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俺と少女Aの物語  作者: 野上上
8/11

苦悩を超えて


  2章

  3話

  俺は・・・


 目覚ましの音で目が覚める。時計を確認すると20時半。寝ぼけたまま煙草に火をつけ煙を吸う。しかしその瞬間、昨日の出来事がフラッシュバックする。あの部屋で嗅いだ嫌なにおいがする。衣服から漂う匂いなのか鼻が覚えている匂いなのかわからない。忘れたい。人は忘れたいと願うほどその記憶を鮮明に思い出す。俺はタバコの火を急いで消し、衣服を脱ぎ洗濯機に入れる。そして風呂へ向かった。


 風呂から上がり、再び煙草に火をつける。終始体が小刻みに震えていた。恐怖。処分が何なのかわかっていたが考えないようにしていたし、この目で実際に見ることになるとは思わなかった。そうわかっていたんだ。ここが俺が今まで生きてきた世界とは異なっていることぐらい。非現実的な世界。しかしここは現実。人は簡単に死ぬ。いや簡単に殺される。いくら考えたって現実は変わらない。見てしまったものはすぐには忘れられない。自分自身で区切りをつけて前に進むしかない。ただ俺は死にたくない。


 俺は監視室に向かった。当然仕事のため。少女が逃げ出さない、もしくは俺が余計なことをしなければ処分されることはない。今はこのことにすがるしかない。

 監視室に入ると少女はいつもの位置でいつものように足を揺らしていた。

「おじさん、どうして泣いているの?」

少女のその言葉で気づく。自分が泣いていることに。安心感。少女に会えたことへの安心感。ここ二日長かった。少女に会えたのが1週間ぶりに会ったぐらいに感覚だった。

「うん。すまないな。色々あってな。」

目元を洋服で拭き鼻をすする。

「そっか。私でよかったら話を聞くよ。」

こんな小さな少女にこんなこと言わせるなんて、大人失格だな。

「はは、ありがとう。大丈夫だよ。ここ2日楽しいことをしてきたんだ。楽しい話をしよう。」

まるで俺が子供になったようだった。本当に情けなかった。

「無理しないでね。」

「ああ。大丈夫。本当にありがとう。そうだ、少し待っててくれ。」

少女に漫画を買ってきていたのを忘れてた。部屋に取りに帰る。


「おまたせ。昨日これを買ってきたんだ。」

漫画を袋から取り出す。今日すべて読むことはないが、一応買った分すべてをもって来た。

「うわああああああ。すごーい。」

少女は目を輝かせる。ベットから飛び降り、カメラの方に走ってくる。少女はカメラの前で小さく何回も跳ねた。それを見た俺の心は救われた。沈んでた気持ちが軽くなる。

「私のために買ってきてくれたの?」

「ああそうだよ。直接渡せるわけじゃないからプレゼントとは言いにくいが、読み聞かせられるからいいかなって思って買ってきたんだ。内容が気に入らないかもしれないけど。」

これを買う時のことを思い出した。そうだこういう風に喜んでいる姿が見たかったんだ。心が満たされていく。なんでこんなに少女に依存してしまったのだろうか。これは愛情とかではなく依存。俺の一方的な依存。

「ううん。全然そんなことないよ。プレゼントだよ。うれしい。私に何か買ってくれる人なんていなかったから。おじさんは優しいね。大好きだよおじさん。」

少女は両手をカメラに向け、まるで抱っこしてくれと言わんばかりのポーズ。俺は無意識に片手を画面の少女の頭に当てていた。頭をなでるように。

「ふふふ。おじさんありがとう。」

この手は少女には届かない。もどかしい。でも超えてはいけない。ここを超えてしまっては戻れなくなる。まだ俺にはその覚悟がない。俺の甘さ。でも今は、いまは・・・・

「おじさん・・・・」


 少し少女を見つめていた。少女も困ったようにこちらを見ていた。尊いこの存在に俺は何を求めているのだろうか。救いや幸せなど結果に過ぎない。何も求めていないわけではない俺は何を求める。

「おじさん。気を付けて。まえにいたおじさんもそんな風になっていったから。」

ああ、そうか気持ちがわかる気がする。わかってはいけない気持ち。だめだ。思考がどうしても負の方向に行ってしまう。

「あははは、ごめんね。さて気を取り直して漫画を読んでいこうか。」

「うん。」

少女の声は元気がなかった。俺の責任だ。


 漫画を読んでいるうちに俺も少女も少しづつ笑顔が戻るようになっていた。1巻を読み終え、2巻を読むかどうか聞くと“うん!続きが気になる”と言ったのでその調子で読んでいったら3巻まで読み終わってしまった。

「面白かった。おじさんありがとう。また明日続きを聞かせてね。」

「気に入ってもらえたようでよかった。あと2時間ぐらいだけどどうする?」

漫画を読み聞かせるっていうのは結構時間がかかるものだ。セリフだけでなく、心の声や表情なんかも伝えないといえないからだ。

「う~ん。今日はもう寝ようかな。」

少女は小さくあくびをする。

「そうか。おやすみ。」

少女はこちらに手を振り、布団に入る。俺も少女に手を振り返す。

 少女が寝たことを確認し部屋に戻る。煙草を一服し、ベットに寝転ぶ。そのまま眠りについた。


 目が覚めたのは8時間後の14時。何か目的があるわけではないが施設の外に出る。街をふらふらしていた。平日の昼間なだけあって人は少なく商店街も歩きやすいものだった。何も考えず気の向くままに歩いていたのだが、ある場所で足が止まる。処分された男を捕まえた場所。あの時の俺の選択は間違っていたのだろうか。もう何度目かわからない苦悩。悩んだって仕方ないのに悩まずにはいられない。俺は逃げるようにその場を後にした。時刻は16時。ふらふらとパチンコ店に足が向かう。ここにいるときだけはすべてを忘れられる。今までだってそうしてきた。そうやって忘れることで自分自身を殺してきた。あんなに腐った日々だったが懐かしく思えるし、今は戻りたいとも思える。少女に会えて変わったのは確かだが、知らなくていいことを知りすぎた。一時的な感情だと区切りをつけるにはあまりにも大きな出来事だった。辛い。


 3時間ほどしてパチンコ店を出る。収支的には大勝したのだが、やはり心は晴れない。またこんな状態で少女に会いたくない。少女は人の心を見透かしたような行動をとることが多い。人の顔色を気にすることが多い。また少女に心配をかけてしまう。気晴らしをしたかったんだが、うまくいかなかったな。晩御飯に牛丼屋に行こうとしたが一昨日のことを思い出し、近くのファミレスに向かう。適当に食事を済ませ、コンビニで夜食とビールを1缶買い施設に戻る。


 時刻は21時。地下鉄から降り居住区を通って自室に戻っていると、研究者たちと何人かすれ違う。特にあいさつなどないが、こうして直接顔を合わせるのは初めてだろう。その中には処分部屋に向かう途中に見た研究員もいた。そういえば施設は男性の割合が多いな。というより女性は少女以外見たことがない。だからどうしたって聞かれれば何も答えられないんだけど。

 自室に戻り、さっそく買ってきたビールを開ける。こうしてビールを飲むには何か月ぶりだろうか。たまには飲みたくなるのだが、基本的にはあまり好きなものではない。それでも体にアルコールを流し込む。あまりアルコールには強くないため、半分も飲めば気分はほろ酔い状態。煙草に火をつけ煙を吸う。少し酔っている状態で吸う煙草は格段に美味い。タバコを吸い終え、酒を飲み干す。その後冷凍庫にあるアイスを食べる。少し火照った体に冷たいアイスが染みる。アイスを食べ終わり時計を確認すると、出勤時間が迫っていた。


 漫画と飲食物を持ち、監視室に向かう。

「あれ?おじさん今日は上機嫌だね。何かあったの?」

「お酒を飲んだんだ。普段は飲まないんだけど久しぶりに飲みたくなったんだ。」

「お酒?」

そうかお酒は知らないのか。少女にお酒の説明をする。一応アルコールの作用も知ってる範囲で説明した。

「へぇ~。私も飲んでみたいな。シュワってしてるんでしょ。いいな~。」

炭酸のことか。最初の頃に炭酸の説明したことを思い出すな。

「だめだ。お酒は大人になってからしか飲めないんだ。」

「大人って、いつから大人になるの!」

少女は手をバタバタさせながら少し頬を膨らませて聞いてくる。

「一応20歳から飲めるんだけど・・・そういえば何歳か聞いてなかったな。」

気にしたことなかったな。というか年齢というものをしているのかどうかもわからない。

「11歳だよ。てっきり聞いてるのかと思った。だって昨日11歳になったんだもん。あの漫画って誕生日プレゼントなのかと思ってたよ。」

少女はそっぽを向いて足を揺らしながら言う。本当に拗ねてしまったかな。しかしたまたま誕生日に漫画を買ってきてたのか。それはあれだけ喜ぶはずだ。

「ごめんごめん。でも今聞いたから、来年も何か買ってくるよ。」

11歳か。普通なら小学校で元気に遊んでいるころなんだろうな。少女なら図書室で本を読んでいるかもしれない。そんな想像をしてしまう。しかし小さな少女はその身に余る大きな部屋に閉じ込められている。

「いいよ。おじさんのこと許してあげる。来年は何がもらえるのかな~」

「気が早いな。」

俺は笑う。少女も“ふふふ”と笑う。生きているって実感がわく。


 この日は漫画は読まなかった。というより読めなかった。お酒を飲んだ後に漫画を読み聞かせる自信がなかったのだ。その代わり休日の間に何をしてきたかを色々話した。途中で“おじさんその話2回目だよ。おじさんじゃなくて、おじいさんって呼ぼうかな~”なんてバカにもされたが。話が盛り上がり、気が付けば朝になっていた。少女に別れを告げ、この日の業務を終える。俺はその足で所長室に向かう。呼び出されたわけではなく自分から向かっているのだ。酔いはすでに醒めており、冷静な判断を下せるようにはなっていた。しかし一時の感情で動いてることには間違いない。

 所長室を二回ノックすると所長は“どうぞ”と言い、部屋に入る。

「おお、君か。君から訪ねてくるなんて珍しいね。何かあったのかい。」

所長は椅子から立ち上がりこちらに向かってくる。

「突然お伺いしてすいません。実はお願いがあってきました。」

その言葉を聞いた所長は真剣な顔になる。そして低い声でこう言った

「できる範囲のことなら聞く。しかし賢明な君なら自分の願いが聞き入れられないことぐらいはわかると思うのだがね。」

所長は何か勘違いをしている。無理もないあんなものを見せられたら誰だって“やめさせてくれ”って言いに行くだろう。

「ああいえ、願いというのは女の子にものを渡したいのですが。」

所長は気が緩んだらしく、意外そうな顔をした。

「すまないね。私の早とちりだったらしい。しかし物を渡したいか。ものにもよるが、何を渡したいのかね。」

所長に俺の考えていることを伝えると。

「なるほど。それなら可能だ。ただし、中身は一度こちらで改めさせてもらうよ。一応念のためにね。しかし君は優しいんだな。いやいや、嫌みとかではなくてね。最近の若者にしてはと感心しているんだよ。」

心の中でガッツポーズをし、所長に対しては頭を下げる。


 その後、午前中に少女に渡すものを買いに行き施設に戻る。黒服にそれを渡してもらえるようにお願いした後、眠りについた。今夜が楽しみだ。


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