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スライブの回想(二)


 一瞬何が起こったか分からず呆然と彼女の顔を見ると仁王立ちになって怒り心頭のご様子だった。

 お腹が減っているからマイナス思考になるのだと言って、食堂に連行され、肉を口に突っ込もうとする。

 何度も突き放す言葉を口にしても、セシリアはしつこく面倒を見てくれる。

 そんなセシリアの行動はいつも遠巻きに見られ、最後には切り捨てられたスライブにとっては、ようやく人間として見て貰えたような気さえした。


(自分を人として扱ってくれる人間がいる)


 それだけで無性に泣きたくなった。

 あの時無理に食べさせられたニンニク入り特製ソースがかかった肉の味は今も忘れられない

まぁ。その後強制労働をさせられるのは想定外であったが……。


 だが、その強制労働は意外にもいいものだった。気の置けない仲間はスライブを傀儡の王子ではなく一人の人間として扱ってくれたし、慣れない肉体労働は夜熟睡するという効果もあった。

 単純作業は頭を空っぽに出来る効果もあって良かったが、如何せん同じ作業をするのも疲れる。

 周りを見ても作業効率が落ちているのも明らかだったし、場所によって工事が進んでいるところと遅れているところなどのばらつきもあった。


(これは……もう少し工事のやり方を改善した方がいいな)


 そんなことを自然と思い始めていた。最初は出過ぎたことをいうのはいかがなものかとか、自分の意見など言っても無意味だと傍観を決めていた。そんなスライブを動かす事件が起きた。


 スライブと同じ作業をする同僚が怪我をしてしまったのだ。その男は面倒見がよく、いつもスライブを気にかけてくれた男だったが、生真面目な性格で、今回の怪我で周囲に迷惑をかけることを非常に悔やんでいた。

 だったら、自分が彼の力になれることはないか。


「事前準備ができていれば、作業効率も上がる。分担できる作業は分担してしまった方が良いだろう。工事日程の管理もすれば、どこのチームがいつ終わるかの目途を立てることも可能だ」


 ダメ元で提案したところ親方がその案を喜んで導入してくれることになった。

 作業だけだったのが、工期日程の管理やチームの進捗確認などリーダー的采配も任されていった。


(ここは自分を必要としてくれている。生きているという実感がある)


 トーランドでは考えられないような生活を体験して、スライブは徐々に自分が変わっていくのを感じていた。

 それでもやはりトーランドから逃げてきたことに対する罪悪感があった。あと1ピースあれば自分は変われるのではないか。だがその一手が分からなかった。



 セシリアはスライブの様子を見に毎日通ってくれた。

 彼女の太陽のような微笑はスライブの心の支えにもなってくれていて、スライブは彼女に惹かれていることを何となくは自覚していた。


 だが、今の自分には真実を告げることも、その資格も勇気もない。やはり異母兄のようになれる自信がない自分にセシリアへ想いを告げることはできない。


 そんな悶々とした気持ちを抱えながら過ごしていたある日、セシリアは自分のとっておきの場所だと言ってランドールを一望できる丘に連れて行ってくれた。


 その時彼女は言ったのだ。


「あなたはその人じゃないんだから。その人の真似をする必要もないし、自分がしたいようにすれば?」


 したいようにする。自分の主体性を問われた。今までは自分の立場を甘受していただけだった。目が覚めた思いがした。

 自分は何をしたいのだろう。

 不意にセシリア自身はそれを持っているのか疑念を持った。所詮年端もいかない少女の戯言。実体験もない癖にそんな綺麗ごとを言っているのだと、捻くれたスレイブは思い彼女を試した。

その回答にまた息をのんだ。


「貴賤問わず最低限の衣食住が保証されて、教育や医療が受けれるようになること」


 そんな壮大な回答が来るとは思わず驚くと共に無謀だと思った。だがセシリアの未来を語る瞳―その紫の瞳に捕らわれる。

 そこには確固たる信念と、それを実現するだけの手法を既に考えていることが見て取れたからだ。


(セシリアなら、トーランドを変えられるかもしれない。王妃として共にいてほしい。俺自身がセシリアと離れたくない。)


 そう素直に思うと後はそれを言葉にするだけだった。


『俺はトーランド王家に縁りがある。一緒に行ってくれないか?一生幸せにする』


 なのに、その一言が言えない。女性に甘い言葉を言ったこともないし、言いたいとも思わない。告白なんてもってのほかだった。

 だから去っていくセシリアを見送ってスライブは決心した。


(明日は、ちゃんと言おう。)


 今思うと、何故あの時に言わなかったのか。だがあの時のスライブはもうセシリアに会えないとは予想だにしなかったのだ。

 明日も会える、そう信じて疑わなかった。


 だが、次の日セシリアは現れなかった。次の日も、次の日も。

 そこでスライブはセシリアの身の上を全く知らないことに気づく。

 セシリアの行方を探そうと街で彼女が馴染みにしていた人々に話を聞いて回った。


「セシリア?さぁ……どこの娘さんかは分からないなぁ。ふらりと現れて、ふらりと去っていく。細かい身の上なんて聞くのは無粋だろ?」

「たぶんあの様子だと伯爵の下働きだとは思うんだけどね」

「いやいや、あの子は伯爵の隠し子なんじゃないかって噂だよ。だって、あの手を見たかい?水仕事なんかしてない綺麗な手だった」

「それにドレスもいつも綺麗だったし。なんていうかなぁ…にじみ出る高貴な感じ?」


 街の者たちも誰一人として彼女の素性を知らなかった。


(一体彼女は……何者なんだ)


 そう考えながら自室に帰る途中に、一台の馬車が止まった。

 馬車から降りてきたのは眼鏡をかけて冷たくスライブを睨んだ男。スライブの家庭教師だった男だ。


「スライブ、探したぞ。」

「サティ……政権はムーロン侯爵の手に落ちたか?」

「いや、一応小康状態だ。現場の官僚達が抵抗してボイコットを起こしている部署もあるようだ。だが、政治は大いに乱れている。王太子のお前が収拾を付けないと王家の威信にかかわる」

「そうか。俺が生きていれば戦局は変わるな。では戻るとしよう」


 スライブの言葉を聞いたサティは大きく目を見開いた。

 まさか王太子として帰り、継承権の宣言をするとは思わなかったのだろう。だがサティは即座に頷き、スライブに着替えを促した。


「ただ、一つ行きたいところがある」

「あまり時間はないぞ」

「すぐ終わる」


 セシリアを見つけるための唯一の手掛かりはランドール伯爵だった。だから身分を隠して伯爵の元を訪れたのだが、帰ってきたのはそっけないものだった。


「セシリア……ですか?そのような人はいないですが……」


 大きなため息が漏れた。

 だがその後にこっそりと影に調べさせたところ、セシリアと思われる人物がいた形跡はあった。だから十中八九伯爵の関係者だろうとスライブは推測していた。

 何か身分を隠さなくてはならない理由がある。


「行きますよ」

「あぁ」


 サティの言葉に断腸の思いでランドールを離れることしたのだった。


◆  ◆   ◆


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