第19話 「勇者アヘ顔ダブルピース、魔王と出会う」
「待ちわびたぞ、勇者よ……よくぞここまでたどり着いた! 我こそが魔王だ!」
赤いじゅうたんの敷かれた、広々とした部屋。
中央には豪勢な玉座があり、魔王はそこに座って俺達を待ち構えていた。
魔王の声を聞き、そして姿を見た時、俺は思わず面食らった。
なぜなら――玉座に座る魔王は、年端もいかない少年だったからだ。
肩の辺りでばっさりと切り揃えられた髪は美しく艶やかなブロンド。肌の色は魔族特有の紫色であり、くっきりと整ったあどけなく可愛らしい顔立ちをしている。
「あんた……本当に魔王か?」
俺は、少年を見据えながら言った。
パッと眺めた感じでは、大体13~15歳くらいだろうか。清潔感ある白のYシャツを着ており、すらりと細い首には銀色のペンダントがぶら下がっている。
魔王というにはあまりにも威厳がなく、幼い。
すると魔王はムッとしたような表情で口を開いた。
「だから、そう言っているであろう! 我は魔王だ!」
「そ、そんな……知っていたのか、リディア?」
俺が横に立つリディアに尋ねると、彼女は真顔で
「はい。当たり前じゃないですか」
と答えてきやがった。
「えぇ……」
しかし冷静に考えてみれば、全てにおいてつじつまが合う。
聞いていた話だと、これまで魔王が人間にやって来たことと言えば、リディアの村の家々に落書きをしたり、王都モルゲンの道にバナナの皮を投げ捨てたり、といった中学生のいたずらレベルのものばかりだ。
なるほど、つまり魔王は本当に中学生くらいの年齢だったというわけか。
「えーっと……討伐、するのか?」
「はい」
コクリと頷くリディア。
いや待て、相手は子どもだぞ。いくらゲームとは言え、子どもと闘うのは気が引ける。
すると魔王は、おもむろに玉座から立ち上がった。
「そもそも、なぜ我を討伐するのだ? 確かに人間どもの街にいたずらをしたのは悪かったが……それにしたって、我の配下の者どもを殺してここまで押し入って来るなど、あまりにも行き過ぎではないか!」
ごもっともだ。
まさか勇者側である俺が、子どもの魔王から説教されるとは思ってなかった。
「な、なんというかその……確かに、悪かったとは思っている。俺達は少し、あんたの仲間に酷いことをし過ぎた。すまん」
「スマンで済むか!」
彼はそう言うと右手を掲げた。
その瞬間、手のひらに小さな炎の玉が形成され、勢いよく俺の方に飛んできた。
「うおっ!?」
俺は慌てて横に跳ぶ。すれすれのところで的を外れた火の玉は、そのまま床に「ボシュン!」と激突して絨毯を黒く焦がす。
「気をつけてください勇者アヘ顔ダブルピース様、子どもとはいえ相手は魔王です。その魔力は計り知れません!」
「ああ、そうだな……!」
俺は冷や汗をかきながら頷いた。
すると魔王の少年は、純粋な顔で俺に問いかけてきた。
「なあ、勇者よ。我は誰かと争おうという気持ちはまったくない。だから取引をしないか?」
「え?」
意外な展開であった。だが彼は子どもなのだから、なるべく争いを避けたいと考えるのも自然か。
「我の魔力は、この、魔王家に代々伝わるペンダントの力で増幅されている」
少年はそう言って、首にぶら下がった銀のペンダントを指さした。
「もしもお前が我を討伐するのをやめ、今までに殺してきた仲間たちを不死鳥の羽根で蘇らせてくれるというのであれば……我はこのペンダントをお前にやろう。このペンダントを失えば我はろくに魔法を使えなくなるのだから、討伐したも同然だ。そちらの目的は果たされる。どうだ?」
「うーん、そうだな……」
悪い話ではない。というか、乗るべきだ。
またあの霊山を登ってふぇにちゃんに会いに行き、大量の不死鳥の羽根を貰ってくるというのは正直面倒な話ではあるが……それでも、平和的な解決法だ。
「どうしますか、アヘダブ様?」
腰に収めた聖剣に手をかけながら、俺の方を向いて尋ねてくるリディア。
彼女はいつでも戦う準備はできているようだ。
だが……。
「よし、分かった。その取引に乗ろう」
俺は大きな声で、魔王に伝えた。すると彼はぱぁっと表情を輝かせ、歳相応の無邪気な笑顔を見せた。
「本当か!? おお、それは良かった!」
そして彼は首のネックレスをゆっくりと外し、俺に向けて掲げる。
俺は魔王に歩み寄ると、左手で彼からペンダントを受け取った。
「それじゃあ俺たちは、今から不死鳥のいる霊山に行ってくる。今まで死んでいったアンタの仲間たちを生き返らせるだけの羽根を手に入れるのには、かなり時間が掛かるだろうが……それまで待っていてくれ」
「ああ、分かった! 全員我の大切な仲間たちだからな、よろしく頼むぞ!」
――と、その時であった。
部屋の入口の方に、突如として黒い霧が現れた。ガスが抜けるような音を微かに出しながら、霧が扉を覆い尽くす。
「……?」
部屋にいた全員が、不審に思いその霧を見つめる。
「……あれはなんだ?」
「我にも分からん」
「アヘダブ様、そこにいてください」
リディアは真剣な声色でそう言うと、懐の鞘から素早く聖剣を抜いた。
そして霧に近付くと、迷うことなく剣を振り下ろす。
「えいっ!」
すると黒い霧は、意志を持っているかのようにうごめき、霧散して彼女の斬撃を避けた。
そしてもう一度集合し、今度は俺の方に向かってくる。
「お、おい! こっちに来るぞ!」
突然の理解に処理が追いつかず、俺は情けのない声を上げた。
地面を滑るように進む黒い霧の様は、まるでヘビのようだ。霧は俺の足元まで来ると、フワリと飛んで俺の左手を掠めた。
「……え?」
俺は、慌てて自分の左手を見つめる。
するとなんと――先ほどまで握っていたはずの銀のペンダントが、きれいさっぱりなくなっていた。
「ぺ、ペンダントが――!」
霧はそのまま壁の方に行くと、人間程の大きさまで一気に膨張した。
そして次の瞬間、霧は一瞬にしてローブを着た人間へと姿を変える。
いや、違う。正確には、この人間が“霧に姿を変えていた”のだ。
「貴様、何者じゃ!」
眉間にしわを寄せて怒鳴る魔王。
するとローブの男は、頭を覆うフードをゆっくりと外した。
「あ、あなたは……!」
その男の姿を見た時、この部屋の中で最も驚きをあらわにしたのはリディアであった。なぜなら。
「ふふふ……ようやく、ここまで来ることができた……」
そこに立っていたのは――俺から奪ったペンダントを愛おしそうに握りしめ、邪悪な笑みを浮かべる、ロランさんだったからだ。