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第2話 「勇者アヘ顔ダブルピース、自己紹介をする」

 天の声に言われた通り歩くこと約5分、俺は小さな村に着いた。


 パッと見は「中世ヨーロッパの田舎の農村」といった感じで、柵に覆われた畑や木造建築の家が立ち並ぶ景色が特徴的である。


 「本当にRPGゲームの中に入ってきたのだ」という実感を得ることができて、これは中々感慨深い光景だ。やはりRPGは、こういうのどかな農村から冒険がスタートするのが鉄板である。


「さて、それじゃ宿を探すか……」


 歩きやすく舗装された石畳の上を歩きながら、村を散策してみる。時折村の住人らしき人とすれ違うが、皆ぶっきらぼうで挨拶をしてきたりはしない。


 だが冷静に考えてみれば、よそ者になれなれしく挨拶をしてくる方が不自然か。


 少し進むと、立派なつくりをした2階建ての建物が見えてきた。看板には日本語で「安らぎの宿ホワイトリバー」と書かれている。


 肝心なところで日本語なのが雰囲気ぶち壊しだが、まあ分かりやすいのでいいとしよう。


 早速俺は、ドアを開けて宿の中に入った。


「すいませーん……」


 宿に入ると、そこは広々としたロビーになっていた。奥には受付カウンターがあり、その中で2人の男女がもめている。男性の方は50歳ぐらいで、女性の方は20歳ぐらいだろうか。


「駄目だ、リディア! お前ひとりで盗賊のアジトに行くなんて危険すぎる!」


「でも、お父さん! あれはこの宿の大切なお金なのよ! なんとしても取り返さなくちゃ!」


 どうやらもめている2人は、親子らしい。


 すると無精ひげを生やした男性の方が、こちらに気付いた。


「おっと、すいませんお客さん。いらっしゃい」


「ああ、どうも……」


 俺はとりあえず、挨拶をしながらカウンターに向かった。


「ごめんなさいね、変なものを見せてしまって」


「いえいえ、良いんです。もしかして……何かトラブルでも?」


 とりあえず聞いてみる。さっき天の声が言っていたことが本当なら、恐らくこれが最初のメインクエストなのだろう。


「ああ、いや、お客さんには関係の無い事ですよ」


 愛想笑いを浮かべながら言う男性。


 すると隣の女の子が、深刻な表情で口を開いた。


「実は、宿のお金が盗賊団の奴らに盗まれてしまったんです!」


 その女の子は、とても美しい容姿をしていた。透き通るような白い肌に、髪は茶色のロングヘアー。目の色は黒で、見つめていると吸い込まれそうになるほど神秘的できれいだ。


 細かい装飾の付いた白いローブを身にまとっており、スタイルもかなりいい。


「事情は分かりました、盗賊がお金を盗んだんですね」


 メインクエストの出だしとしては、なるほどかなりベタな展開だ。ワクワクしてきた。


 とりあえず俺は、顔をキリッと引き締めて


「その盗賊団、私が倒して見せましょう!」


と宣言した。


 それを聞いた男性が、驚きに目を見開いた。


「ええ!? まさか、旅のお方にこんな重要なことをお願いするだなんて、そんなこと……」


 するとその時、俺の脳裏にまた天の声が響いてくる。


『勇者アヘ顔ダブルピース様、このゲームではあなたは“修行の旅をしている魔術師”という設定です。これも修行の一環だから、と言えば目の前の男性も納得してくれるでしょう』


 ふむ、そうか。


「大丈夫です! 実は俺は魔術師で、今修行の旅をしているところなんです。こういった人助けも修行の一環ですから、大船に乗ったつもりで任せてください!」


 段々と役に入り込めてきた。やはりゲームの醍醐味は、こういったロールプレイだ。


「なるほど、あなたは魔術師だったんですね……分かりました、ではお願いしましょう。もちろん、盗賊団からお金を取り返してくれたら、報酬もお支払いします!」


「ええ」


「自己紹介が遅れました、私はこの宿屋「ホワイトリバー」を経営する亭主のレイルです。それで、こっちは1人娘の――」


「リディアです。盗賊団のアジトまでは私が案内します、どうぞよろしくお願いします」


 そう言って彼女――リディアは、ペコリと頭を下げた。彼女が旅のお供をしてくれるらしい。


「よろしくお願いします、俺の名前は――えっと……」


 どうしよう。この場面でいきなり“勇者アヘ顔ダブルピースです”なんて、言えるわけがない。いくら何でもダサすぎる。


 よし、偽名を使うか。






「俺の名前は――“勇者アヘ顔ダブルピース”です!」






 俺は、大声で堂々と叫んだ。それはもう、宿中に響き渡るぐらい大きな声で。


 って、あれ……なんでだ? 偽名を言おうとしたのに、口が勝手に“勇者アヘ顔ダブルピース”を口走った。


『無駄です、勇者アヘ顔ダブルピース様。このゲームでは、最初に設定した名前を変更することはできません。あなたはゲームをクリアするまでずっと“勇者アヘ顔ダブルピース”ですし、偽名を名乗ることも不可能です』


 俺の脳に直接語り掛けてくる天の声。


 ちくしょう、こんなことならあの時ふざけて変な名前を付けるんじゃなかった。


「勇者……アヘ顔、ダブルピース……? それは一体、どういう意味なんですか?」


 可愛らしく首をかしげながら聞いてくるリディア。彼女の顔は純粋そのものといった感じで、もはや一種の羞恥プレイにすら思えてくる。


「えーっと……まず、“ピース”って分かります?」


「い、いえ……」


「ピースというのは、こう、手を握った状態で、人差し指と中指をピンと立てるんです」


 俺は言いながら、実際にピースをして見せた。


 アヘ顔ダブルピースの説明を女の子にするなんて、生まれて初めてだ。とにかく、適当にごまかさなくては。


「で、このピースと言うのは、“世界の平和を願う”という意味です」


「なるほど、いい意味ですね!」


「で、“ダブルピース”というのは両手でピースをする……つまり“世界平和を非常に強く願っている”って意味になります」


「おお、強調の意味になるんですね! ……それで、“アヘ顔”とは?」


「“アヘ顔”っていうのは、極限まで恍惚としている状態……簡単に言うと、“世界平和を願って優しい気持ちになり、満面の笑みを浮かべている状態”の顔です」


 そんなわけないだろ。


「なるほど! “勇者アヘ顔ダブルピース”……それはつまり“満面の笑みで世界の平和を非常に強く願う勇者”という意味の名前なんですね! 素晴らしい! 感服しました!」


 するな。アヘ顔ダブルピースで感服するな。


 自分で説明しておいて情けなくなってきた。


 だがまあ、“アヘ顔ダブルピース”をそれなりにかっこいい意味合いにすることができたので良しとしよう。


「それでは勇者アヘ顔ダブルピース様。盗賊団のこと、どうかよろしくお願いします……!」


 そう言って深々と頭を下げるレイルさん。シンプルに恥ずかしいから、なるべく俺の名前を呼んで欲しくない。


「時は金なりです、勇者アヘ顔ダブルピース様! 今すぐ一緒に、盗賊団のアジトへ向かいましょう!」


 こうして俺とリディアは、一緒に冒険をすることになった。

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