善と偽善
「お前は甘い。その甘さがお前を苦しめる。」
誰だ。誰が話しかけている。
「それで許されると思っているのか。お前の過去も、お前の未来も。」
なんだ。一体何なんだ。体が動かない。声も出せない。
「許されはしない。それがお前の歩いてきた道であり、これからも進む道だ。後悔ばかりの道を進むがいい。」
俺は・・・・・
「俺は!!」
声を出した瞬間に目が開く。夢?体中汗をかいていた。なんだったんだ。後悔ばかりの道って・・・
いや、ただの夢だ。時間は20時30分か。シャワーでも浴びて準備するか。
1章
3話
善と偽善のその先は
シャワーを浴び終え、煙草を吸う。少しづつ心が落ち着いていく。それと同時に見ていた夢の内容が霞んでいく。そして悪夢を見ていた気がするという記憶だけが残る。そんなに気にしたって仕方がないし、少し早いけど仕事に向かうか。昨日少女に嫌な思いをさせてしまった。どんな感じで接すればいいのかがわからずにモヤモヤする。このモヤモヤを早く解決したいから、今日は早めに行く。一通りの荷物を持ち、監視室に向かう。
少女はベットに腰掛け、足を揺らしている。
「今日は早かったね。おじさん」
いつも通りに少女は接してくれる。
「少し早く目が覚めたからな。俺のことを待ってくれる女の子もいるみたいだし。」
少し早く目が覚めたか。口から出まかせにしてはひどいな。昨日より起きる時間は遅かったしな。もしや悪夢は俺を起こすために見させたのでは?なんて疑問もばからしいな。
「え~、気持ち悪いよ~。おじさんってロリコンだったりするの?」
ロリコンってお前・・・。断じてそんなことはない。
「まさか。お前みたいなガキに興味はないよ。」
少女と二人で笑いあい、それから何気ない会話やしりとりをして今日の業務が終了する。
「また今夜ね。おじさん。」
と少女は笑顔でこちらに手を振る。一昨日とは違う。こちらも笑顔で部屋を出る。きょうはあっという間に朝が来たな。何の話をしてたかはあまり覚えてないけど、少なくともしりとりで負けてしまったことだけは覚えている。なんというか、少女に負け続きってのは悔しいな。ひとりでに笑みがこぼれる。1人でいるときにこんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。少女に感謝しなくては。この施設にきて自分自身が変わっていくのをひしひしと感じる。たった3日でだ。ここを出るころには、昔みたいに人付き合いできる人間になれてるかな。なんて思いながら、眠りについた。
それからさらに二日後の朝。少女の監視を終えた後、再び所長に呼び出された。
「5日勤務してみてどうかね?少し離れてきたかな?」
いつもの落ち着いた様子で問いかけてくる。
「はい。問題ないかと思います。」
食事をしたり、漫画を読んだり、もちろん少女と会話したりと施設の中限定だが自由にできていると思う。
「それはよかった。本題だが、そんなにかしこまらなくていいよ。今日と明日は監視の仕事は休んでいいよ。」
「休んでいいとはいったい?」
夜勤明けで頭が回っていなかったのか、変に深読みしすぎたのか戸惑ってしまう。
「ああいや、失格とかってわけではなくて単純な休日だよ。週休2日。まあ最初はすることないかもしれないけど、特に大きな問題を起こしてないから外出許可もそのうちつ出せると思うし。」
「あっ」
なるほど。そうか5日目だったことさえ気が付いてなかった。それほど色々なことが起きすぎた。まるで1年間を5日にまとめた感じだった。大げさすぎるかもしれないが、無気力な生活をしていた自分にはそれほど濃い5日間だった。
「わかりました。ありがとうございます。」
その後下がっていいよと所長から言われ、一礼して自室に戻る。
さてさて、急に休み言われても施設から出れないんじゃ暇だな。しかも2日。とりあえずテレビをつけてみるが、朝のニュース番組ばかりで面白そうなものがない。夜勤明けなので寝ればいいのだが、休日を寝て過ごすのはもったいない気がする。それでも体は正直で、つまらないテレビを見ながらいつのまにか寝てしまっていた。起きたのは20時頃。こんな日にもこの時間に起きるなんて・・・。なんとなくため息をつきながら、煙草を一服。この時間なら面白いテレビやってるかもしれないから見てみようか。その後4時間テレビを見て、再び眠りについた。
翌日。今日は朝から起きることができた。昨日無理にでも寝た甲斐があったというものだ。ただ何をしようか。昨日と全く同じである。黒服にゲームでも買ってきてもらうか?最近のゲーム事情は全く分からないな。調べようにもネットもないし。とりあえず黒服に電話して、結局自分が子供のころにはやったゲームを買ってきてもらうことにした。ついでに来週末までの食糧も頼んでおいた。
黒服は相変わらず1時間で買い物を済ませてくれた。ゲームも新品だった。こんな昔のゲームの新品をどこで手に入れてきたのだろう。などと考えつつ開封していく。この瞬間は何歳になってもワクワクするものだ。久しぶりだな。モンスターを狩って自信を強化していくゲームだ。懐かしいな。ゲームをプレイするのは10年ぶりぐらいだが、手が操作を覚えているもんなんだな。
気が付くと20時になっていた。約10時間も遊んでいたことになる。軽くシャワーを浴び、夜食を済ませた後にベットに寝転ぶ。またゲームしてもいいけどこの調子だとすぐにクリアしてしまうな。適当にテレビをつけ、バラエティ番組を見る。さらにそれから2時間。22時半。ゲームしてテレビにて1日が終わった。これじゃあここに来る前と大して変わらないな。その時ある疑問が生まれる。俺が行っている監視室には誰かいるのだろうか?覗きに行ってみるか?いやでも誰かいたら気まずいか。悩むな。何に悩んでいるかというと、単にあの部屋に誰かいるかが気になるのではなく、少女と会話ができるかもしれないから行ってみたいという欲から悩んでいるのだ。ここ2日所長と黒服と業務的な会話しかしていないため、少女との会話に慣れてしまった自分には会話がないっていうのが物足りないと感じてしまった。行ってみるか。
一応監視室をノックしてみる。返事はない。そーっと扉を開けるとそこには誰もいなかった。少し嬉しくなる。
「おじさん、今日は来てくれたんだね。昨日は来なかったから暇だったよ。」
少女は満面の笑みを浮かべる。
「昨日と今日は休みだったんだ。そういえば急に言われたから伝えれなかったな。」
「まさか、私がそれを知らないとでも?今日は何か小さな箱みたいなのを10時間ぐらい見てたけど、楽しいのそれ?」
そうか。少女は超能力で遠くを見れるから、知ることはできるのか。
「ああ、あれね。ゲームっていうんだ。・・・」
今日は仕事じゃないが結局朝まで少女と会話をして過ごした。
眠い。いやこれでよかったのかもしれない。結局今夜からまた夜型にしなくちゃいけないから、どこかで無理をしなければいけなかったけど、それを無理なく行えたし。このまま寝れば夜に起きてそのまま仕事に行ける。風呂は昨日入ったからいいか。朝食だけ摂って寝るか。相当眠たかったのか、すぐに深い眠りについた。
「お前は少女に向かって善意を振りまいているのか?」
またお前か。今度は何しに来た。どうせ夢なんだろう。寝ている時ぐらいゆっくりさせてくれ。
「そうか、自覚がないのか。お前の心は死んでいる。見返りなき情など偽善にすぎぬ。お前はどこかで少女からの見返りを求めている。お前は偽善者なのだ。自覚しろ。そうすれば楽に生きられる。」
お前に何がわかる。俺のことは俺がよく知っている。善だの偽善だのうるさい。小学生の道徳じゃあるまいし。わかったら静かにしてくれ。それから声は聞こえなくなった。
目が覚めた。13時過ぎ。夢のことなど忘れていたはずだったが、この声を聴くと前の夢が鮮明に思い出された。一体何なんだろう。いやただの夢だ。再び眠りについた。