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出会いは受難の始まり(三)

 完食すると男は大きく息を吐いた。それまで張りつめていた肩の筋肉が緩められ、満足そうな様子にセシリアは嬉しくなる。


「どう?美味しかったでしょ?」

「あぁ……そうだな。美味かった」

「良かった!ふふふ、お腹が膨れると少し幸せな気分になるでしょ?」

「そう……言われれば、そうだな」


 じっと男の顔を見つめると青白い顔は少し血色が良くなったような気がする。目はまだ覇気はないが陰りの色は薄まったようだ。少なくとも絶望どん底と悲嘆に暮れている先ほどの様子からは復活しているように見えた。


「ご飯食べてなかったの?」

「確かに、ここ数日はまともに食べていないかもしれないな。食べたいとも思わなかった」

「なるほど。じゃあ満足できたかしら」

「まぁな」

「それは良かったわ!じゃあ、少し腹ごなししながら行きましょう。…ライナ…、お勘定ここに置いてくね!おじちゃんもご馳走様!」

「おう!!また来な!」


 セシリアは再び男の腕を引き上げ、店の外に出た。

 後ろからライナと店主の気さくな見送りの言葉を受けながら、今度は町の外れの方に足を向けた。

 2人で歩き出した時にセシリアは重要なことを想い出した。


「あ、そう言えば名前聞いてなかったわよね。私はセシリアよ。貴方は?」

「……スライブ」

「貴方死にたいって言ってたけど、この先時間ある?どこかに行く用事とかは?」

「ないな」

「じゃあしばらくこの町に居なさいよ。衣食住の面倒は見てあげるわよ」

「それは……さすがに申し訳ない」

「いいのよ。気にしないで」


 セシリアはにっこりと笑った。もちろん先ほどの食事代も今後の衣食住の面倒も"セシリアが"見るわけではない。

 セシリアにはある考えがあった。スライブの有効活用を。


(いやいや、これはwin-winの関係よ。全然悪いことじゃないわ)


 セシリアは自分に言い聞かせるようにして歩く。男は何か言いたげな顔をしていたが、深くは追及しないでセシリアが導くままに並んで歩いた。

 街の中心部はガーネルトとの戦いで被害を受けた状態から復興して来てはいた。だが少し離れるとまだ完全に復興をしているとは言えず、半壊した家などもある。

 今日も街外れに向かうにつれて大工達の威勢の良い声と、作業に伴う爆音が鳴り響いている。


「親方ー!!いる?」


 セシリアは崩れた教会の前で足を止めた。修復作業をしている手を止めて、親方がのっそりと出てきた。

 引き締まった筋肉が隆々としている大男で、不精に伸ばしたひげと黒い髪と黒い瞳は男の風貌をより恐ろしく見せていた。

 だがセシリアは親方とは度々顔を合わせているため怖いとは思わない。無駄なことは喋らないが作業員への指示は的確で、仕事もきっちりしている。


 足元を見て高額な作業代を吹っ掛ける業者もいるが、この親方の所属するギルドは賃金以上の働きをしてくれる。セシリアの屋敷も戦いで被害を受けたときに彼に修復してもらったのだ。

 その時、作業の合間に話をするうちに親方とはすっかり打ち解けてしまっていた。


「セシリアか。今日はどうした?」

「この間人手が欲しいって言ってたでしょ?」

「あぁ、そんなことも言ったなぁ」

「だから連れてきたわよ。大工仕事は素人だけど、たぶん体力はあると思うから雑用なんかやらせるといいかも。……ほら、スライブも挨拶して!」

「はっ?……どういうことだ?」


 突然話を振られたスライブの顔には明らかな動揺と戸惑いが見て取れた。状況が掴めないのだろう。

 それはそうだ。急に連れられて街中を走らされ、急に飯を食えと言われ、今度は働けと言われているのだから。


「スライブ、マイナス思考になった時には何をするのが良いと思う?」

「……さぁ。分からないが」


 首をかしげるスライブにセシリアは詰め寄って人差し指を立てて言った。


「一つ!!健康的な食事!!ちゃんと食べて満腹になること!!」


 驚いて声が出ていないスライブにセシリアは更に詰め寄り、今度は中指も追加した。


「二つ!!運動すること!!体を動かしまくると余計なことは考えなくていいし、疲れるとぐっすり眠れるわ。だから今は貴方がやることは死ぬことじゃなくて働いてご飯を食べてゆっくり寝ること!!」

「いや、そんな突然……無茶苦茶な……」

「つべこべ言わない!!どうせ行く場所もないんだし。ほら、衣食住の面倒は見てあげるって言ったじゃない!」

「確かにそうは言ったが……」


 なおも言いよどむ男にセシリアは更に相手を落とすための言葉を口にする。

 理詰めで説得するのもありだが、こういう決断力も行動力もない男には押し切るのが効果的だ。


「それに……さっき助けてあげたし、ご飯も食べたわよね」

「あ、あぁ」

「そのお金は誰が出した?」

「セシリア……だよな」

「そう。まさかタダ飯食うわけじゃないわよね。それに私は命の恩人だし。お願いを聞くくらいいいわよね。それとも助けてもらって恩返しもしないってのは人としてどうかしら?男のプライドはないわけ!?」

「わ……分かった」


 セシリアは先ほど男を観察して、貴族もしくはそれに準じる騎士の家の人間ではないかと推測していた。だから「人として」と「男のプライド」を強調したのだ。

 案の定スライブは唸るようにそう言って、セシリアの言うことに従ってくれるようだった。

 スライブの言葉を聞いて満足したセシリアは2人のやり取りを見ていた親方に向き直った。


「親方、彼はスライブ。当面の間、雇ってあげれないかしら?」

「セシリアが言うように人では足りない。ウチで良かったら働いてもらえるとありがたいぜ」

「じゃあ、スライブ。頑張って働いて!!」

「……よ、よろしく頼む」

「じゃあ一通り案内するぜ」

「親方、私はそろそろ帰るわ。スライブも頑張って!明日また来るわね!!」


 腹を括ったのかスライブは大人しく親方の後について行った。

 それを見送ってセシリアは帰路に着いた。


(早く帰って論文の続きを読まないと。今日はだいぶ時間を使っちゃったしなぁ)


 屋敷に着くとセシリアは町娘が着る洋服から、室内用のドレスに着替えた。

 セシリア付きのメイドであるアンナが髪をとかし、みつあみして緩く後ろに流してくれる。

 セシリアが毎日のように街に行っているのを知っているアンナはもう小言も言うこともない。だがいつも身を案じてくれているようだった。

 今日も髪を整えながらため息交じりに気遣いの言葉をかけてくれる。


「お嬢様。街に行くのはいいですけど、くれぐれも危ないことはされないように気を付けてくださいね。貴方は一応王家の血を引く者なのですから。御身に何かあったら大変です」

「大丈夫よ!護身術もある程度はできるし、街の警邏隊もいるし。それとなく気を配ってくれているみたいだし」


 セシリアが伯爵の預かっている娘ということは伏せられているが、王都から来た豪商の娘で政治的に重要だとかなんとか言って、ヴァンディアが警邏隊にセシリアのことを見守るように言ってくれているようだ。

 だからと言ってセシリアを特別に警護するわけではないのだが。


「はい、できましたよ」

「じゃあ、温かい飲み物を淹れて来てもらえるかしら?」

「はい、図書室でよかったですか?」

「うん。よろしくね」

「毎日、良く飽きないですね」


 セシリアは毎日色々な分野の最新論文に目を通すことを日課としている。

 ランドールは東にトーランド国、北にガーネルト国の国境沿いにある町である。この両国に挟まれ基本的にはこの2国から輸入しているものも多く商業的には潤っている土地である。

 だが侵略の憂き目にある可能性が高いのも事実だ。前回ガーネルトに攻められたときに様々な点で彼らに劣っていることを痛感した。

 

ガーネルト国は新興国だ。だからこそ新しいものや技術を取り入れて発展していっている。その一方でランドールは武力に劣っているだけではなく戦術的な知識にも疎い。前回相手の兵を退けられたのは戦況的な偶然が重なったからだ。

 その時セシリアは思ったのだ。新しい発想や知識を吸収し発展させ取り入れることが必要なのだと。

 最初は基本的な理学、工学、算術などを中心に知識を付け、そのうえで最新の論文を読み何か新しいものに使う種を探すことになって行った。



「あくまで趣味よ。新しい知識を得るのは楽しいもの」


 図書室に入るといつものように窓際に座って論文をめくる。その時陰りを帯びたエメラルドの瞳を想い出した。

 スライブという男。

 前回のガーネルトとの戦で目の前で人が死ぬということを見ているセシリアにとっては自らの命を捨てるという行為は許せなかった。助けたのはそんな思いと少しの良心と困った人を見捨てられないという性分。


(早く元気になるといいわね……)


 セシリアはそう思って再び論文に目を戻したのだった。



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