安定と安念
1章
4話
安定
施設に来てから二か月が経った。外出許可はまだ出ていない。その代わりネット環境は揃えてもらった。施設の中での行動範囲は増えてはいないが、施設について分かったことがいくつかある。俺が少女を監視している間はこの施設には誰もおらず、研究者などは離れにある居住区にいること。そして、俺を監視するものがほとんど見つからなかった。少女のことはあまりわかっていない。というよりも昼間に何が起こっているのかを話したがらない。1度聞いてみたが難くなに口を閉ざしているだけだったので、それ以上は聞かないようにした。かといって所長が話してくれるわけでもないし。気になって眠れないということはないのでいいのだが。それと最新のゲームも買った。先月の予算が割と余っていたので、とりあえず買ってみた。新しいだけあって画質やゲーム性能もかなり上がっていて当分外出なしでも困らないだろう。この年でゲームにはまるとは思はなかったな。
そんなことを考えながら、仕事の準備をする。最近は最初の週に買っていた週刊誌の漫画の内容を読んであげるのが日課になっていた。少女が自分の娘のような存在になっていくのを自分の中で感じた。それでも余計なことは考えないようにしていたが、俺が少女を逃がそうとしている日が近づいてるのだろうか?いや、俺はそんなことはしない。毎日のようにそう決意して少女のもとに向かう。そうしないと心が揺れてしまうわけではないが、一時の感情に身を任せてしまうことがないようにしているだけだ。
「おじさん遅いよ。」
監視室に入った直後少女が不満げに言う。時計を確認すると22時10分。少し遅れてしまったようだ。それをとがめる人間は少女ぐらいなものだろうが、これで外出許可が遠のいてしまったかな。どこかで俺を監視している人間がいればあり得る話だ。ゲームがあるから多少はいいんだけど。最新のゲームを手に入れただけでチートでも使ったような気分になっている。
「はは、10分ぐらいだろ?そんなに待ってないじゃないか。」
まるでデートをするカップルのような会話だな。恋愛経験なんかないから少し嬉しかったりもする。ただ何度も言うが俺はロリコンではない。
「まあ、来てくれたからいいけど。それで、今日は何の漫画を読んでくれるの?」
来ないわけにはいかないからな。仕事でやっているんだし。本当はそれだけじゃないけど。
「昨日がここまでだったから、今日はここからだな。」
「そうだね。」
俺はその漫画のセリフを読み上げる。
最初に少女が漫画を読みたいと言ってきたときは、能力で読むのかと思ってたから漫画を開いているだけだった。しかし少女は内容を読み上げてほしいと言ってきたので、このような形がとられた。なぜセリフを読む必要があるのか?という問いに、“おじさんに読んでほしいから”の一言で片づけられたのは納得がいかなかった。なんというか、役者でもない俺に各キャラクターのセリフを読み上げるのはなかなかハードルが高いことで、案の定初めの頃は棒読みのオンパレードだった。最近は少しマシになってきたけど微々たる成長だ。10年も続けていれば声優ぐらいにはなれえるかもしれないな。
「今週はここまでだな。」
2日間かけて1冊の週刊誌を少女に読み聞かせる。すべての漫画を読んでいるわけでなく、俺が面白いと思った漫画と、少女が読んでみたいと思った漫画を読み聞かせている。さすがに教育上悪いなと思った漫画は省いているが、そもそも少女に少年誌っていうのもそんなにいいものとは言えないだろう。少女漫画でも買ってきたもらうかなと思ったこともあるが、黒服に頼んだときに何を思われるかわからないのでやめておいた。それに黒服が少女漫画を買っている姿を想像すると申し訳ないなと思った。実際面白いとは思うから、何かムカついたときにでも仕返しがてら頼んでみるのもありか。いや、そこまで俺は子供じゃない。やめておこう。
漫画を読み終えた後はいつも通りの会話に入る。たまに少女が寝ることがあるので、その時はゲームをしている。初めの頃は少女はほとんど寝なかったが、最近は3日に一回ぐらい4時ごろになると寝るようになっていた。それでも睡眠時間と頻度が少ないのは疑問だが、少女に聞いても“昼寝をしているから大丈夫だよ”と返されるだけであった。それでもあくびが多い日があったので、寝るまで何も話さいよと伝えると“おじさんの意地悪”と頬を膨らませながら布団に入った。しかしその日は布団に入り10分もしないうちに少女は寝てしまった。それ以降はあまり俺のことは気にせず、眠たい時には寝るようになっていた。さて今日はどうだろう。
「黙り込んでどうしたのおじさん。もうお話しする内容なくなっちゃったの?」
どうやら今日は寝ない日らしい。しかしなにを話そうか。確かにネタ切れなんだ。というか最初の2週間でほとんどネタ切れになっていた。
「そうだな。今日は昔見た映画の話でもしようか。」
困ったときは映画とか小説、漫画の話をする。俺自身の話がなくなったから、他人の考えた話をするしかない。困ったときの他人頼みだ。
昔見た映画。少女が生まれる前に流行った映画だ。宇宙を舞台に2つの勢力が戦争をする話。少女は目をキラキラさせながら聞いていた。途中あまり覚えてないところで思い出してると“それでそれで、どうなったのおじさん。早く思い出してよ~”なんて焦らせてくる。途中からスマホで少しづつ調べながら、何とか映画の最後まで話すことができた。
「すっごーい。私も見てみたいな~。」
少女はそういった直後“ふああああ”とあくびをした。
「ははは。今日は寝るか?」
「うん。そうする。また明日ね。あやすみ、おじさん。」
少女はこちらに手を振る。
「ああ、おやすみ。」
こちらも手を振り返すと、少女は満面の笑みを浮かべ布団に入る。約20分ほどで眠りについたようだ。それを確認して、自室に戻る。
最近は少女が寝た後は自室に戻るようにしている。寝るわけでもないが、寝ている少女を見ているだけってのも暇だし。少女を信頼してるから、逃げ出す心配もしなくていい。俺の一方的な信頼で少女は何か画策しているかもしれない。と前の俺なら思っていただろうが、今はそんな疑問を抱くこともない。部屋に戻り、ゲームを起動し朝までプレイする。
8時頃、シャワーを浴びて寝る準備をしていると電話が鳴る。所長からの呼び出しだ。久しぶりの呼び出しだが、勤務態度に関しては問題ないしなんだろうか。疑問を抱きながら所長室に向かう。
「夜勤明けのところすまないね。」
「いえいえ。大丈夫です。」
所長に会うのも2か月ぶりぐらいだ。
「最近はどうだね?自分なりのやり方でも見つけたかね?」
まあ、少女を信頼して部屋に戻ったりしてるし、自分なりのやり方をしてるんだろうな。
「そうですね。やりやすいようにやらせてもらってますよ。」
「それはよかった。今日はね君に朗報だ。君に外出許可を出すよ。」
おお。ついに来た。
「本当ですか。ありがとうございます。」
「ははは。ここでうそをついても仕方がないだろう。これに人差し指を置いてくれ。」
指紋読み取り機を取り出す。そこに指を置き登録。確認のためにもう1回指を置き、登録完了。
「これで外出できるようになる。休日だけじゃなく手も外出してもらって構わないよ。あと、これまで通り黒服君は君につけておくから自由の使ってくれたまえ。」
それはありがたい。待遇に関しては、本当に文句の言いようがない。
「ありがとうございます。」
今日は少し踏み込んだ質問をしてみよう。
「そういえばですけど、俺の信頼ってどういう風に確認してるんですか?カメラとかで俺を見ているってわけでもなさそうですし。」
もしそうだとしてもカメラで見ているよなんて素直に言うような場所じゃないだろうが。
「ははは。気になるみたいだね。君はここにきて疑問に思ったことが多いだろうが、それを口にしなかった。賢明な判断だと思うよ。そんな君を私は評価している。だからその問いには正直に答えてあげよう。カメラで監視なんてしていないよ。ただ少女の反応を見ればだいたいのことはわかるからね。疑問は解けたかな?信じるも信じないも君次第だから私はここまでしか言えないね。」
そうかカメラはないか。疑わしい部分がないからここは信じることにしよう。しかし少女の反応?ここに引っかかる。ただこれ以上は聞けない。今はこの情報で満足しよう。
「失礼なことを聞いてしまってすいません。」
「いいよいいよ。質問はもういいかね?それなら部屋に戻りたまえ。」
「はい。失礼します。」
所長、最後少し強めの言い方だったな。やはり踏み込みすぎたか。だが聞くタイミングとしては間違ってなかったと思う。なんにせよこれで晴れて外出できるようになったんだ。ただ今日は眠たいから寝ることにしよう。
部屋に戻りベットに就く。次の休日はパチンコでも打ちにいくかな。外出できるって言われたけど、考えてみればパチンコ屋以外に行くところがなかった。いや少女に聞かせる漫画を探しに行くのもありだな。それ以外にも何か話の話題になるようなことをしに行こう。そんなことを考えながら深い眠りについた。