話は3年後に戻る(二)
定例会の後、セシリアは城を抜け出して城下町に来ていた。
今日の定例会は税率の見直しをするというセシリアの案に対する文句を聞く会だった。
セシリアが即位してからこの3年間で様々な是正を行ったが、その中でも力を入れたのは抜本的な税率の見直しをすることだった。
これまでは一律に税をかけていたため状況に応じては税を払えない人民や、貧富の差によって納税に耐えられないものも多くいた。
そこでセシリアは収入に応じて課税する累進課税制度の導入というものを行った。そのため飢饉になどによって収穫が少なかった場合には税も軽減する。
一方で貴族階級のような富裕層に多くの税を課しているのだが……やはり貴族の反発は否めない。もちろん対応案も出しており、セシリア派は納得しているがアレクセイ派の反発は大きい。
頭の痛い内容だった。
(本当、最近溜息ばっかり多くなってる気がするわ)
そのためセシリアは城下町に気分転換に来たのだ。マクシミリアンは青くなるかも知らないがそんなことは知ったことではない。
(王都には市場調査を兼ねて行っているのよ!立派な公務よ!!)
と自分自身に言い訳してたりする。
現在王都の夜の街は明るい。以前は暗く治安が悪かったが、現在はマテルライトを利用した街灯を導入したためだいぶ治安が良くなったのだ。
飲み屋も活気があるし、夜遅くまで営業する店も増えた。
「せっかくだからどこかで甘いものでも食べようかな?」
ランドールに引き続き行きつけのお店を何軒か開拓したセシリアは、馴染みの甘味処に行こうかと足を向けた。
もしくは大広場には臨時の屋台などもあるので、そこを覗くのもいいだろう。
広場には様々な地域の食べ物の屋台が出ていた。セシリアはその一軒に目を留めていった。
「おおお!なにこれ、ホットワイン?!面白そう」
「いらっしゃい!」
「おじさん、このホットワインって何?」
「ワインに香辛料やフルーツをいれて甘くしたものだよ」
「へー。じゃあ、一つ頂戴!……これのワインはやっぱりミゼラルブ産?」
ラバール伯爵領であるミゼラルブはワインを名産としており、王都でもワインと言えばミゼラルブ産というほど普及している。
ランドールもワインを売り出しているが、やはり大量生産をしているわけではないので王都ではあまり出回っていない。
「それがさぁ、ミゼラルブ産は今高くて手に入らないんだよ。だからオレンジキュラソを混ぜてなんとかしているって感じなんだよ」
「へー、そうなんだ。ありがとう!」
お金を渡してホットワインを一口飲む。甘く口当たりがよくこれなら何杯でも飲めそうだと思いつつ舌鼓を打った。
そうしてセシリアは屋台を離れたが、何となく違和感がある。
(ワインの価格の高騰かぁ。そんな話聞かないんだけどなぁ。少し調べようかな)
ワインを飲み終え、更にいくつかの屋台でおつまみを食べて王都散策も満喫できた。
欲を言うならもう少し街をぶらぶらしたかったが今日のところは帰るとしよう。そう思って広場を抜けようとしたとき、がじゃんという音が背後でした。
見れば酔っ払い同士の喧嘩の様だ。
だが、暴れて酔っ払いに手が付けられず、通行人もどうしていいか分からず見守るしかないようだった。
(仕方ない。とりあえず、暴れている人を何とか抑えよう。……マックスには怒られそうだけど)
そう決意して野次馬の集団から抜け出して、酔っ払いに近寄ろうとした時だった。
「ちょっと……」
「お前たち。迷惑だろう。少し静かにしたらどうだ」
セシリアの横から一人の男が酔っ払い達に進んでいった。
深緑のマントをひらめかせ、腰には剣を履いている。だが興奮した酔っ払いはそんな男の制止を聞かず、逆に男に向かっていった。
相手は2人。酔っ払いと言えど男一人では怪我をするかもしれない。
「あ!!」
「大丈夫ですよ」
止めようとしたところで、セシリアの肩を掴んで止めた者がいた。驚いて振り向くと、そこには柔らかいプラチナブロンドの髪をした男がいた。
セシリアの耳元で優しく囁く。
「お嬢さんが出て言ったらそれこそ怪我をしてしまう。あいつは強いので大丈夫です」
そうこうしている間に、マントの男はあっという間に酔っ払い二人を伸してしまっている。
しかも仲間だと思われる人物が交通整理をして、警邏隊まで呼んでくれていたようだ。この場が無事に収まってしまった。
あまりの手際の良さに、セシリアは困惑した。
「ね。言ったでしょ?」
プラチナブロンドの髪が街灯に煌いて光っている。好みによっては女性が好きそうな顔だろう。
まぁ、セシリアは男性の顔には興味がないが。
「そうですね。とりあえず安心しました。」
「マスティリア王都は治安が良いと聞いたけど、まぁこういうこともあるよね。でも警邏隊の動きも早くていい街だ」
「……郊外の領地からいらっしゃったのですか?」
「まぁ……そんなものかな。」
そんな話をしていると、緑のマントの男が近づいてくる。仲間が増えてしまうといろいろと詮索されるかもしれず対応が面倒だ。
セシリアは急いでこの場を離れることにした。
「カレル、待たせたな」
「ルディも無事で何より。」
「あ、私はこれで。旅人さん、王都を満喫してくださいね!」
ルディという男が視界に入ったが。エメラルドの瞳が一瞬絡んだような気がしたが、そのままセシリアは帰路に着いた。
(警邏隊の夜の見回り回数を多くした方が良いわね。増員の給与が捻出できるかマックスに相談しよう)
そんな算段を考えつつ城に帰ったセシリアを待っていたのは、鬼の形相をしたマクシミリアンだった。