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告白は事前調査が大事!

作者: 為人

拙い文章ですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

 外では、野球部が夏の暑さに気が狂ったように声を張り上げている。

 それに負けじと声を張り上げる蝉の鳴き声を風流ととらえるべきか、耳障りととらえるべきか。

「なんでこんなに暑いかね」

ついつい口をついて出た言葉からは後者の意味合いが色濃く出る。

「暑いって言わないでよ、余計に暑くなるでしょ」

 俺の独り言を拾い上げたのは後ろの席の茶髪短髪のいかにも快活そうな女の子。彼女は暑さに溶けてしまいそうに机に突っ伏す。

歌音(かのん)、女の子がみっともないぞ」

「えー、いいでしょ。女の子だからってごろごろしちゃいけないわけ?」

 そうじゃない、俺はそう否定して、俺が否定した理由から目をそらす。

「………胸が見えてるぞ」

 歌音は俺の言葉に最初はきょとんとしていたが、自分の胸元を覗き込み、俺の顔を覗き込み、また自分の胸元を覗き込む。それから笑顔を浮かべ、

「別に私はコウになら見られてもかまわないけど?」

 はぁ、と一つ深くため息をつく。

「あのな、そういう問題じゃあないんだ。歌音が気にしなくても、俺が気にするんだ。誰かに見られたらどうするんだ?」

 彼女はまたしても自分の胸元と俺の顔を交互に見てから、

「もしかして、ほかの誰かには見せたくないみたいな?本当に独占欲が強いんだからぁ」

 あははと笑う彼女はいつも通り俺の注意を流す。

 心の中でもう一つため息。

「それよりもさ、またコウの手料理が食べたいなぁ」

「またそうやって男の一人暮らしの部屋に何度も上がり込むのもどうかと思うぞ。変な誤解を招くからな。そもそも、俺たちはまだ二年になってから友達になった、いわばそこまで気の知れた間柄でもないと思うんだが―――――」

 駄目だな、俺は。いつもこうやってくどくどと。だからいつも、

「うるさいよ、お母さん」

 なんて言われるんだ。

 俺の軽い後悔をよそに、歌音は身体を起こして、

「それにあんまり釣れないこと言わないでよ」

 真剣な口調に思わず、心臓が跳ね上がる。

「それってどういう?」

 またもついつい思ったことが口をついて出て行ってしまった。

「そのまんまの意味。だって、お互いの好きなもの、嫌いなものも知ってるし、こんなに居心地のいいのはこのクラスじゃあコウぐらいだし」

 この娘はいつも思わせぶりなことを言う。

「そうだな、お互いに好きなものも嫌いなものも知ってるな」

 俺が腕を組んで頷くという大仰なリアクションを取ったことに彼女は気づかす、

「そうそう、コウは読書が好きで、虫が嫌いなことは知ってる」

「そうだな、歌音はイタズラが好きで、野菜が嫌いなことは知ってる」

 お互いのことを知るのに必要なのは時間ではなく相手のことを知りたいという欲求だということはわかっている。

「なぁ、なんでお前は俺みたいなぼっちと友達になってくれたんだ?」

 俺がいつも歌音と一緒にいると感じる違和感。その原因がこの疑問にこそあると俺はわかっていた。

この質問をすると彼女は決まってこう返す。

「なんでって?そんなのキミが面白そうだったからだよ」

 彼女はあらかじめ決められたような返答を決められたような笑顔で返す。

 このやりとりに決まって俺は怖くなる。彼女の本心を知れなくて怖くなる。

「どうしたの?そんなに怖い顔をして」

彼女は先程までの笑顔を外して、心配そうに俺の顔を下から覗き込む。俺はとっさに顔をそらす。だから、そうすると胸が見えるから。

「何でもないよ。仕方ないから今日は歌音の好きなハンバーグを作るかな」

 またも、表情を一転。やったー、とテンションを上げている。

「じゃあ、買い物に付き合ってもらうぞ」

 そうして、俺たちは教室を後にすることにした。

 ちなみに、彼女はずっと上機嫌で、ハンバーグを俺が作っている間中、ハンバーグの歌?を歌っていた。



「ねぇ、歌音ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」

トイレに行こうとしていた私を呼び止めたのは、クラスにいた気がする黒髪短髪の快活そうな女の子。

「いいよ、何?」

 私が笑顔で短く返すと、

「そのね、尾本くんのことなんだけど」

 またか、と私は心の中だけでうんざりする。なんでコウに用事がある時はいつも私を仲介するんだろう。まぁ、私のせいではあるけれど。

「コウがどうかした?」

 彼女が顔に?を浮かべているのを見て、彼のことをあだ名で呼ぶ人間が私以外にいないことを思い出し、

「尾本くんがどうかした?」

相手の呼び方に合わせてもう一度聞き直す。

「えっとね、尾本くんと歌音ちゃんは付き合ってるの?」

こういう質問に対する返答はもう決まっている。

「ううん、ただの友達だよ」

 事実、私とコウの関係は友達だ。言い換えても、親友が限界だろう。この子にとってはその二つの違いはあまり意味がない。

「その、もしよかったら、この手紙を尾本くんに渡してもらえないかな?」

 何を言っているんだ、この女は?訳が分からない。少なくとも私が知る限り、私がコウと友達になってから誰もコウに話しかけているところを見たことがない。つまり、この女はコウの表面だけを見て告白しようとしていることになる。

 まとめると、この女はバカか?

 そもそも、そんな面倒なことはやりたくない。

「そういうのは自分で渡した方がいいんじゃない?」

 これであきらめるだろう。親しくない私に頼んでいるということはこの女はそもそも自分で直接告白するような勇気なんて持ち合わせていないはずだ。

「そう、だね。ありがとね、私、自分で告白する」

 そう言って彼女は教室に入っていった。

 それと同時に鐘が鳴る。結局、さっきの女の名前はわからなかったな。

「あ、トイレ行ってない」



「すまない、好きな人がいるんだ。だから、キミの気持ちには応えられない」

 俺の言葉に目の前の女の子は、

「そう、なんだ。残念だな。尾本くんのこと、去年の文化祭で見た時から気になってたんだけどな」

 そう笑顔で言い残して彼女は教室を出て行った。

 俺は周りを見渡す。俺以外が誰もいない教室。その光景はいつも当たり前にあるのに今は何だか新鮮に感じる。この違いは何だろう。野球部が休みだからか?違う。ここが自分の教室ではなく、空き教室だからか?違う。いつもなら俺がとっくに帰っている時間だからか?違う。

だが、この疑問はすぐに解けた。

ガラガラと音を立てて扉が開く。そこから入ってくるのは新鮮味のない顔。俺にとって当たり前の人。その人物は俺の前までやってきて俺の瞳を覗き込む。

「さっきの子、かわいかったね?」

「ああ」

「正直、タイプでしょ?」

「ああ」

「告白されたんでしょ?」

「ああ」

「返事したんでしょ?」

「ああ」

「あの子と付き合うの?」

「いいや」

「なんで?」

「俺にもわからないな」

「そう」

「俺からも質問していいか?」

「いいよ」

「俺が告白されるのを知ってた?」

「知ってた」

「そうか

 心地よいリズムで続く問答は事実だけが明らかになるだけで肝心なところには触れない。

 気の知れた間柄。俺と歌音の関係はそんなものではない。むしろその真逆であると言える。気が知れない間柄。嘘とごまかしでできた心地いい関係。深いところをお互いに見せ合わないが、故に成り立っている関係。

 あの子に告白されて自覚してしまった。俺は―――――。

「歌音、今日も食べに来るか?」

 歌音が珍しく素で驚いている。

「コウから誘われるなんて初めて」

 そう言われるとそんな気もする。初めてというと、えへへと素で照れ笑いしている彼女を俺は見たことがない。明らかにいつもの笑い方ではない。こんな笑い方もできるんだな。

「今日はカレーでいいか?」

 心の中の何かをかき消すように俺はいつも通りの話題を振った。



 昨日、コウにふられた女の名前は南和海(みなみかずみ)。男子女子ともににそこそこ人気の人物で、クラスは隣の三組で、クラスの中での立ち位置も上の方のようだ。一言で言えば、目立つ側の人間。

 昨日まで、自分のクラスの女の子だと勘違いしていた私がこの程度とはいえ何故知っているのかと言うと理由は簡単である。

 二組の尾本が三組の南をふった、そういう噂が流れていたのだ。それも面白いのはこの噂を流しているのは南和海本人だというではないか。こういう人間が実在するとは知ってはいたが初めて見た。

 とにもかくにも、私がその噂を知った理由は簡単だ。

 朝、いつものように「おはよう」と声をかけてくれたコウへの視線がいつもとは違ったからである。そして、私は女のクラスメイトに軽く聞いてみると、以上のことがわかったわけだ。

 コウは周りの視線が変わろうとも全く意に介さないようで、いつも通りに自分の席で読書をしているが、いつもは遠巻きに見ているだけの人間がコウに話し掛けている。コウが読書中だというのに気にもかけずに話しかける。それが、放課後になった先ほどまで続いていた。その大抵が興味本位の質問だが、コウはその一つ一つに丁寧に答える。何故だろう、気に食わない。

 当たり前のはずの空間に第三者がいる。それがこんなにも不快に感じるとは思いもしなかった。

 なんでコウはこんなにも普通でいられるのであろう。

「なんだか、機嫌が悪いな。どうかしたのか?」

 コウと私以外誰もいない教室。教室の窓辺でコウと私は気分が悪くなるような野球部の声を聴き流しながら、もはや日課に近いおしゃべりタイムである。

「コウって結構人見知りしないタイプだったんだね」

 私の言葉に?を浮かべたコウは、

「ちょっとした会話ぐらいできる。それにどうせ使い捨ての会話だ」

 どうでもいいこと。そうやって割り切って会話する彼はどこか私の知らない顔をしていた気がして落ち着かなく、そして気にもなる。

「コウは誰かと仲良くなりたいとは思わないの?」

 私が昔から抱いていた疑問をコウにぶつけてみると、

「お前だけいてくれればいい」

「こんなに愛されて私は幸せ者だな~」

 私は大げさな身振り手振りで流す。

その様子を横目で見ていたコウは私の方を向き、

「そういう歌音は誰かと仲良くしたいとは思わないのか?」

「私に友達はいっぱいいますけど?」

 若干の皮肉交じりの言葉にコウは、

「いや、本当の意味で仲良くなりたいとは思わないのか?」

 私はつい言葉を詰まらせる。コウがこんなにも踏み込んだ質問をしてくるのは初めてのことだ。どういう心境の変化だろうか。思ったよりも―――――。

「何を言っているのかわからないかな」

 私はいつも通りに笑顔を顔にかぶせる。

 コウは私の笑顔を見て、悲しそうな顔をすると、

「そんな嘘はつかなくていい」

 不意に伸ばされたコウの指が私の頬に触れる。その触れられた場所が熱を帯びるような感覚に私は我に返り、一歩後退さる。

 私に合わせるようにコウは近づいてきて、

「俺は歌音と本当の意味で仲良くしたい。俺は歌音にとってその他大勢ではなく、尾本小路(おもとこうじ)として一緒にいたい」

 もう一度私に触れようとしたコウの手を私は反射的に振りほどき、

「ご、ごめん」

 私はそのまま鞄を拾って、教室を走り去った。



 やる気がでない。身体がだるいし、重い。時刻は午前十時。俺はいまだに自分のベッドの上にいた。絶賛学校をサボリ中だ。しっかりと学校には風邪で休むと嘘はついてあるわけだが。

深いため息を一つ。

「どういう顔をして会いに行けばいいんだ」

 あれはどう見ても拒絶された。

「歌音との関係もここまでか」

 今までこんな気分を味わいたくなかったからこそ誰にも深入りしてこなかったのに、俺は何をやっているんだ。告白してくれたあの子に触発でもされたのかもしれない。もしくは夏の暑さに気でも狂っていたのかもしれない。

 外では今日も元気に蝉たちが鳴いている。こっちは泣いてしまいそうだ。頭の中をひたすらに昨日のことが思い出される。そして、また気分を沈める。まさに負のスパイラル。

このまま起きていても悪いことにしかならない。そう思ってもう一度俺が布団をかぶりなおすと、

「コウ~!お見舞いに来たよ~!!!」

 ―――――何故、お前がここに来る?

 頭の中をグルグルと疑問が行ったり来たりしている。

「居留守とはいい度胸だな、コウ!おら!開けろ~!」

 扉をどんどんと叩いて抗議の声が聞こえる。いや、開けないわけではないけど。

 俺が布団からゆっくりと起きて、玄関の方に向かうと同時に、

「あっ、起きてたの?」

 あまりにも自然に部屋に入ってくる制服姿の女の子。もちろん、歌音である。

「え?」

 僕があまりの驚きに間の抜けた声を上げていることなど気にも留めず、

「台所借りるよ~。それと、病人は寝てなさいな」

 勝手知ったる人の家とはまさにこのことであろう。歌音は台所にビニール袋を持って入っていった。

「いやいやいや、ちょっと待て!どうやって入った?」

 俺が疑問をぶつけに台所に行くと、歌音はまたも勝手に俺のエプロンを身に着けようとしていた。

「え?合鍵で?」

 そう言って、歌音はスカートのポケットから鍵を取り出して、見せつける。

「合鍵、渡してたっけ?」

 俺が疑問をそのまま口にするが、

「結構前にもらってたよ~。忘れたの~?」

 間延びするような声が返ってきた。

「えっと、そうだっけ?」

 俺は頭がうまく回らない中、思い出そうとするが、やはりうまく思い出せない。実際、彼女は合鍵を持っているのだし、そうなのだろう。それよりも今は、

「何しに来たんだ?」

 俺が一番気になること。拒絶されてへこんでる男に何をしに会いに来たのか?この疑問が解消しない限り俺は話を先には進められない。

「何しにって、そりゃあもちろんお見舞いに来たんですよ」

 こちらに視線もくれず、手際よくネギを刻みながら歌音は返す。

 このままだといつも通りにはぐらかされて終わってしまう。そう思った俺は質問の内容を変えた。

「なんで俺のお見舞いに来たんだ?」

 俺の中には期待がまだ残っていたのかもしれない。

「だって、学校行ったら風邪で休みなんて聞いて、大丈夫かなって思うでしょ?」

 予想通りのいつも通りの返しに俺は安堵してしまった。そして、一歩踏み出した足を戻そうとする。

「ありがとな。でも、歌音が料理をできたなんて知らなかったな」

「できなかったよ、前は。でも、コウと一緒に料理を作れたら楽しそうだなって思ったから練習してたの」

 歌音はいつもこうやって思わせぶりなことを言ってくる。いい加減慣れなければならないのだが胸の鼓動が勝手に早くなる。心なしか身体が火照っている気がする。

「ほらほら、病人は寝てなさい。いつもの心配症もわかるけど、私もおかゆくらい普通に作れるんだから」

 鍋に火をかけ始めた歌音は俺をベッドに押し込むと、台所に戻っていった。

 自分以外の誰かが俺の部屋にいるのに、ベッドで寝るのは変な違和感がある。なんともつかない気持ちでぼんやりと台所の方を見ていると、

「コウはさ、私と一緒に料理できたら嬉しい?」

 突然の問いかけに俺は言葉を詰まらせてしまう。どれが正しい返しなのかを迷ってしまう。適当に流すのか、心に従って答えるのか。考えるまでもないはずなのに俺は迷ってしまう。

「私は嬉しいな。だってコウは私にとって大事な人だから」

 唐突に告げられた言葉に頭が追いつかない。グルグルグルグル頭がこんがらがってくる。わからなくなっていく。

「コウ?大丈夫?」

 いつの間にか目の前にいた歌音に驚き、

「だ、大丈夫!」

 変な声を上げて、身体を一気に起こす。

「そんなに大丈夫そうには見えないけど?ほら、リンゴいる?」

 歌音は俺の腹の上にうさちゃんリンゴを八つ乗せた皿を置き、一つをフォークに刺すと、

「はい、あーん」

 俺の瞳を覗き込むようにしてリンゴを口元に持ってきた彼女は、

「ほらほら、口閉じてたら食べられないよ?はい、あーん」

「いや、一人で食べられるからさ、フォークを渡して―――」

「はい、あーん?」

 講義の視線を送るも、歌音は頑として食べさせたいようで、

「あーん」

 俺はあきらめて差し出されたリンゴを口の中に入れる。

「次、いる?」

 そう言いながら、すでに俺の口元にリンゴを持ってきている。

 俺はもうあきらめているのでそのリンゴを迷わずに口に入れる。

 そして、歌音は手にしていたフォークで次のリンゴを自分の口の中に入れた。フォークに着いた果汁すべてをなめとるように口からフォークを取り出し、皿の上に置く。

「ねぇ、コウ?コウにとって私って何なのかな?」

 一呼吸置くようにゆっくり紡がれたその言葉にはどことなく重みがあった。それもそうだ。あの歌音が俺にこんなことを聞いているのだ。こともあろうにこの俺に聞いているのだ。彼女自身にある言葉の重みと自分自身にある心の重みの両方を俺は今感じている。

 俺はゆっくりと呼吸をして、混乱した頭の中をリセットする。慎重に慎重にいつも以上に慎重に自分の想いを探し出す。

「歌音は俺にとって大事な人だよ。一緒にいたら楽しいし、離れていたら切なくなる。歌音は俺にとってそういう存在だよ」

 絞り出すようにゆっくりと吐き出した言葉を黙って歌音は聞いていた。そして、そのまま言葉がなくなり、二人の間には沈黙が流れる。熱を帯びたような空気がただ二人の間に流れる。

 数分間の沈黙を破ったのは歌音だった。

「コウに聞いて欲しい話があるの」

 瞳の奥には俺がのぞいたことのないものがある気がして、不安になる。しかし、あの歌音に求められているのに答えないようなことがあってはならない。

「聞かせてくれ」

 一言、俺は自分からひねり出すように言う。

「そうだね、まずは何から話そうか―――」

 歌音が語った話は彼女の生い立ちだった。

小学校五年生の時に親が離婚し、父親についていくことになった歌音は中学生に上がる頃くらいから父親に日常的に暴力を振るわれるようになった。口答えをすると殴られる。気に障るようなことをすると殴られる。ただイライラするから殴られる。そういった毎日に歌音は男性恐怖症になってしまった。まだ話をするくらいなら問題ないらしいが、触ったり触られたりすると気が動転してしまうらしい。

「昨日、コウの手を振り払っちゃったのはそれが原因で、コウのことが嫌いとかじゃなくて、むしろ嬉しかったというか―――」

 消え行くように告げられた真実に俺は安堵し、嬉しくなる。

 そうか、俺はあれは拒絶されたわけではなかったのか。

 隣でまだごにょごにょ言っていた歌音は頬を赤らめながら、

「とにかく、コウ!あれは告白だったってことでいいんだよね!?」

 ―――改めて聞かれると恥ずかしいな。

 俺はかなり頑張って高鳴る心臓を押さえつけ、平静を装い、

「もちろん。返事をもらえるかな?」

 精一杯気取ってみたがそんなものは今更なのでは?なんていう疑問は即座に捨てて、下を向いてしまった彼女の返事を待つ。ドッドッと心臓が激しく動き、身体中から汗が噴き出す。

 歌音はゆっくりと顔を上げると、

「私で、こんな私でよければ、お付き合い、お願いします」

 噛み締めるような言葉とともに見せられた笑顔は今にも崩れてしまいそうな儚さがあった。

 その可憐で、今すぐにでも抱きしめて離したくなくなるような姿に俺は止まってしまう。

 そこにタイマーの音がこだまする。その音を聞いた歌音は、「おかゆがそろそろできそう」と言って台所に向かう。その途中で振り返ると、彼女の顔から先ほどまでの笑顔は消え失せ、

「でも、二つ約束があります」

 切り替わるように告げられたその言葉には今まで見たことがないような眼差しが添えられていた。



 学校でも、街中でも、道を歩けば視線を集める美少女。文字通り道を歩いて視線を集めている美少女が隣にいる。黒い髪の毛は肩の上で切りそろえられ、快活そうなイメージだ。低い鼻と大きい目。少し頑固に見えそうな細く、上がった眉。大きすぎず小さすぎない口。顔は小さく、身体も小さめ。常に頬はほんのり赤く染まっている。つまり、まとめるとかわいい女の子だ。

 声をかけてみる。

「みんな、小路(こみち)ちゃんのこと見てるよ?嬉しい?」

「嬉しくなんてない。むしろ恥ずかしさでどうにかなりそうだ」

 そう言って頬をさらに赤くする姿に思わず、キュンとしてしまう。抱き着いてしまいたい。

「まったくかわいいな~!も~!」

 頬をツンツンすると、

「っん~~~~~~~~~~~~~」

 睨むようにこちらを見る姿はまるで上目遣いで見られているようでこれまたかわいい。

「そもそも!そこまで触れるようになったんならもういいんじゃないのか!?」

「いやいや、まだまだだよ。まだ少し触れる程度だよ?こんなんじゃ抱きしめたり抱きしめられたりできないよ?」

 その言葉には引き下がる以外の選択肢を持っていない小路ちゃんは、

「早く治すぞ!歌音の男性恐怖症を!」

 そう言って差し出された手に、

「そうだね、コウ。早く残りの約束も守ってね」

 私は手を重ねる。

 私が彼のことを知ったのは、去年の文化祭のことだった。当時メイド喫茶をやっていた彼のクラスは男性、女性ともにメイド服を着て接客をするという変わった出し物をしていた。そこにふらっと立ち寄った私は彼に一目惚れしたのである。校内に知らない美少女がいると噂になった彼はミスコンに推薦され、優勝してしまった。それ以来、彼はことあるごとに女装を頼まれ、それを断り続けるうちに人間不信になっていってしまった。悪意のない嫌がらせであっただけに執拗で、二年に上がる直前に彼の不満が爆発した。彼は近寄る人間のほとんどを拒絶し、自分の殻に引きこもってしまった。二年に上がり、私は彼にひたすら話しかけ続けた。それを一か月くらいすると彼と私は普通に会話するような仲になっていた。それから私が彼の隣を独占するまでもう一か月くらいかかった。ちなみに今でも彼の人気は衰えず、告白する人がたまにいるようだ、男も女も。

「コウ、今日の夕飯は何にする?」

 私は自分に伝わる熱にそれ以上の熱が自分から湧き上がるのを感じていた。

「じゃあ、歌音の好きなハンバーグにしようか」

 曇りのない笑顔がこちらに向けられる。その笑顔がたまらなく愛おしい。

「歌音?どうかした?」

 急に立ち止まった私の瞳を覗き込むようにするコウ。私は不意に目の前にある唇を奪う。

「っん~~~~~~~~~~~~~」

 顔を真っ赤にして私とつないだ手とは反対の手で唇を抑えるコウの耳元に囁く。

「コウのこと愛してる」

 私は放心状態のコウの手を引くように二人の帰り道を歩く。ぼんやりと夕焼けを眺めながら、コウに愛されるためだけに生きてきたこの二年間を思い出していた。

 黒髪を茶髪に染め、肩甲骨あたりまで伸ばしていた自慢の髪も肩に触れない程度に切りそろえた。誰に対しても使っていた敬語をやめ、フランクに話せるように努力もした。常にコウに関する情報を集めてコウに好かれそうな女の子を演じてみせた。時にはコウに近づこうとする女の妨害もした。

コウに噓もついた。

ポケットに手を突っ込むと硬い感触がある。それは部屋の鍵だ。

この鍵はコウに改めて渡されたものだが、私があの時使っていた鍵はコウの部屋から盗んだものだった。

他にも数えきれないほど嘘をついた。

でも、コウは〝こんな〟私を受け入れてくれた。

だからもう私は―――。

「絶対、絶対に離さないからね」


最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。つまらない文章だったと思いますが、何か感想をいただけましたら、嬉しいです。

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