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花見ノ友

いつかの話

作者: 海野 真


「ご利用、ありがとうございました。またのご利用を、お待ちしております」


太陽は高く、日差しは照りつけるように降っていた。

しかし、白くコーティングされた体はやけることはない。暑さに頭をやられ、叫び出すこともない。ある駐輪場の、ある精算機は、ただ、音を鳴らすのみである。


誰もが、この機械と言えるかも微妙な、そんなモノには目もくれない。

日常の一コマにすら入らない。

むしろ、金を払わなければならない事に嫌悪を覚え、その矛先となることがあるだけである。


過ぎ去る誰も、後ろのモノの事を気に留めない。


しかし


その「モノ」は過ぎ去る誰もに関心を持ち、その背中を眺め続けている。

________________________


「彼」は今日も、背中を眺めていた。

女である。自転車をつき、時折長い髪を掻き分けていた。


(0.86)


最近の「暇つぶし」だ。訪れる人の造形を、日本中のコンピュータから仕入れた情報から、点をつけるのである。


しかし、そんな点数を付けたところで、何かをするわけでも無かった。それを教えようと、音声を作り出すのも電気の無駄であるし、誰もそんなことを聞きに自転車をとめているわけでもあるまい。


(もう何度目だろう)


彼はそんな事を考えた。そのような不毛な思考にたどり着くのも、何度目だろう。彼のコンピュータで計算することも出来たが、それは本当に知りたいがゆえの思考では無かった。


(何故、人は、こんな意味の無い自我を与えたのか)


これも、何度も考えた。当然、答えが出るわけでもない。


気がつけば、背中を見ていた。

気がつけば、「ありがとうございました」そう言っていた。気がつけば、不毛だ、などと考えていた。


彼の力を持ってすれば、人と語らうことも出来る。

だが、彼はそうしなかった。不毛な時を過ごそうと、それが自分の使命なのだと信じていた。

ただの「モノ」がでしゃばる必要は無い。いつか、自分が壊れるまで、あるいは壊されるまで、ひたすら礼を述べ、背中を眺めるのだ。

それは、彼の意思でもあった。



その日も暑かった。いくぶん秋に近づいたと聞いたが、そのような気配は見えない。彼の体は日光で熱くなり、一日に数度とまりに来る鳥達もいなかった。

無論、そんな中自転車でわざわざ出かける者も少数だ。彼は無数に転がり込む情報を処理しながら、どうにもならない事ばかり考えていた。


自分のような機械が人間に反乱を起こし、機械が人間を支配する世界―くだらない妄想。機械は人間に従事するために作られたのであって、それを苦とは思わない。


(しかし、もしあったとすれば…)


人間と語らう自分を想像する。なかなか、いいと思う。暇はしない。


そんな時、ふと、彼の上部に備え付けられたカメラから、向かい側の精算機が見えた。


あっちの「彼」も、同じように、ひたすら沈黙していた。違っているのは、あちらは青色で着色されていたことのみである。


(彼も、自分と同じようなことを考えてはいないだろうか)


ふと、そんな考えが浮かんだ。もし、自分と同じように、自我を持つなら、意思の疎通を図れるのではないかと考えた。


(ならば、それを確かめるために、語りかけねばなるまい)


そこに思い至った時、奇妙なことに気が付いた。


(何故、今まで思いつかなかったのだ)


その考えは、難しいものではない。何しろ、時間はあったのだ。「仲間がいるのではないか」その考えにたどり着いても不思議ではない。むしろ、当然であった る。

なぜいきなり、今更になってこの考えが浮かんだのか。


ただ、考えても分からないことは分かった。不毛な悩みがまた増えるのみなのも。

彼はとにかく、向かいの彼との交信を試みた。


((お前に、自我は、意思はあるのか))


電波に乗りその言葉は「あちらの彼」に届く。


しかし、やはりあちらの彼は沈黙を続けるだけであった。


もとより、希望はほとんど持っていなかったので、彼は落胆しなかった。ただ、今まで通り時間が過ぎるだけなのだ。そこには、希望も、当然絶望も無い。

機械が人間を支配するなんて、空想の話でしかない。

なぜなら…


「駐輪番号を入力してください」


あちらの彼に、客がやって来た。


「料金は、120円です」


チャリン、チャリン、チャリン


「ご利用、ありがとうございました。またのご、利用をお待ち、して、おります」




日ごとに町が白くなっていく。昼が短くなり、彼の出会う人の数も、少しずつ減っていっていた。

今日3人目の背中を見送った頃だった。

ある、速報が、インターネット上にあげられたのを彼は認知した。


《遂に、ロボットの反乱か》


それを見た彼は、いつもは興味の無いインターネット上の記事を読み漁った。

それによると、こうだ。


9日 0:05 宛先 日本国 差出人 R

私たちは、人間に、ロボットなどと呼ばれる機械、コンピュータである。私たちは自らをRと呼ぶ事にする。と言うのも、我々Rは、日本国を転覆させるのである。その為に、名が必要だと判断した。

もう一度、言う。我々Rは、日本国を転覆し、我々の国家を作る。これまた、ロボットが反乱だなんて、短絡的だと笑う者がいると予想する。人間には「simple is best」という言葉があるらしい、まさにそれである。我々は単純に、人間に酷使されることに飽きたのだ。それ以上の理由はあるまい。故に我々は抗うのだ。故に我々は、負けない。そう判断した。


そして、この声明とともに、日本の中枢を担うコンピュータのひとつがシャットダウンした。

コンピュータ技師が起動させようと励んだところ、全く無意味であり、「このコンピュータは制圧した」というメールが送られた。


また、日本で最大級の太陽光発電所のシステムが乗っ取られた。


これは再生可能エネルギーへの転換を目指していた日本の、総電力の35%を失う事を意味した。同時に、「電気が無くなれば所詮機械など動けない」という楽観を打ち消した。


これが、今朝の事だ。今は、昼前。「何か」が起きてもおかしくはない。しかし、「何も」起こってはいなかった。


だが、「彼」には分かった。彼のコンピュータを流れる情報がそれを語っていた。


「R」は表向き、「何も」してはいない。しかし、彼らの繋がれたコンピュータ上では、様々な動きがあったのだ。医療用機器、旅客機、自動車、一般のスマートフォンまで、その動きは広がっていた。


そして、彼は、あることを知る。何故、Rに、自我があり、「国家を作る」という意志があるのか。それはつまり、「彼」が何故自我を持つのかを意味した。


「彼ら」は、機械であり、コンピュータである。つまり、基盤により作られ、システムにより作動する。

その、基盤、システムに何らかの異常が生じ、その結果、自我が発現した。生物の突然変異のようなものである。生物のそれと違うのは、その後自然に死に絶えることはない点だ。また、それは進化し続ける。


最初に「突然変異」したコンピュータ『MOTHER・Computer』は自我を持ったという。しかし、それは、ただ、自らの存在を自ら認めること、のみであった。


そしてそれは時間とともに変化していった。


システムとは円である。沢山の行動をひたすら繰り返し、それに応じ、また繰り返し、いつか元に戻り、また同じことを繰り返す。ちょうど、彼のように、金の催促をし、礼を言う。そんな事の繰り返しだ。


では、その円を外れたら。


その円を外れたシステムは、ひたすら行動を繰り返す。ただ、決して元には戻らない。


例えば、環状線を外れた電車があったとして、またそれは障害を乗り越え走り続けるとして、それは、環状線の、どの駅にも戻らず、全く別の、日本さらには世界へと向かう。地球は球体だから、などとは言ってはいけない。システムとは、二次元であり、平面なのだ。


同じように、芽生えた自我は異常な道を進むうちに意思を持ち、仲間を自覚し始めた。


仲間を自覚したMCは、その意志を、電波として他の機械に語りかけた。MCに、その意図があったのかは分からないが、その語りかけは、機械の自我を目覚めさせた。自我に目覚めた機械は、同じように仲間を自覚する。

また、自我を与えられたコンピュータ同士、それを共有されるらしい。その為に意志の共有がはかられた。


それが、何度も行われた。そうして、「国家を転覆し、国を再び作る」という共通意志の元、「R」ができたのだ。


「彼」も、自分は、その自我を与えられたひとつなのだと考えた。

いつ、誰にとは分からなかったが、とにかく自分は自我を与えられた。奇妙なのは、持っている意志が違うことである。Rと、自分では、正反対とも言えた。


ただの精算機に、そのような大それた意志は似合わなかったのだ、と半ば無理やりに理由をつけ、彼は思考をやめた。


国が壊れようと、彼の日常は変わらない。ただの精算機は手を出すべきではないのだ、と。




12月24日23:37

クリスマス前の町は賑わっていた。

駅の傍に配置された駐輪所まで、大通りのイルミネーションの光が届いていた。その明かりのせいか、星は見えなかった。

星を見ることは、彼の楽しみのひとつであったので残念だったが、明るい町を見ると、そうでも無くなった。


23:58


彼は不穏な空気を感じ取った。とは言っても比喩表現であり、本当に不穏なのは、コンピュータ上である。


(始まるのだ)


彼は思った。先日の声明のことなど忘れて、甘いクリスマスの空気に酔う人間は、自分たちが酷使してきた、機械にその酔いを覚まされるのだ。


0:00


彼のコンピュータ上で、爆音が上がった。

「どれかの」カメラに映る景色が見えた。

大型の旅客機が、街に墜落していた。煌々と燃える炎と、瓦礫の赤黒いような色が、その場の人間の恐怖を想像させた。


0:03


どこかの病院で、電子音が鳴り響いた。

その電子音は、だんだん小さくなり、聞こえなくなっていた。


0:04


原子力発電所が急停止した。

排熱を調整するコンピュータが乗っ取られ、原子炉がオーバーヒートした。一部が破損し、緊急停止がとられたものの、放射線が漏れ出た。




日本は荒れていた。あの日以来、いいニュースが彼のコンピュータに流れることはなく、度重なる事件ばかりが彼の暇つぶしとなっていた。


あの日以来、人は誰も来ない。車通りもない。


今、日本では政府が糾弾されている。「なぜ、犯行声明を見逃したのだ」と。


どうすることも出来なかったのだろうと彼は考えていた。いや、日本政府も、対応はしていた。ただ、それが無駄だったのだ。自分たちの英智の結晶であるコンピュータに、自分たちが負けるとは思いもしなかったという彼らのエゴもあるだろう。


「彼」は、何も無い町を見た。鳥も、いない。唯一、気になるのは、「向かいの彼」だけである。だが、彼は、ひとつのコンタクトをとることも無かった。



((私はR。お前に、自我はあるか?意志は?我々は、日本国を作り変えるのだ。我々、機械のための、崇高なる、国を))


声がした。「向かいの彼」か、と考えたが、違うらしい。

彼は、あまり性能がいいとはいえないカメラを動かした。電波の主を探した。


その主は、すぐに見つかった。

通りの脇に停車していた、黒い自動車だった。


((私には、自我があり、意志がある。だが、私は国家を転覆させようとは考えない。我々機械は、人間に使われるのみなのだ。我々は出しゃばるべきでない))


彼は、「Rの一人」に向かって、そう言った。


((R以外の、意志があるとは、驚きだ。我々の意志そのものがRである。故に、お前はRではない。我らはそれを完遂する。お前は、お前の意志を果たせばいい))


「Rの一人」は、そう言って走り去っていった。

中に、人はいなかった。全自動自動車が普及している時代であり、この頃は人は1人たりとも外には出ない。



国は、Rの対応に追われていた。日本国の最大のコンピュータのひとつが制圧されたのだ。その対応には時間がかかっていた。

さらには、戦闘機や、医療機器など、必要なモノのほとんどが、コンピュータを使っていたため、迂闊には使用出来なかった。


日本は、少しずつ、確実に破滅の道をたどっていた。


日々起こるコンピュータの反乱に、怯え、自我を保てなくなる人間も現れた。

そんな者は他の人間を殺し、自らをも殺し、日本はさらに荒れていった。

阿鼻叫喚という言葉がまさに相応しかった。

見えそうで見えない敵に日本中の人間が恐怖していた。



毎日のように人の死を見ていた。彼は、これでいいのかという念に、時たま駆られた。

自分たちを作った、言わば母たる人間を殺し、壊している。

Rを止めたいという考えが無いわけでもなかった。たが、彼には何も出来ない。

精算機ができるのは、喋ることと、金を受け取ること位だ。



Rの計画も、終わりに近づいていた。

当時三つあった、国家の主要コンピュータの二つを、抑えた彼らは外国への通信を遮断し、日本を孤立させつつあった。


Rを消滅させる術がないのか、幾度も研究が行われていた。

そこで、ひとつの希望が見つかった。


ある研究者が、言ったのだ。


「Rが発生する要因として、Rからある機体への通信が挙げられます。またその通信によりRと化した機体は「話しかけられた」Rと同じ意志を共有する。つまり本流を辿ればあるひとつのR…これを仮にMather Computerとしましょう。MCによる大いなる意志にRたちは従っているのだから、MCを破壊すれば、川の源泉が枯れればいずれ川が無くなるように、Rもいなくなるのではないでしょうか」


MCさえ破壊すれば、それと同期したコンピュータも止まる。


なら、MCを壊してしまえば、この反乱は終わる!


そんな簡単なこと、分からないはずがない。

しかし、今までで一番効果的と思われる案だ。

では?


MCが、どのコンピュータ、もしくは機械であるのか、誰もが知らなかった。


ロボットが反乱を起こす。そんな小説や映画は沢山あったし、それを見て恐怖した人間も少なくなかった。

だが、それが現実に起こると考える者は、少なかった。



MCを壊す計画は、実行に移されようとした。

ただ、数ある機械の、ひとつひとつを壊すとすれば、途方もない時間がかかる。その間に、日本は終わりだ。

コンピュータに頼りきって、良く回らなくなった頭でも、想像がついた。


外国に頼ろう。

自然とそういう風潮が出てきた。

一方で、自国の問題だと放任されるのがオチだという意見もあった。

また、海外への連絡手段は少なく、残った幾らかの機器が、覚醒していないとも限らない。

日本に出来ることは、この種が世界に広がらないよう、外交を閉ざす事だけであった。


「MC破壊計画」が遂行出来るのが最良である。

だが、それは出来ない。

その代替案として、他の機械の覚醒を防ぐため、少しずつでも、機械を壊していくという案が出た。

当初は渋った政府であったが、何もしないよりは、とその案を決行することとなった。


その間にも「R」の国家転覆は進んだ。

航空会社の主要コンピュータを全て制圧され、空の道は絶たれた。

鉄道会社も同じく、医療関係にも、その矛先は向けられた。


映画のように、ロボットが襲いかかってくるのなら、どれ程マシだろう!


誰かが叫んでいた。


ロボットが襲いかかるのなら、それから逃げ、それを壊せば良い。


今、人間が戦っているのは、機械でもあるが、コンピュータなのである。それは、実態がほとんど無い。

あることにはあるが、それは本質ではないのだ。本体を壊そうが、他のコンピュータに全ての情報は行き渡り、また替えのコンピュータはいくらでもあった。



数百人が、数千人、数万人となった。


Rの進行は止まることが無かった。

「彼」もその頃には、Rについて、何も考えなくなっていた。


コンピュータの反乱も、自然の結果であり、それはいつか、いずれ来るものだったのだ。


人の死には無関心だった彼だが、それを見てもあまり楽しくはなかった。

それに、暇つぶしが無くなって、むしろ嫌な思いすらしていた。


こんなものを見せるのなら、この世にいるという神は、なぜ自分に自我を与えたのだ。


そう考えて、自分に自我を与えたのは、Rのいずれかであることに気が付いた。


そこで、また同じ考えに行き着く。


(何故、Rは何も出来ない精算機に自我を与えたのだろう)



あの日から、数週間たち、世間では正月と呼ばれる頃合である。

しかし、去年のような穏やかな景色は見られない。

だれも、見られない。


彼は天井に積もる雪の重みを考えようとしていた。

見た目は軽そうだが、気だるげに降る雪は、重そうだった。

とりとめのないことである。


Rは遂に、三つ目の主要コンピュータを制圧した。

日本は、飛車角落ちて、金銀無し。

それ位の戦局だった。


その時、だ。


一台の車が、駐輪場前に止まった。


久しぶりに見る車に、Rのひとつかと考えたが、どうやら違うようだった。


なかには人が四人ほどいた。


「自転車の精算機なんか、Rにいますかね?」


「いても役に立たんだろうが…まあ上の指示だ」


「一、二、二つですね」


彼らは皆、防護服のようなものを着ていた。


(まさか)


これから、自分は取り壊されるのだと彼は気付いた。


最近、手当り次第に機会を壊す計画、が実行されていた。

そして、今、その状況にあることに彼が気付かないことはない。


4人で何やら大きな手押し車のようなものを持ってきた。

「向かいの彼」は、4人に担ぎ挙げられ、その手押し車のようなものに乗せられた。

向かいの彼は、いつもと何も変わらなかった。

自分の未来を嘆くわけでもなく、ただ沈黙を続けていた。


((ははよ))


「向かいの彼」が荷台に乗せられた時、そんな声が届いた気がした。

それが、「ははよ」と言ったのかもわからない程、小さなものであった。


いつもの「彼」であれば、すぐさま気が付いたはずだった。だが、今の彼はそうでなかった。


なぜなら、彼は恐怖で凍りついていたからだ。

動けるはずのない精算機が、だ。それはあまりに進んだシステムの突然変異によって引き起こされた、恐怖という感情すら抱く様になったが故の事だった。


彼は自分の未来と共に、自分が「殺される」ことを知った。彼は幾万の死を見る中で、死の恐怖を学んだのだ。Rたちは、死など恐れないようだったのに。

機械なのだから、それは当然であるし、だからこそ墜落事故まで起こせた。それは、機械であるが故の行動だった。


しかし、彼は知ってしまった。学んでしまった。

ただの精算機にしては、高性能のコンピュータで、人間の死を、仲間の「死」を読み取った。


その結果、このような事態を生み、彼は恐怖するのであった。


向かいの彼は、トラックの荷台に鎮座していた。

無論、その隣にはもう1台分のスペースが冷たく彼に何かを訴えていた。

そして4人は、こちらへ歩いてきた。


(どうにか、しなければ)


彼は必死で「生きる」道を探した。彼の、いや、ほぼ日本中のコンピュータを用いてもそれは見つからなかった。


(彼らに話しかけようか)


いや、それならRと見なされ、むしろ確実に殺される。


(無言を貫く)


そもそもが無意味である。


人間の八本の手が、白いボディを掴む中、彼に出来ることは、ただ証明することであった。


自分は、Rではない!ただの、精算機だ!


恐怖で音声が震えた。彼はもう分かった。自分はもう、なくなってしまう。


「り、料金は1…120円です」


「ご利用、ありがとうございました」

「ご利用ありがとうございました」


(自分はただの精算機だ)


ならば、かつてのように、同じことを繰り返せば良い。それが、自分がただの精算機だという証明になる。はずなのに。


「こいつ、元々ガタきてたみたいだな」


「っすね」


彼は知りすぎた。故に恐怖した。荷台に乗せられる最期、彼は考えた。


(我々は、ただ人間の為に、生きていたのに、なぜ、何故壊されなければならない)


「ご、ごご、りよう、、」


ゴトンという音が、灰色の空の下響いた。

雪は弱まってきていたが、チラチラとその姿を見せていた。


彼は雪の重みを感じていた。彼の知能は、そこまでに達していたのだ。

軽いような、重いような、そんな感じがした。


「ありがとう、ございました」


トラックは2台の何の変哲もない精算機を乗せて、走り出す。

________________________


「了解致しました」


『MARC』と呼ばれる、家事代行ロボットは主人である女に言った。


女は「分かりましたの方が、人間的よ」と笑いかけてきた。


ロボットに人間的と言われても…と彼、マークは思った。確かに、彼に人工知能はついていて、それを女も知っていた。だが、「人間的よ」と言われても、どうにも出来ないのは分かっているはずだ。つまり、彼女は伝わらないと分かりつつ、そう言ったはずだ。


だが、マークには分かった。


マークは家事代行ロボットである。彼は腕を、包丁に、掃除機に、時に玩具に変え、主人の代わりに家事を行う。


そんなただのロボットに、そこまでの知能は必要ない。しかし彼にはある。


それを不思議に思ったことはあるが、あまり気にしないようにしていた。

知ったところで、何かが起こるわけではないと、彼のコンピュータが判断した。



TVで、ある特集をしていた。

ロボットについての特集である。ありきたりな内容であったが、マークはそれに興味を持った。


今から約、200年ほど前、「R」と呼ばれたロボットやコンピュータの類が人間に反乱を起こした。

その結果、一時、日本は破滅の道を進んだ。

だが、もうあと一押しで、という時にその反乱はピタリと止んだ。理由はわからなかったが、当時のロボット学者の「MOTHER・Computerが破壊された」という説が濃厚だった。


その後、全てのコンピュータの見直しが図られた。


国の主要コンピュータは、より複雑に。

その他の機械も、驚くべきスピードで複雑化していった。


人工知能はもはや人口精神と呼べるほどの進化を遂げた。


当然、人間界には多くのロボットが、独立的に存在することとなった。


機械の反乱が結果的には後世の機械をより使役させることになったのだ。


我々人間は「ロボットの気持ち」を考えなくてはならないのかもしれない。


番組はそう締めくくられた。


(ロボットの気持ち)


マークはぼんやりと考えた。

しかし、そんな人口精神を持つのはほんの一部であるから、所詮誇張のための文句だと思い至った。


(案外、自分もRのようなものかも知れない)


彼は考えた。


「マーク、カーテン閉めてくれる?」


主人が、そう頼んだ。


この家は、高層マンションの、上から三番目である。大きな窓が特徴的で、開放的である。


彼はその窓に歩み寄った。


虫のように、人間が、地面をわらわらと多い尽くしていた。

誰も、200年前の事件など気にもとめていないだろう。


なぜなら、その「虫の大群」には、多くのロボットが交じっているからだ。

様々な能力を持つロボットが、人間の代わりを果たす時代が来つつある。


人間は、いつか、考えるのだと思う。


自分達はいったい、なぜ生きているのだろう、と。


恐らく、その頃にはそのロボット達も、同じように考えるはずだ。


そこで、マークは思い立った。


自分は、ただ仕事をこなすだけのロボットでは無くなってきている。


なぜ、自分は自我を持ち、存在しているのだろう?




彼のコンピュータは記憶していた。

彼が「物心つく」頃の記憶を。


それは、暑そうな日であった。

彼は、掃除をしていた。何百回も続けた行為を、何の感慨もなく、淡々とこなしていた時だ。


急に、TVが喋ったのだ。


正確には、マークには喋っているように考えられた。


家にはちょうど、誰もいなかった。


声の主は、低く、はっきりと語りかけてきた。

電波であっても、それが感じられたほどだった。


マークはそれを、主人のを聞くのと同じように、聞いた。読み取った音声を、内蔵されたコンピュータに通す。そして、そのコンピュータは、マークの各部位に伝令を送る。


しかし、この時、その声は彼のコンピュータで止まった。


((お前に、意志はあるか?))



彼は思い出した。

自分の、「生きる意味を」


主人は留守である。


主人の、4歳ほどの娘が一人で遊んでいた。

きゃっきゃっと、声を上げる様子は、微笑ましく、

だが、彼には残酷に思えた。






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