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スライブの回想(一)

 マスティリア王都。

 夜の王都はトーランドに比べ明るく、賑やかだった。

 ようやくこの国に来れたというのがスライブの思いだった。

 何度となく来ようと思った国だったが、立場上トーランドの王太子ともなると他国に気軽には行けない。

 3年前にマスティリアを訪れたときには王太子として求められるものも多くなかったし、自分も進んで執務も行おうとは思わなかった。自分はお飾りの王太子だったから。


「スライブ…あ、今はルディと呼んだ方がいい?」

「そうだな。呼び慣れた方がいいだろう」

「それにしても嬉しそうだね」


 そう言ったのはスライブの従兄弟であるカレルだ。柔らかいプラチナブロンドの髪を揺らして微笑んでいる。

 その微笑み一つとっても気品があり、社交界でも女性の視線を独り占めしてしまうほどの女性から絶大な人気を誇っていた。

 不愛想で冷たいと言われるスライブよりもずっと王子らしい人間だと思う。


「あぁ、そうだな。嬉しい…な。またこうしてマスティリアに来れるとは思わなかった。」

「調整するのが難しかったんだからな。それなりの成果を出してもらうぞ」


 スライブの片腕ともいえるサティはそう言ってメガネを直した。王太子に向かって堂々とため口を聞くこの男は、スライブの家庭教師をしていたが、その手腕を買われてスライブの片腕として政務に取り組んでいる。


 ため口になっているのは主従の関係であっても家庭教師であった名残のためだ。サティ曰く「甘たれ小僧の時から教育しているのだから今更態度は変えられない」とのこと。スライブ自身もそれでいいのであまり気にも留めていない。


「あぁ絶対に見つけるさ」

「本当初恋を拗らせちゃって。あーあ、こうまで執着されると、セシリアちゃんが可哀想な気もするけどね」


 21歳にもなった王太子は多くの縁談を断っている。一向に婚約者を決めないことに家臣たちは異を唱えているが、当の本人はこのまま王位継承を放棄するとも言い出しているのだ。


 現時点で有力な後継者もいない状態で、スライブが王太子を降りてしまったら国の混乱を招く。そのため、家臣も強くは出れないでいた。

 王もスライブの事情を知っている。


 あれほど無気力で生気のない顔をしていた息子がマスティリアから帰ったら一変し、精力的に執務に取り組み始めたのだ。その政策は一見無謀ではあるが着実に成果を上げており、国の財政も潤ってきているという事実から、スライブを変えたマスティリアで出会った少女に大いに感謝していた。


 だから国王は最後通告として一つの条件を出した。


「お前の気持ちは分かる。だがこのままお前が王位継承権を放棄すれば国は混乱する。お前もそれは望まないところだろう」

「それは…」

「だからお前にチャンスをやろう。次回マスティリアとの会談がある。そこでその少女を見つけること。もし見つけられなければ、他の侯爵令嬢を娶ってもらう」


 苦渋の決断。

 だが、スライブはそれに賭けるしかなかった。どのみちセシリアのことは意地でも見つけてやるという執念もある。スライブはそれを了承し、こうしてマスティリアに来たのだ。


「でもさー、いくら命の恩人だとしても、そこまで執着するってよっぽどのことがあったんだね」


 笑うカレルの声を聞きながら、スライブはあの日の出会いを思い出していた。


◆  ◆   ◆


 スライブがセシリアと出会ったのは3年前、ランドールというマスティリアでも辺境の街でのことだった。


 当時、トーランドの王位継承権第一位はスライブの異母兄の物だった。秀才と言われた兄は次期国王として期待されていた一方で、弟のスライブは不出来だとしてその存在は薄いものであった。

 貴族たちも自分には見向きもしない。それでもスライブは異母兄を尊敬しており、その状況について不遇だとは感じていなかった。


 だが、事態は一変する。スライブが19歳の時にその異母兄が流行り病であっけなく死んでしまったのだ。

 スライブは突然王太子として擁立された。と同時に、スライブに取り入ろうと今まで目もくれなかった貴族たちが、一斉にすり寄ってきたのだ。貴族たちの魂胆は見えていた。

 王太子に求めるのはそこに立っているだけ。政治には一切口を出さない傀儡の王太子を求めていたのだ。


 そんな状況にスライブの心は荒んでいった。


(どうせ俺は兄の代わり。不出来な俺には何も求められていないし、俺が死んだところで次の替えがいるんだ)


 もし、兄が王太子になっていたら、傀儡の王太子になることは求められていなかったはずだ。

 能力のない自分が情けなく、自我を持って生きることも虚しく感じていた。

 そんな時、国王が病に倒れたと同時にスライブを排斥しようとする動きが活発化した。異母兄の生母である第二王妃の親戚筋であるムーロン侯爵が政権を奪取しようとしたのだ。


 スライブ派閥の貴族たちはムーロン侯爵らによって政権を追われ、スライブは孤立。同時に暗殺も頻繁に行われるようになりこのままでは命を落とすのも時間の問題というところまで来てしまった。

 スライブはサティ達信頼できる家臣たちの進言で起死回生のチャンスが来るまで身を隠すことにして城を脱出したが、それでも暗殺者は執拗にやってきた。


 トーランドの辺境地域まで逃げていたが、追手に追われたスライブたちは戦いながらもなんとか逃げることに成功したのだ。だが気づけばスライブはサティ達従者とはぐれてしまっていた。

 そうして歩いている間に気づけばマスティリア領に入ってしまったのだった。


(なんで俺はこんなに必死に逃げているのだろう。もう俺は死んだ方がすべてがうまくいくのではないか?)


 何日も食べず、休むこともできず、当時のスライブは身も心もボロボロだった。しばらくまともに食べることも寝ることもままならない。衣服は薄汚れており、空腹で目が霞む。これまでの逃避行で体は疲労困憊で、もう一歩も歩きたくない。

 そんな思いを抱えつつふらふらと市街地に入った。

 後方から刺客が来ていることも知っていたが、もうどうでもよいという諦めに似た境地でその死を甘んじてうけようとしたのだ。


(あぁ、これで楽になる)


 そう思ったとき、少女に話しかけられる。と、突然手を掴んで走らされた。


「逃げるわよ!!」


 少女の言葉に反論する間もなく、市街地を縦横無尽に走らされた。それがセシリアとの出会いだった。

 後ろから少女についていく。金の髪がたなびいて綺麗だと思いながらセシリアの後を追って走った。

 追手を巻いたはいいが、セシリアの相手は正直面倒だった。自分のことは放っておいてほしい。死にたかったと口にした。


「こんの!!ぐちぐち男―!!」


 突然少女が怒鳴りゴンという音が周囲に響いた。頭の痛みに呆然としているうちに自分が頭突きされたことに気づいた。


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