表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
煩悩な日々  作者:
6/6



「ゆうちゃん、おはよう!今日は雨だね」



今日は一緒に登校する日ではないが、駅から出たとこで今日も今日とて弾けんばかりににっこりと笑う彼女に会えた。

今日はいい日だ。



梅雨に入って、近頃は雨の日が増えてきた。

そう、ちょうどこんな感じだった。彼女と出会ったのは。



「今日は傘、持ってるんだね」



ふふふ、と声を漏らす彼女も思い出していたらしい。

同じ思考をしていたことに胸が暖かくなる。





入学して間もない頃。

家の方は1日晴れの予報だったけれど、どうやらこっちは朝からずっと雨の予報のようで、駅の改札から出たところでどうしようかと立ち往生していた。


地元は県境のため、中学までの癖で隣県の天気予報を見ていた。高校は都心にあるのに。



新品同様の服を雨に濡らしたくないが、コンビニで傘を買うほどの雨でもない。しかも、学校のロッカーには置き傘がある。帰りまで降っててもそれがあるし。



よし、走ろう。

走りやすいように鞄を持ち直していたその時。



「佐久くん、おはよう。今日は雨だね」



後ろから聞きなれない声に呼び止められた。たぶん、同じクラスの女子。

まだクラスメイトの名前も顔も、前後左右の席の人ぐらいしか覚えていなくて、微笑みながら挨拶をしてくれたその子のことも申し訳ないけれど記憶にはない。



「あー、えーと、おはよう」

「クラスメイトの時任だよ」

「あー、すまん。俺は佐久」

「知ってるよ」



クスクス、と笑われる。

そりゃそうだ、さっき呼び止められたじゃないか、俺。

てかなんか俺コミュ症っぽい、恥ずかしいな。


居たたまれなかったので早くその場を去ろうと、じゃ、と声をかけて再び鞄を持ち直す。



「佐久くん」


今度はなんだ、と思いながらも時任と名乗ったクラスメイトに顔を向ける。



「傘、ないなら入ってく?」


言われたことを理解するまでにタイムラグが生じ、すぐに反応ができない。



「適当にひっつかんだらお父さんの傘だったから。随分大きいし、佐久くんと私なら充分入ると思うよ。」



彼女はバサッと、渋い色の、確かに大きめの傘を開く。


いや、サイズの問題なのか。

出会って数日の男女が、いくらクラスメイトだとしても相合い傘をするのはいいのか。



「誘っといてなんだけど、私が持つと佐久くんの頭ぶつかっちゃうと思うから、持ってもらっていい?」



ずずい、と差し出されたものを思わず掴んでしまった。



「さあ、レッツゴー!」


と、鼻歌でも歌い出すんじゃないかってくらいに楽しげにしている彼女を見たら、まあいっか、って気分になって。



幸い、早い時間だったため知り合いに見られたりすることもなく、平和に学校に着いた。



歩いてる間、彼女は喋っていた。

そらもうずっと喋っていた。


俺は、寄らないと濡れてしまうけれど、くっついていいのかわからず微妙に距離をとり…ということに終始気をとられていため、「へー」とか「そうなんだ」ぐらいしか言えなかったけれど、特に気を悪くする様子もなく、ずっと楽しげだった。



「入れてくれてありがとう。助かった」



靴を履き替え終えた彼女に傘を返す。

小降りにみえた雨は意外と強かったらしく、外縁側に回してくれていたのだろう彼女の鞄は結構濡れてしまっていた。

ひとりだったらそんなこともなかったのだろうと思うと申し訳ない。



「こちらこそ、無理に入れちゃって、しかもずっとうるさくしててごめんね」



傘にいれてくれたことは親切以外の何物でもないし、ずっと喋っていたのも、気を遣ってくれたのだということは流石にわかる。


その上、こっちが気にしないようにこう言ってくれているのだろう。




なんだこの子、天使か。




「時任さん」


ん?とこくびを傾げる何気ない仕草が、もう可愛く見えて。

しかし、呼び止めたはいいが何を言ったらいいのか分からない。



「…これからよろしく」



なさけないながら、口をついて出たのは無難な言葉。

それだけなのに。



「うん!よろしくね!」



と返してくれた彼女の笑顔は、さっきまでの微笑みとは違くて、弾けんばかりのとびっきりの笑顔で。



骨抜きにされるというのはこういうことか、と思った瞬間である。





それが俺と彼女の出会い。



「ゆうちゃん?行くよ?」



彼女はすでに傘を開いていて、動きを止めていた俺を不思議そうに見つめている。



「あー、やっぱり今日は傘忘れた」

「どうしたのゆうちゃん」



その手に持っているのは何かと視線で訴えている。



「困ったなあ。そこの優しくて親切で可愛いあかねさん、入れてくれたら助かるなあ」



俺の意図が伝わったのか、もー、と言いながらも頬を染めて、傘を傾けてくれる。



「この傘、お父さんのじゃないから小さいよ?」

「大丈夫」



今は、二人の距離に戸惑うことなんてない。



「ほら、こうやってくっつけば」



濡れないよ、と抱き寄せた彼女に囁く。


えへへ、と笑いながら彼女からもピッタリくっついてきて。



あの日と違って、彼女はほとんど喋ることなく静かにしていて。

だけど、この穏やかな空気が心地よい。




出会ってから一年以上経つけれど。

俺の彼女は毎日可愛い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ