第10話 「勇者アヘ顔ダブルピース、無双する」
まず先に、リディアがバッと飛び出した。そのままモグラたちの間を素早く走り抜けて、奥の壁までたどり着く。
そして剣を構えながら振り返り、コウテツモグラの集団に向かって叫んだ。
「さあ、魔物よ! かかってきなさい!」
その場にいた計8匹のコウテツモグラが、一斉に壁際のリディアの方を向いた。さらに彼女のことを威嚇するかのように、全員で奇声を上げる。
「「「キシャーーー!!!」」」
だが、リディアは得物を構えたまま一切ひるまない。その姿は、可憐で勇敢だった。
「よし、今がチャンスだな……!」
コウテツモグラ達は皆、リディアの方を注目している。やるなら今だ。
「……!」
俺はなるべく足音を立てないようにして慎重に前へ進み、一番近くにいたコウテツモグラの背後についた。そして右手でポン、と敵の背中に触れる。
鋼鉄の皮膚に覆われたその肌は、ひんやりとしていて気味が悪いくらいに冷たかった。
「……よし……」
モグラは、力なく地面に倒れた。残りは7匹。
それから俺は、音を立てずにゆっくりと移動し、背後から1匹ずつモグラを仕留めていった。
そして、残り4匹まで減った時。その内の1匹のモグラが、リディア目がけて勢いよく飛びかかった。
「……ふんっ!」
だがリディアは焦ることなく剣を横に振って、突進してくる敵を弾き飛ばす。
そのまま追い打ちをかけるように踏み込み、地面にあおむけで倒れるモグラの腹に剣を突きさそうとした。
ガキンッッッ!!!
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、坑道内にこだまする。やはりリディアの剣では、コウテツモグラの硬い皮膚を貫けないようだ。
「くっ!」
リディアがひるむ。この一瞬の隙を逃さず、他の3匹のモグラが一斉に彼女に飛びかかった。
「まずい!」
作戦変更だ。俺は意を決して走り出し、3匹のモグラとリディアの間に割って入る。
「アヘダブ様!?」
「借りるぞ!」
俺はそう言って、左手で半ば強引に彼女から剣を受け取った。そして両手でグッと握りしめ、がむしゃらに振り回す。
俺はお世辞にも運動神経が良い方ではないので、剣を上手く扱える自信もなかった。だが、無我夢中で迫ってくるモグラたちを剣で弾いた。
「うおぉぉぉっ!」
ガキンッ! ガキンッッ!!
なんとか、上手くモグラたちを弾き飛ばすことができた。そして地面に倒れた魔物たちに、すかさず右手でポン、ポン、と触れていく。
「……OK……!」
これで、全部のコウテツモグラを倒したな。
「はぁ……はぁ……終わった……!」
俺は肩で息をしながら、左手でリディアに剣を返した。
「流石です、勇者アヘ顔ダブルピース様! 自らの危険を顧みない勇敢な行動、感動しました!」
剣を懐の鞘に納めながら言うリディア。その瞳は、俺への憧れでキラキラと輝いていた。
「いや、まあ……盗賊のアジトで助けてもらった時の恩もあるから」
俺は少し照れくさくなりながら言った。
俺達が鉱山から出てきた時、外で待っていた作業員たちは歓喜の声を上げた。
「おお、すげぇ!」
「で、出てきたぞ!」
「よっしゃあ!」
口々にはしゃぐ男達。すると一際体の大きい男性が一歩前に出て、おずおずと口を開いた。
「……それで、どうだったんだ」
「はい、コウテツモグラは全て討伐しました!」
俺がそう答えた瞬間。
「「「うおぉぉぉーーー!!!」」」
周りの作業員たちが、両手を天に突きあげながら一斉に叫んだ。
心の底から嬉しがる彼らの姿に、俺も胸が熱くなる。
「やった、やったー!!!」
「これで明日からも仕事ができるぞーーー!!!」
するとその時、つるはしを持った作業員の男がおもむろに言った。
「よーし皆! 勇者アヘ顔ダブルピース様をたたえる歌を歌うぞー!」
「「「おー!!!」」」
周りの者たちも笑顔で同意する。
そして。
「「「勇者! 勇者! アヘ顔ダブルピース! 我らが偉大な! 勇者アヘ顔ダブルピース!!!」」」
歌いだした。テンポも音程も歌詞も滅茶苦茶な歌だった。
もしも現実の世界で“アヘ顔ダブルピースをたたえる歌を大熱唱する集団”が現れたなら、普通に騒ぎになってしまうだろう。
だがここはゲームの世界。彼らにとって“アヘ顔ダブルピース”はあくまでも“満面の笑みで世界の平和を非常に強く願う者”という意味であり、それ以外の何物でもない。
「なんだこれ……ふふっ……」
俺は、嬉しいようなおかしいような、複雑な感情を抱きながら騒ぐ作業員たちを眺めていた。
……いや、冷静に考えたら100パーセントおかしいだろ、この状況。