第5話 「勇者アヘ顔ダブルピース、旅立つ」
「ところでレイルさん、これがなんだか分かりますか?」
俺はそう言って、レイルさんに盗賊団のアジトで見つけた石板を渡した。
「ん? これは……かなり古いもののようですね」
「ええ。盗賊団のアジトに保管されていたんですが、何か価値ある物なんでしょうか」
もしも価値があるのなら、とっとと売り払って大金を手に入れたいところだ。
「あまり詳しくはありませんが、どうやらこの石板に書かれている文字はドワーフ語ですね」
「ドワーフ語?」
「おや、知りませんか? ドワーフと言うのはかつてこの世界に存在していた小人族のことです。機械技術や魔法工学に長けた種族で、絶滅してしまった今でも各地に遺跡が残っています。恐らくこの石板も、ドワーフがつくった物でしょうな」
レイルさんが丁寧に説明してくれた。ドワーフか、これもRPGでは定番の種族だが、この世界では既に絶滅してしまっているらしい。
「勇者アヘ顔ダブルピース様、もしもこれからの修行の旅の予定がお決まりでないのでしたら、“王都モルゲン”に行ってみてはいかがでしょう。あそこには私の旧友の歴史学者が住んでいて、そいつはドワーフのことに精通しています。この石板のことについてもより詳しくわかるかも知れませんよ」
すると唐突に、天の声が頭に響いてきた。
『“王都モルゲン”と言うのは、この村から北へ数キロいった所にある大きな街のことです。冒険者ギルドや武器屋・防具屋など旅に役立つ施設がたくさんある街なので、行ってみることをお勧めします』
ほう、そうなのか。
「分かりました、レイルさん。では王都モルゲンに向かいます」
「ええ、それが良いでしょう。ああ、それと……これは約束の報酬です」
レイルさんはそう言って、先程盗賊団のアジトから取り返してきたきんちゃく袋の中から、金貨を10枚とって俺に渡してきた。
「ああ、どうも」
俺はありがたくその報酬を受け取る。
『勇者アヘ顔ダブルピース様は今、10ゴールド受け取りました。参考までに、この世界では宿で一泊するのに5ゴールドかかります』
え、だとしたら報酬めちゃくちゃ少なくないか?
俺がなんとなくもやもやしながら金貨を懐に収めていると、隣にいたリディアが意を決した様子で口を開いた。
「ねえ、お父さん」
「ん? なんだ?」
「私も、勇者アヘ顔ダブルピース様と一緒に旅に出たい」
それを聞いた俺は、驚きの声を上げた。
「えぇ!?」
だが、肝心のレイルさんは冷静な反応だ。
「ふむ。お前もいい年だ、旅に出て世界を知って来てもいい頃かも知れないな」
嘘だろ、1人娘をそんな簡単に旅に出すのか?
「と言うわけで勇者アヘ顔ダブルピース様、うちの娘のことをよろしくお願いしますね」
レイルさんはそう言って、俺に深々と頭を下げてきた。
いや、俺の意見をまだ聞いてないだろ。
「これからよろしくです、アヘダブ様!」
満面の笑みのリディア。親子そろって正気じゃないのか?
『おめでとうございます、勇者アヘ顔ダブルピース様。リディアがパーティーに加わりました』
決定事項かよ。
まあ頼もしい仲間が増えるのはいいことだが、いくらなんでも加入のテンポが良すぎないか。
というわけで。リディアは父親のレイルに別れを告げて、俺と一緒に村を出発した。
“別れを告げて”とはいっても、「行ってきます」「おう、気を付けてな」という会話のみの簡素なものだった。
別に2人の親子仲が悪いというわけではなさそうだし、たぶんこのゲームの開発者がイベントの会話考えるのを面倒くさがっただけだろうな。
「いやー、それにしてもいい天気ですね!」
晴れ渡る青空を眺めながら言うリディア。
すると彼女はおもむろに、道端に生えていた雑草を引き抜いた。
「ん? どうしたんだよいきなり」
「え? どうって、食べるんですよ」
そして彼女は、引き抜いた雑草をムシャムシャと食べ始めた。よせ。
「どういうボケ?」
思わず俺は呆けた声を上げてしまった。
“道草を食う”という比喩表現が日本語には存在するが、まさかそれをガチでやらかすやつがいるとは思っていなかった。
「でもアヘダブ様、村を出発してから2時間、私達はまだ何も食べていませんよ。ここら辺に生えている雑草は安全なものなので、食べても大丈夫なんです」
俺の呼び方“アヘダブ様”で固定なの? おかしくない?
まあそれは置いておいて、確かに俺もお腹が空いてきた。
ゲームの中にいるのにお腹が空くというのもおかしな感覚だが、これは催眠が原因なのだろうか? それとも、本当に俺の体が空腹状態なのだろうか?
「はい、アヘダブ様もどうぞ」
リディアは草をムシャムシャとほおばりながら、俺に渡してきた。
「うそだろ……」
俺は今まで、現代日本で食べ物に困らない豊かな生活をしてきた。しかし中世ヨーロッパ風のこのゲームの世界は、簡単においしい食べ物が手に入るというわけではないらしい。
仕方がない、郷に入っては郷に従えだ。
雑草……食うしかないな。
「いただきます」
俺は左手を差し出し、リディアから雑草の束を受け取る。そしてその束を、意を決して口に運んでみた。
「……」
「どうですか?」
歯触りはシャキシャキとしていて、噛む度に苦いエキスが口の中にほとばしる。味わいは緑茶とか抹茶に似ているが、なるほど、そんなにまずくはない。
むしろ少しクセになりそうだ。もちろんこの“味”はゲームが脳に感じさせる錯覚なのは分かっているが、それでも美味いものは美味い。
「中々いけるな!」
「ですよね!」
そして俺とリディアは、そこから王都モルゲンに着くまでの1時間、道端に生えた雑草を拾ってモグモグと食べながら黙々と歩き続けた。