないし、そもそも少年王がセシリアなどという馬鹿げたことはあり得ない。
「スライブ、何か気になったことがあるの?」
「いや……なんでもない。それよりも舞踏会も頼むな」
「はぁ、また王太子代行かぁ。僕、出来るかなぁ?」
「カレルの得意分野だろう?それよりも余り女性を誘惑してくれるなよ」
「僕だって好きで女の子を呼び寄せているわけじゃないんだよ」
「じゃあ無視すればいいじゃないのか?」
「あーあ、だから青薔薇の貴公子って言われるんだよ。僕はそこまで割り切れないの」
そんなことをカレルと言い合いながら貴賓室のソファで寛いだ。まだマスティリアとの闘いはこれからだ。