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逃げるが勝ち(一)

 セシリアはスライブが元気になってくれたことが嬉しくて、意気揚々と屋敷に戻った。


「ただいまー」

「あら?セシリア様。もう具合はよろしいのですか?」


 エントランスで出迎えてくれた侍女のアンナが心配そうな顔をして近寄ってきた。

 侍女のアンナは子供の頃からセシリア付きの侍女だった。ダークブラウンの髪にスライブと同じ緑の瞳。だがその瞳は慈愛に満ちているせいか同じ緑色には見えない。


 そんなことを思いつつも、先ほどアンナが言っていた言葉が気になって首を傾げた。


「え?別に私は具合は悪くないけど……」

「でも、先ほどお声をおかけしたら少し気分が悪いから外の空気を吸ってくると言っていましたよね?」

「私……今帰ってきたんだけど……」


 その時セシリアの脳裏に昔の記憶がよみがえった。いやいや、まさか……と一つの考えを否定したいが、嫌な予感は振り払えない。


「アンナ、ちなみに私の服は今着ているのとは違ってなかった?」

「はい。クリーム色のドレスですけど。」

「兄さんは!?」

「えっ?自室で寝ると言っていましたが。まだ起きていらっしゃいませんよ」


 その言葉を聞いてセシリアは弾かれたように階段を登って廊下をダッシュした。後ろでアンナがはしたないだの文句を言っているような気もするが、今はそれどころではない。

 埃を巻き上げるほどに足をもつれさせながら走ってライナスの部屋まで行くと、乱暴にドアを叩いた。


「兄さん!!いる!?兄さん!!」


 セシリアはドアを勢いよく叩いてから手を一瞬止めたが、中からはなんの反応もない。

 実力行使だとばかりにドアを開く。ドアが壊れるのではないかと思うくらい力任せに開けると、バンという大きな音を立ててドアは壁にぶつかって止まった。

 部屋に入り、左右を見渡すがライナスの姿は見当たらない。奥の寝室かと思いズカズカと入るがやはり姿は見えなかった。


「セシリア様!!」


 後ろから慌ててやってきたアンナは震える手でメモを渡してくれる。

 手紙というほどには仰々しくはなく、便せんに一枚だけだった。カサリという音を立てながら セシリアはゆっくりと折りたたまれた便せんを開くと、そこには一言だけ書かれていた。


『セシリア、あとはよろしく!』


その言葉を見て、セシリアの眉がピクりと動く。そしてわずかな唸り声をあげたのち、館に響き渡るほどの大声でセシリアは怒鳴っていた。



「あんの馬鹿兄貴――――!!!!」




 怒鳴り声はこだまして屋敷の外にも響き渡った。

 屋敷どころか街にまで届く限りの声を上げつつ、手紙の主の代わりとばかりに便せんを強く握りしめた。

 だが、こうしている場合ではない。一刻も早く兄を見つけなければ。


(ありえない!!ライナスは私を王太子の身代わりにしようとしてる!?)


 脳裏によぎった最悪の事態を振り払うようにセシリアはこの状況に狼狽しているアンナに命じる。


「兄さんが逃げた!!早く周りを探して!!」

「えぇ!?どういう意味で……」

「ともかく馬を走らせて兄さんを探す!!馬に乗れる使用人たちは全員国境方面を中心に街道沿いを追ってみて!!それとメイドたちは街の方を見てきて頂戴。」

「は、はい!!畏まりました」

「それから、アンナは王都にいるマクシミリアン殿にこの事態の一報をいれて。」

「分かりました。早馬の手配をいたします!」


 セシリアの厳しい声に弾かれるようにアンナは部屋を出ていった。その騒ぎを聞きつけて養母のセザンヌがやってきた。

 突然慌ただしくなった屋敷の様子に驚いてきたのだろう。

 セシリアのただならぬ様子をみて、目を丸くしている。


「セシリア、何が起こっているんです?ライナスが居なくなったとかなんとか聞きましたが」

「お義母様、ライナス兄さんが逃げました」

「逃げたって?」

「言葉のままです。私に面倒を押し付けていったみたいです。」

「なんですって!?」


 予想を超えるあまりの出来事にセザンヌは気絶寸前だった。

 だが、さすがは辺境伯爵の妻である。一瞬にして気持ちを切り替えたようだった。セシリアの提案をしっかりとした態度で聞いてくれた。


「私は城にいるお義父様にご連絡してきます。ライナスのことは大事にできないですが、事情を説明すれば人手も貸してもらえるかもしれません」

「そうですね。分かりました。私はここで待機しています。」

「お願いします。王都にも使いを出しましたが、この状況を察しているマクシミリアン殿の使いがすでに動いているかもしれません。使者を待っていてもらえると助かります」

「大丈夫です、任せなさい」

「では、行ってきます!」


 城に向かったセシリアは伯爵家の紋章を見せて城内に入る。

 セシリアのことを知っているヴァンディアの部下がセシリアのただならぬ様子に驚き、養父の執務室まで案内してくれた。

 ヴァンディアはセシリアをにこやかに迎えたが、セシリアの告げた内容に言葉を失った。


「お義父様、ライナス兄さんが出奔しました」

「……セシリア?私の聞き間違いかな?ライナスが……出奔したと聞こえたが?」


 セシリアが詳しい説明をした後、ヴァンディアは青ざめたのち怒りで顔を赤くした。そして信頼できる騎士に事情を告げないまでも捜索するよう指示を出した。


「セザンヌ、状況は!!」

「旦那様、申し訳ありません。私が屋敷にいたのに……」

「それはとりあえず、置いておこう。状況に変化は?」

「それが……」


 セザンヌがちらりと後ろに視線を向けると、そこには黒髪の男が立っている。

 急いできたせいか、いつもは詰襟をしっかりと上まで付けているが今日は緩めており、ローブも着ていなかった。


「マクシミリアン殿」

「ヴァンディア殿、セシリア嬢…。お待ちしておりました」

「お待たせしてしまったようですまなかったですね。事情は娘から聞いています。この度はご迷惑をおかけしまして……」


 ヴァンディアが応接間に案内して席を勧めるとマクシミリアンは憔悴した顔でソファに座った。

使用人たちをほぼ全員ライナス捜索にやってしまったため、セシリアがお茶を用意した。


「どうぞ……まずは少し落ち着いてください」

「セシリア嬢、ありがとうございます。」


 マクシミリアンが沈痛な面持ちで紅茶を一口飲んだ。

 それを見てセシリアが口火を切った。


「この度はあのバカ兄が迷惑かけました。至急王都に早馬を走らせたのですが、入れ違いでしたね。ということは、マクシミリアン殿は兄の出奔に気づいてすぐいらっしゃったのですね」

「そうです。朝に執務室にいらっしゃらなかったのでお部屋に伺いましたらこれが……」


そうやって差し出された紙には一言。


『探さないでください』


(あんの……バカ兄!!)


内心で悪態をついてセシリアは心の中でグッと手を握ったのだった。



いつもながら中途半端ですみません。

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