第9話 「勇者アヘ顔ダブルピース、鉱山に入る」
先程倒した巨大ガエルの死体を横切って霊山を下りた俺達は、早速北に向かった。
道中には新鮮な雑草がたくさん生えていたので、適当にむしって食べながら進むこと約1時間。
俺達の前に、洞窟が現れた。
「ここが、ふぇにちゃんが言っていた鉱山ですね」
“ふぇにちゃん”というのは不死鳥の女の子の愛称である。女の子と言っても1200歳なのだが。
「鉱山……なのは間違いなさそうだけど、なんか変じゃないか?」
俺はそう言いながら、洞窟入口の横にいる数人の男性たちを指さした。
上半身にはススで黒く汚れたシャツを着ており、下半身は丈夫で動きやすいジーパンというラフな格好。中にはつるはしを持った者もいる。
恐らく彼らは皆、この鉱山の作業員なのだろう。
だがなぜか全員が深刻な表情で下を向いており、一切作業を行っていない。
「どうしたんでしょう? 確かにちょっと奇妙ですね」
「行ってみるか」
というわけで俺達は、作業員たちが群がるところに割って入った。すると、つるはしを持った一人の男性が陰気な声を上げる。
「……お前たちは、誰だ?」
「俺の名前は勇者アヘ顔ダブルピースです」
「私はリディアです」
口々に名乗る俺とリディア。
そんな俺達のことを、周りの作業員たちが胡散臭そうにじろじろと睨み付けてきた。
「……で、何の用だ?」
「実は俺達、さっきこの近くの霊山で不死鳥にあってきたんです」
「……不死鳥に?」
「はい。それで不死鳥から、この鉱山でとれるダイヤを持ってこいというお使いを頼まれたので、ここまで来たんです」
俺は、ここまでのいきさつをはっきりと説明した。
「……なーんか、怪しい話だなぁ」
「んだんだ」
「お前そんな事言って、ここのダイヤを盗もうとしとるんじゃあねぇか?」
周りの作業員たちが次々と言ってきた。まあ、信じられないのも無理からぬ話だ。
すると、一際体の大きい男がおもむろに口を開いた。
「……まあどのみち、もうここでダイヤはとれねぇよ」
「どういうことです?」
「実は昨日、ここで採掘作業をしていたら運悪く“コウテツモグラ”の巣を掘り当てちまったんだ。そのせいで作業場に大量のコウテツモグラが流れこんできて、作業ができなくなったんだよ」
「コウテツモグラ、ですか……」
なんだそれ。モンスターの名前か?
なんてことを考えていると、タイミングよく俺の脳裏に無機質な女性の声が響いてきた。
『“コウテツモグラ”というのは、この世界に生息するモグラの魔物です。全長は1メートル程で、全身の皮膚が堅い鋼鉄でできています。普段は地中で穴を掘って生息しており、非常に気性が荒く力も強い危険なモンスターです』
なるほどな。そんな魔物が作業現場に大量に入ってきてしまって、仕事ができないってわけか。
だったら話は早い。
「分かりました、じゃあ俺達が退治してきます」
俺が何食わぬ顔でそう言うと、周囲がどよめき立った。
「あんた……正気なのか?」
作業員の1人が深刻な表情で言ってくる。
「心配いりません。俺はこう見えても腕利きの魔術師ですし、仲間のリディアも剣の心得があります」
「はい、任せてください!」
リディアは笑顔でそう口にした。
「分かった、じゃああんた達に任せるよ。もちろんモンスターを退治してくれたら、ダイヤもやる」
「ありがとうございます、では」
そう言って俺とリディアが坑道に入ろうとすると、一人の男性が引き止める。
「なあ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
俺は振り向いた。
「1つだけ教えてくれ……アンタの名前……“アヘ顔ダブルピース”って……一体どういう意味なんだ?」
「アヘ顔ダブルピース、ですか? それは……」
俺は爽やかに微笑み、ガッツポーズをしながら答えた。
「“満面の笑みで世界の平和を非常に強く願う者”という意味です!」
「な、なんて素晴らしい名前なんだ……感服したよ!」
「はっはっは、そうでしょう! 俺もそう思います!」
俺のジョブは、多分魔術師じゃなくて詐欺師だ。
鉱山というと暗くて動きにくいイメージがあったが、この場所はそうでもなかった。
壁には松明が沢山設置されていて明るいし、通路もそれなりに歩きやすく整備されている。少なくとも、この間の盗賊のアジトよりかは断然歩きやすい。
一本道の坑道をひたすらに進むこと約5分、俺とリディアは開けた空洞の空間に出た。
「どうやら、ここがコウテツモグラの巣みたいですね……」
彼女はそう言いながら、懐から剣を抜いた。
「ああ、そうみたいだな……」
俺は目を凝らした。空洞空間には、銀色のモグラが8匹ほどいる。
どれも大して動かず、四本の足を地面につけてじっとしていた。だが中々近づきがたい雰囲気を出している。
俺の中のゲーマーとしての勘が、“こいつらはこの前の盗賊たちよりもレベルが高い”と告げてくるのだ。
「リディア、何か作戦はあるか?」
「私が囮になってモグラたちの注目を集めます。その隙に、アヘダブ様が敵の背後から攻撃を行ってください」
「よし、それでいこう」
女性を囮として使うのは少し気が引けるが、純粋な接近戦だったら俺なんかよりもリディアの方が格段に強いと思う。
俺の“触れるだけで対象から命を奪う”という能力は確かに圧倒的チートだが、肝心の俺自身の運動能力は平凡だ。
モンスターから攻撃を受ければ普通に痛いし、下手すれば気を失ってしまうかもしれない。そうなったらせっかくの即死チートだって何の意味もなさなくなる。
だからここは、接近戦に秀でたリディアの助けを素直に借りよう。
「よし、いくぞ……!」