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俺と少女Aの物語  作者: 野上上
3/11

何をもって平和とするか

1章 

2話

平和


 ふと目が覚める。時計を確認すると19時45分。目覚ましを20時に設定していたためもう少し眠れはするが、どうしたものか。なんだか目覚ましが鳴る前に起きるのはもったいない気がするけど、2度寝してしまったら起きられない気もするしな。考えるぐらいなら起きるか。重たい体を起こし前を見る。白塗りの壁。昨日は考え事が多すぎて気にしなかったが、ここがこれから生活する空間なんだよな。所長の話では10年。いったい何の期間なのかはわからない。でも単純に考えて生活費がいらないなら給料はそのまま残るわけだし、だいたい10年で3000万ぐらいか。父親の仕送りもあるわけだし、ここを出てからの人生は困ることはなさそうだな。10年。なんだか途方もないような数字に聞こえるけど、外出できるようになれば、ここでそんなにきつい要素はなくなるだろうな。昨日の不安感は一切なく、ここでの仕事を楽観視できるぐらいにはなっていた。なんせ世の中は知らないことは多いが、知らなくていいことばかりだ。知りたいと欲が出れば知ろうとするが、それが人生で役に立ったことなんてそんなにないように思える。大した人生は送ってないんだけど。

 考え事をしながら顔を洗い、ベットに腰掛ける。食事をしようとしたが肝心の食糧が残っていなかった。電話で黒服に1週間分の食糧を頼んだ。適当に適当な量を買ってきてほしいと伝えたら、“何をいくつ買ってくるのか正確にお伝えください”とまあめんどくさい。だいたい昨日は弁当と飲み物って言っただけでパンとか入れてくれてたじゃないかと思いつつ、事細かに内容を伝えた。正直自分でも何をいったかしっかりとは覚えていな始末である。黒服は“1時間後にお届けします”といい電話を切ったんだが、昨日の買い物と今日の買い物は明らかに量が違うのだが同じ時間で買ってこられるのだろうか?急ぎじゃないしいいんだけど。

「あっ、そうだ」

と声が出てしまう。一人だしいいんだけど、急に思い出したりすると声が出てしまうのはなぜなのだろう?永遠の疑問である。いやそんなことはどうでもいい。再び黒服に電話をかける。1コール目で黒服は電話に出た。

「はい。要件は何でしょう。」

ゴオオオという雑音が入る。車を運転しているのだろう。

「すいません。もう一つ買ってきてほしいものがありまして・・・」

昔よく読んでいた週刊の漫画雑誌を3種類頼んでおいた。監視をしている時間に読むためのもの。少女と話すっていう時間の使い方もあるが、毎晩起きてるとは限らない。それに話題がなくなれば暇な時間になるだろうし。

「かしこまりました。では失礼します。」

と黒服との通話はそこで切れた。

 さて何をするかな。時刻は21時過ぎ。黒服はあと10分ぐらいで帰ってくるだろう。仕事までは1時間。スマホを使おうにも電波が遮断されていて大したことはできない。これも施設側の対策だった。内部の情報を外に漏らされては困るので、許可した端末でないと使えない独自の電波があるらしい。しかも端末がアクセスしたサイトなどはすべてセキュリティ課が確認しているだとか。口頭での説明ではなく、所長から渡されたマップの裏に注意書きとして書かれていた内容。この施設に慣れない頃は地図を見て移動するわけだし、嫌でも目に入るところに書いてあるよな。口頭で説明すればいいのに。

さて、とりあえず何をするかだな。適当にテレビでもつけて暇をつぶすか。

 テレビをつけると海外のドラマが放送されていた。どうやら実験施設に閉じ込められた主人公が脱走するために奮闘するという話らしい。俺もこうならないといいんだけどな。半笑いで見ていると、ドアが2回ノックされ黒服が入ってきて、頼んでおいたものを部屋に置いていく。本当に機械のような人だ。時間も正確にははかってないが1時間ぐらい。

 そのドラマがエンディングに入るころには、仕事の準備を終えていた。といっても漫画と飲食物を持っていくだけなのだが。部屋を出る前に洗濯機に昨日の服を入れ、乾燥まで設定して監視室に向かった。

 監視室の椅子に座り、持ってきたものを机に並べる。

「あっ、おじさんやっと来てくれたんだね。来ないんじゃないかって思ってたよ。」

座って間もなく少女から話しかけてくる。

「いやいや、これでも昨日よりは2時間早いんだけど。だいたい俺がここに来るのは22時からだ。」

お前俺の彼女か。っと突っ込みたくなる気持ちを抑え、今日の業務が始まる。

 昨日と同じくモニター1つ1つを確認し異常がないかを確かめてから、再び少女が映るメインモニターを見る。まだ来て2日だし異常があるかどうかはわからないけど、形だけでもしておいて損はないだろう。

「おじさん、今日は何かお話ししてくれないの?」

少女は少しすねたような顔をしてこちらを見る。正確にはカメラを見ているのだが。

「話って言ってもな、だいたい昨日で俺のことは話したしな。なにか話題がないと話すこともないんだけど。」

内容の薄い人生を送ってきた俺だ。ただ話すだけなら1時間もかからずに今までのことを話せる。そう考えると昨日はよく頑張ったほうだ。3時間ぐらいに引き伸ばして話したんだから。

「それじゃあ、昨日言ってたしりとりって遊び教えてよ。」

しりとりを教えてか。改めて人に教えるとなるとどう説明すればいいものか。

「しりとりっていうのは・・・・」

10分ぐらいかかったが何とか理解してもらえた。しりとり教えるのに10分って、どんだけ説明下手なんだよ。少女の理解力は低くなかった。単純に説明が下手なだけ。そういえば、昨日の話の時も説明不足が多くて色々質問されたっけ。今思えば3時間かかったのも説明不足からの質問が多かったからだったんだなと落胆する。いやそんなにはしてないけど。

「おじさん、なんか悲しそうな顔してるよ?」

挙句の果てには少女に心配される始末か。

「気のせいだ。ルールはわかったみたいだし始めるぞ。しりとり・・・・」


多分しりとりだけで2時間ぐらいはやった。結果は俺の負け。こんな少女にしりとりで負けるってどうよ。いくら昼間寝ているとはいえ夜になると頭の回転が悪くなり、なにを言ったのかを覚えていないため同じ言葉を言ってしまうことが多かった。そのたびに“それさっき言ったよ”とか“何回言うの。おじさんってホントにバカだね”とかほかにもいろいろバカにされた。結局言葉を返せなくて降参。それでも全力で喜ぶ少女を見ると微笑ましい気持ちになる。

「おじさん、今危ない顔してたよ。なんか犯罪のにおいがする。」

この少女、知らないことが多い割には人をバカにする言葉だけは豊富なんだよな。

「犯罪って。ここで・・・」

口が止まった。ここでしていることは犯罪じゃないのかよ。そう言いそうになった。多分少女も知っているはずだ。これが違法なことだと。知らなかったとしても、今口にしようとした言葉は言ってはいけない。少なくとも少女の前では。

「おじさん大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。それよりしゃべりかけるたびにおじさんおじさんって、ここには俺しかいないんだからそんなに連呼することないだろ。」

話題を変える。今はこれ以上の解決策が見当たらなかった。

「え~、だっておじさんはおじさんだし。」

「いやいや訳が分からん。」

こういうところは子供なんだなと思う。もっと別の場所で仲良くなれたら、ってそれこそ犯罪になりそうだな。

「そういえば名前を聞いてなかったな。俺のことはもうおじさんでいいよ。その代わり連呼しないでくれ。」

「名前?うーんなんだろう。わからないよ。みんなからは“あれ”とか“これ”とか呼ばれてるけど、たぶんこれ名前じゃないと思うし・・・」

名前がない。完全に予想できなかったわけじゃないが、そうあってほしくないと思ってた事実を聞かされる。なんで俺はショックを受けているんだ。もうそんなに少女に感情移入してしまったのか。混乱する。思考がぐちゃぐちゃに入り乱れる。息が上がる。

「おじさん、本当に大丈夫?」

少女はいつもと変わらない。

「ああ、少し休んでくるよ。」

「絶対にまた来てね。」

そういった少女にたいして首を縦に振り、自室に戻る。落ち着くために煙草を取り出し一服する。

 なんなんだ。どうしたんだ俺は。たった2日でこんなにもこんなにも・・・・

いや落ち着け。こんなんじゃ前任者の二の舞になる。少女と仲良くするのをやめるか。いやいやあの子は多分俺意外と会話をする相手がいないのだろうし、対する俺も気兼ねなく話せる相手は少女しかいない。気兼ねなく話せる。自分からこんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。いままで他人を遠ざけていた俺が、こんなことを思うなんて。そうか心地よかったんだな。人とこうして会話することが。そうだな少女を遠ざけるのは間違っている。会話は今まで通り続けよう。ただし脱走はさせない。これだけは必ず守る。煙草を吸い終わり、監視室に戻る。

だがそこには少女の姿はなかった。メインモニターだけでなくサブモニターも全て確認する。しかし少女の姿はなかった。焦る。どこに行った。まさかこうして俺を部屋から出して逃げるための算段をしていたのか?俺は処分されるのか?さらに焦る。2度3度モニターを確認する。

「あはははは。おじさん焦りすぎだよ。」

少女の声がする。どこから?

「どこにいる!!」

思わず怒鳴ってしまう。

 トイレのドアがゆっくり動く。トイレの中ではなく、ドアを全開にしたときの壁とドアの隙間に隠れていた。

「ごめんなさい。」

少女は落ち込んだ様子で得てくる。脱走していなかった。安堵する。

「いや、大声を出してすまなかった。逃げ出したかと思って焦ったよ。でもあまりいいことだとは言えないな。君とは会ってまだ2日だ。信用関係にない。気を付けてくれよ。」

少し遠ざけすぎたか。少女は肩を落としベットに腰掛ける。そして静かに口を開く。

「逃げ出したりなんかしないよ。だっておじさんのこと好きだもん。2日しかたってなくても、おじさんがいい人だってことぐらいわかるもん。」

少女の声がかすれていく。モニターからははっきり見えないが、涙を流しているのはわかる。

「おじさんともっとお話ししたいし、知らないことも教えてほしい。お別れなんてしたくないよ。」

そして少女は完全に泣き出してしまった。それを俺は見ていることしかできなかった。その部屋に行くことができたら、少しは何かできていただろうか?いや何もできなかっただろう。俺にはこういうことに対する対処の仕方がわからない。歯を食いしばる。無力な自分が悔しい。無意識のうちに自分の頬を自分で殴っていた。


 何分経っただろうか。少女が泣き止むまでモニターを見ているしかなかった。時計を確認すると5分。体感的には1時間。長かった。今頃になって右の頬がい痛みを増していく。力加減なんて考えてなかったからな。

「大丈夫か?」

やっとの思いでかけられた言葉はこんな曖昧な言葉。

「うん。久しぶりに泣いた気がする。心配してくれてありがとう。」

その言葉がさらに自分を追い込む。少女は強かった。何もできない自分とは違って強かった。自分は何か勘違いをしていたのかもしれない。少女に色々教えてやろうなんて思っていたが、それは表面上の知識だけ。普通に生きていけば、誰でも知っているようなことばかり。少女が特別でそれを教えているだけで、その行為自体は誰にでもできること。でも少女が持っているのは、誰でも持っていない強さ。普通に生きていても知ることができない強さ。それが何なのかは今の自分にはわからない。でもそれを少女から学ぶことはできる。1方的に教えるのではなく。おそらく自分が学ぶことのほうが多いと思う。今日はそれに気づくことができた。幼い少女を傷つけることによって・・・

「おじさん、私はもう大丈夫だよ。それともまだ怒ってるの?」

少女は恐る恐る聞いてくる。少女にとって怒られたりすることはあまりないのだろうか。だとしても申し訳なさで心がいっぱいだ。

「いや、怒ってないよ。強く言いすぎてしまったね。謝るのは俺のほうだ。」

自分に対する怒りはまだ残っている。でも少女にそれをぶつけてしまっては本当の屑になってしまう。

「えへへ、やっぱりおじさんは優しいんだ。」

少女は満面の笑みを浮かべた。こういうところは子供っぽいんだよな。

「本当にやさしいなら、あそこで大声上げたりしないさ。」

「おじさん卑屈だよ。もっと楽しまなきゃ。人生って短いんだから。」

少女に励まされるとか、どんだけみじめなんだ俺は。

「でも、おじさんの気持ちもわからなくはないんだ。」

再び少女は静かに語りだした。

「前にいたおじさんの話は聞いてるでしょ。話してくれなかった人じゃなくてその前の人のことね。」

前任の監視君のことだろう。

「その人も優しかったんだ。最初はね。でもだんだん怖くなってきたの。その人も話はしてくれたんだ。色々話してくれたけど、詳しい説明がなかったから何のことかわからなかったよ。でもだんだんとその人は独り言が多くなっていったの。“逃がさなきゃ、逃がさなきゃ”って。私は外に出る気なんてなかったのに。こうしてお話ししているだけで私は幸せだったから。お外に出てはいけないって言われてたから。でもその人は私を連れてここを出ようとした。私は出たくないって言ったんだけど、その人は私の手を無理やり引っ張ってここを出そうとした。でも結局は見つかったからまたここに帰ってきたんだけどね。その日からその人とは会えなくなってしまったの。だから力を使ってその人がどこにいるか探したんだ。そしたら・・・・」

少女の声がまたかすれだす。

「いい。いいんだ。わかったから。もういいよ。辛いことは思い出さなくていいんだよ。」

「うん、ありがとう。」

少女は小さな声で答え、そのままベットに横たわる。眠ったようだ。


 椅子に座り考える。

  前任の監視君。彼がやったことはわからなくはない。少女はここを出たがらないが、それはここの外を知らないから。きっとそれを知ることができれば、ここに戻ってきたくないって言ってくれるかもしれない。確信はない。でもたとえそうだとしても、俺はそんなことはしない。自分とためでもあり、少女のためでもある。言い訳かもしれないが、俺が少女を逃がそうとして失敗し処分されてしまったら、少女が心を閉ざしてしまうかもしれないから。これは俺の希望なのかもしれないが、少女にはそのまま純粋なままでいてほしかった。そう、世の中は知らなくていいことばかりだ。知れば知るほど心は汚れていく。10年待てばいい。そうすれば少女もここを出られるかもしれない。そんな根拠のない希望を心に抱きながら、今日の業務は終了した。少女は安らかに眠っていた。少なくとも俺にはそう見えた。


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