正義と正偽
二章
2話
正しき義
時刻は16時30分。街から施設に戻った俺は、再びショッピングモールに来ている。晩御飯の食材を買いに来た人や、外食をしに来た人々でショッピングモールの中は溢れていた。この中からあったこともない男性を探すというのは骨が折れる。できれば他の捜査員にいつけてもらえると助かるのだが、外出規制がかけられると困るので自分も探せる範囲で捜索を行う。おもちゃ売り場、紳士服売り場、ゲームセンター、小物売り場、レストラン、フードコートをくまなく探す。婦人服売り場にはさすがにいないか。トイレの中も一応探したがそれらしき人はいなかった。ショッピングモールの中を探し終えるのに1時間ほどかかった。その後少し離れたところにある商店街の中も探したが、やはり見つからない。そもそも外出して48時間以上たっているのだから、近辺にいる確率の方が低いように思える。いくら公共施設の防犯カメラに写っていなくても、逃げ出す気なら歩いて遠くまで行っているだろう。
腹が減った。時計を見ると時刻は18時。今日は歩きっぱなしだった。少し食事をとろう。昨日と同じく牛丼屋に入り、いつものセットを頼む。食事を済ませたら、近くにホテルに聞き込みでもしてみるかな。そう思い店内を見渡すと、店の角の席に違和感があった。その席には小太りの男性が背を向けて座っていた。ポケットから写真を取り出し、そこにいる男と見比べる。似ている。少し声をかけてみようかとも思ったが人違いの場合になんて言い訳すればいいのかわからなかったので、その男性がこちらを向くまで待つことにした。
「お待たせしました。以上で注文の品はお揃いでしょうか。」
「はい。大丈夫です。すいません。あそこの席の男性なんですけど、どれくらい店内にいますか?」
ちょうどよかった。わざわざこれを聞くために店員を呼び分けにもいかないし、来てくれたならついでに聞くことができる。
「えーっと、あちらのお客様は10分ほど前に来られたと思います。なにかありましたか?」
なるほど10分前か。それならばもうすぐ出ていく可能性がある。牛丼屋は回転効率を求めるため、店内に長居すれば店員から注意を受けることになる。あの男性が目的の男性ならば、そんな目立つような行動はしたくないはずだ。
「いえ、知り合いに似ていたので。変なことを聞いてすいません。ありがとうございました。」
店員は一礼して調理場に戻る。男性が店を出るときに手間取らないように、料金をぴったりテーブルの上に準備して、自分の前に置かれた牛丼を食べ始める。正直男性のことが気になりすぎて味がわからなかったが、そんなにおいしいものでもないからいいか。俺が食べ終わるころに男性は立ち上がる。怪しまれないように目線だけを男性に向け、顔を確認する。間違いない施設を逃げ出した男性だ。俺はその男の方へ向かうと、男性は走って店外に逃げた。俺はそのあとを追って走る。相手は小太りの男性だそんなに走るスピードはないしスタミナもないだろう。しかし対する俺も運動とは無縁で煙草を吸っているせいか、スピードはそこそこだが息がすぐ上がる。短期決戦に持ち込むしかない。後先考えずにすべての体力を使い男性を捕まえる。
「はあ、はあ、捕まえた。ちょっとこっちに来てくれないか?」
肩で息をしながら、男性を裏路地へ連れていく。表で聞かれちゃまずい内容になるだろう。
上がった息を落ち着け男性に聞く。
「研究施設の人間だな。」
「そうだ。顔もバレているんだろ?俺を逃がしてくれないか?もうあそこで働きたくはない。」
逃がす?俺の外出権を犠牲にすればこの男性を救うことが出来る。いや、俺だけじゃない施設の人間全てに適応されるなら独断はできない。
「すまない。それは俺には判断できない。まだそこまで時間はたってない。何かいいわけして戻れば、処分は受けないかもしれない。」
所長から貰った通信機を起動させる。
「目標の男性を捕まえた。場所はGPSで確認してくれ。」
通信機から返事はない。
「待ってくれ。頼む逃がしてくれ。もうあそこには戻りたくないんだ。」
悪く思わないでくれ。GPSでこの場に来たことがバレれば俺も処分されるかもしれない。今ここでしくじる訳には行かないんだ。
男性は俺には慈悲を求め続ける。だが少し経って数人の黒いスーツを着た人間が集まる。
「お疲れ様です。これから先は我々にお任せ下さい。施設までは私が送ります。」
その中にいた黒服に施設まで送って貰った。
施設の自室に戻る。ベットに座って煙草を取り出したところ、ドアが二回ノックされた。
「失礼します。所長がお呼びです。」
黒服ではない黒いスーツの男がやってきた。
「わかりました。」
スーツの男は部屋を出ていき、俺も所長室に向かった。
所長室のドアを二回ノックして、中に入る。
「おお、来てくれたか。帰ってきてすぐに呼び出してしまってすまないね。私についてきてくれないか?」
所長は足早に目的地に向かう。俺も後をついていく。所長が向かっているのは俺が行ったことのないエリアだ。途中にガラス張りの部屋があり、そこでは白衣の男たちがパソコンをいじっていた。その先は長い廊下が広がっていた。その途中の部屋で所長は止まる。
「ここだ。入ってくれ。」
所長に言われ、部屋のドアを開ける。
その中は簡単に言うと刑務所の面会室のような場所。二つの部屋をガラスで仕切っており、俺がいる部屋の反対には先ほど捕まえた男が椅子に固定されていた。
「所長、処分だけはしないでください。まじめに働きます。どうか・・」
男は必死に許しを請う。
「始めてくれ。」
しかし所長は無慈悲にも処分を下す。その瞬間が光る。いや、光ったように見えた。男性は声にならない声を出し痙攣する。
「これが処分なんだ。電気椅子だよ。元々は拷問器具なんだが出力を上げていてね。死に至るようにしているんだよ。」
所長は淡々という。なぜこれを、この目の前で起こっていることをそんな平然と言えるのだろうか。それは簡単だ。これが日常的に行われているからだ。俺は目を背ける。こんなの見ていられない。10秒か、20秒か、分からない。かなり長い時間に感じた。
「すまないね。見ていて気持ちのいいものでもないんだが、君には見せておこうと思ってね。」
何が見せておこうだ。完全な脅しじゃないか。
発光が終わる。恐る恐る男に目お向けると、黒く焼け焦げた何かがそこにはあった。
「はな・・・・しが・・・・ち・・・がう・・・」
かすかにそう聞こえた。“話が違う”と。俺のことだろう。所長を説得できるかもしれない。確かにそういった。俺が捕まえたから死んだのか。あそこで逃がしていれば彼は助かったのか。俺が殺したのと同じなのか。結果的に人を殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。人を殺した。
「大丈夫かね?」
所長の声で思考の連鎖から解き放たれる。
「大丈夫に見えますか?」
しかし冷静ではいられない。この場で所長を殴ってしまいたい。その気持ちが、感情がすぐそこまで来ている。しかし、表には出ない。さっきの男の末路を見ていたから。そうこの所長の行為は脅しとして成立したのだ。抑止力。力による抑止。無意識にこぶしに力が入る。それと同時にただならぬ異臭が鼻を衝く。
「まあ、今夜は部屋でゆっくり休みたまえ。ここにいては嫌なにおいが服についてしまう。この匂いはなかなか取れないぞ。洋服からも記憶からも。」
俺は走って部屋を出た。混乱していた。そのあと何をしたかは覚えていない。
気が付けば時刻は8時。朝になっていた。寝ていたのか。しかし俺はベットに腰掛けたまま。手元を見ると、大量の吸い殻と煙草の空箱が置いてある。起きていたのだろう。そう推測するしかない。体が重い。思考を捨て、本能に身をゆだね、俺は眠りについた。
「自分の置かれた状況が理解できたな。」
またあの声だ。
「お前に甘えは許されない。やるなら殺れ。殺られてからでは遅い。」
何を言っている?
「頭で理解しようとするからそうなる。お前は頭で物を考えすぎだ。」
分からない。いや、分かりたくない。頭を使いたくない。今はそっとしておいてくれ。
それ以降のことは覚えていない。いや、夢の話だ。