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やがて王へ至る道  作者: 米屋太郎
5/22

第1話『魔法使いの剣』(5/5)

「さっ、ケリはついたぜ」


 剣を軽く振り、切っ先を正面に向ける。

 血に塗れた刀身から紅い珠が散ると、凍り付いた時が動き出したように若い賊が叫び声をあげた。


「ヒッ……!? ひぃぃぃぃぃっ!?」

「わああぁうあぁあぁぁうっ!?」


 頬のこけた賊が腰を抜かして、手足をばたつかせる。 幼さを残した賊が眼に涙を浮かべて後ずさる。 髪を伸ばした賊が、五指をピンと伸ばして呆然とシュウを見る。 パニックに陥った少年たちは言葉にならない声を吐き出し続ける。


 そして、ある賊がついに動いた。

 惨劇の場から一刻も早く逃げだそうと、腰が回り、足が動く。

 その瞬間を見逃さず、シュウは声を張り上げる。


「逃げんじゃねえッ!!」


 一喝。 足先に杭を打ち込まれたように、賊の足が止まった。

 これで仕上げだ。 完全なる勝利を得る。


「背中を見せた者は魔剣が追いかけて殺す。 死にたくねぇなら立ち止まりな!!」


 背を向けかけていた男が、ゆっくり、ゆっくりと正面に向き直った。

 骨の軋みが聞こえるようなカクついた動きで、その場にしゃがみ込む。

 賊の誰もが自動的に男に倣ってしゃがみ込んだ。

 腰を抜かしていた者さえも、居住まいを正す。

 そうすることが生きる許しをもらう手段であるように。


「これ以上死体を増やす必要はない。 約束通り、俺の勝ちだ」


 口を開けっぱなしにした賊が首をかくかくと振ると、また右に倣えで誰もがうなずきを繰り返した。


「俺が勝った以上、お前たちには俺の言うことを聞いてもらう」


 賊の顔に涙が浮かんだ。 やはり死は避けられないのか。

 そんな嘆きがありありと見える。


 さて、これが安心させることになるか、はたまたより深い恐怖を刻むことになるか。 どちらでもいいことかもしれない。


 シュウは落ちていた鞘を拾って剣をしまうと、破顔して言った。


「この男が死んだことによって、今日からは俺がお前たちのボスをやることになった。 これから先は、俺の為に働いてもらおう」


 若者たちが、シュウを見る。 どう思っているのかシュウには分からない。 多分、奴ら自身さえ分かっていない。

 そっと右手をかざした。


 今、太陽はシュウの背にある。


「俺はあのハゲ親父とは違う。 お前たちはもう、何も考えず暴れ回るだけで生きてはいけなくなる。 慣れない仕事が辛い時があるかもしれんし、死にたくなるほど怖い仕事を任される時も来るだろう」


 かざした右手を振り上げ、拳を固く握る。

 そのまま握り拳を胸の前に下ろし、シュウは吠えた。


「だが! 折れずについてくればお前たちは必ず幸せになれる! 腹いっぱいにめしを食えるし、いい女を嫁に取れる! もう誰にもお前たちを馬鹿にすることは出来なくなるっ!! ……俺の子分になって良かったと、お前たちに思わせることを約束するぜ!!」


 さあ、応えろ。


「……しら」

「なんだ! 聞こえねぇーなぁ!!」

「おかしらぁーッ!!」

「一生ついていきます、あんたがおかしらだぁーっ!!」


 決着はついた。

 若者たちが、シュウを仰いで吠え返す。


「俺はシュウだ! シュウ様と呼べいっ!」


 シュウ様! おかしらぁ! 殺さないで、死にたくない!!

 物覚えのいいやつ、悪いやつ、話が飲み込めていないやつ。

 違った顔の男たちが、揃ってシュウを主と見定めた。


 死すべき者を殺め、生かすべき者を心強い仲間に変える。

 これこそが、思い描いた完全勝利だ。


 シュウはしっぽを翻し、後ろを向いた。

 たったそれだけのことで、歓声が背を押す。


 視線の先に立つ二人の仲間に向かい、手を上げて笑いかけた。

 クリクは生気の抜けた顔で佇んでいる。 さっきまでの賊と何ら変わりない呆然とした姿だ。 らしいといえば、実にらしい。


 隣に立っているカイナは、腕を組んでシュウを睨んでいた。 その表情には何の驚きもない。 蜜柑色の前髪の奥で、真紅の眼が鋭く光っている。 上目遣いの眼差しは調子に乗るなと注意しているようで、どこかのんきな憤りに満ちていた。 魔剣を握ったシュウが勝つことなど、彼女にとっては至極当然だったのだろう。


 カイナ。 長耳の鍛冶師。 青銅を終わらせた魔法使い。

 この世に神々が実在するというのなら、その配剤を少しは認めてやってもいい。


(神よ。 俺はこいつと出会う為に今日まで負けまくってきたんだな。 そしてこいつは俺を知る為に、ここでずっと待っていた……)


 偶然にして僥倖なるこの出会いを、決して無駄にはしない。


      ◆


 ――シュウ・ヴォクン・オミ。

 千年の時を十年で駆け抜け、万人の夢を億の幸福で叶えることを願った男。

 魔王の覇業は、この日より始まった。


(第1話『魔法使いの剣』了)

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