煩悩にあてられて
今回は友人視点。
いつか、この子の話も書いていってあげたいなあ。
シュガーレスなので物足りないかも知れませんが、ご容赦ください。
「ゆうちゃん、お昼いこう!」
四時間目終了のチャイムが鳴っていくらもたたないうちに、二人で食べるお弁当が入っているのだろう包みと満面の笑みを携えて、いつもの彼女がやって来た。
いつもといっても、この時間帯に来るのは週一回だけだけど。
この学校は委員会活動は基本昼に行われ、放課後は部活に勤しめという方針なので、執行委員会(いわゆる生徒会てきなやつ)と文化祭実行委員(何故か年中仕事がある)に所属する彼女こと時任あかねはいつも昼休みは忙しそうにしている。
今彼女のもとへにやけた顔をして小走りで向かっていった彼氏のほう、佐久優介は、彼女ほどは忙しくはしていないが、所属する図書委員会の貸出係の当番や会議、部活の用事などで教室にはいないことが多い。
私、小早川奏はあかねと同じ管弦楽部で切磋琢磨する友人であり、佐久とは中学からの腐れ縁である。
いちおう環境委員会というものに属してはいるが、会議は月イチだし、活動も放課後気が向いたときにビオトープの雑草を抜いたり掃除したりするだけなので、昼はほぼフリーだ。
それをいいことに、あのカップルは私を体のいい伝言板代わりにする。
佐久からよくお願いされる、「もしあかねが来たら昼練って伝えといて」とかは全く問題ないが、あかねからの、「クッキー焼いたからゆうちゃんと食べて」とか「借りてた本返しておいて」とかは若干困るのだ。
「奏と佐久くんって付き合ってるの?」とたびたび聞かれる原因がそれだから。
私が作ったクッキーを食べ、私と本を貸し借りしてるように見えるらしい。
私は佐久を恋愛対象として見たことは一度もない。
というか、あかねと付き合いはじめるまでの佐久はあまり表情がなく冷たい感じがして、どちらかと言えば苦手だった。
今は彼女煩悩で少女漫画みたいなセリフを恥ずかしげもなく口にすることも、表にはでないけど実は感情の起伏が激しい負けず嫌いであることも知ったので、苦手ではなくなったけど。(むしろアホなやつだと思ってる)
一度、携帯で連絡とりなさいよ!と反抗したところ、「委員の仕事やら部活やらしてるのに携帯なんか見ないでしょ」という正論を返されたので、甘んじて伝言板を担っている。
以前あかねに、私と佐久が付き合ってると思われたら気持ちよくないんじゃ、と尋ねたら、「周りなんて関係ないよ。私はゆうちゃんしか見てないし、…ゆうちゃんは私しか見てないもん」とポッと頬を染めながらのろけられたので本人たちは全く気にしていないのだろうし。
勘違いされてたら私に彼氏ができないじゃないか、と思わないでもないけど、「勘違いしてそれだけで諦めるような輩には、それだけの愛がないってことだよ」というあかねの言葉ももっともだし、なにより彼氏が欲しいかと言われると別にそうでもない。
二人を見ているせいで、どうせ付き合うなら…とどんどん高望みになっている気がする。
きっと私の春はまだまだこない。
それでもいいんだ、私は管弦楽部の部長として充実した毎日を送っているんだから。
「かなちゃん、ゆうちゃんにノート返しておいてー!執行部行ってくるからお願い!」
「おっけー」
今日は二人は忙しいようだ。
「ん?」
渡されたノートには、化学Ⅰ時任あかね、と書かれている。
返しておいて、というのはちょっとおかしい。
というか彼女は今日の五時間目が化学ではなかったか(昨日の夜に問題が分からないから明日の五時間目までに教えて、と連絡があった。結局その場で電話で解説してあげたが)。
仕方ない渡しに行くか、と隣のクラスを訪ねて気づく。彼女はいま執行部だ。
まあいい、机の上に置いておけばわかるだろうと、教室に入る。
あかねの隣の席の男子がいたので、いちおう伝言を頼んでおくか、と顔を向けると目があった。
驚いて一瞬言葉に詰まると、向こうから話しかけてきた。
「時任さんのノート?もしかして、佐久からかな」
事情通っぽい。このクラスの私のような伝言板なのだろうか。
向こうもこちらに同士に対する目を向けている気がする。
「うん、そんな感じ。このクラス、次化学ですよね?」
「うん」
「そか、ならよかった。あかねったら、他のと間違えたのか自分の化学のノート持ってきて。昨日の夜一生懸命問題解いてたのに」
「時任さんらしいね。ちなみに問題って、教科書の章末のやつ?」
確かそう言っていた。
このクラスの化学の担当の先生は授業中の指名で答えられると加点式に成績がつくようで、予習が欠かせないらしい。
「俺、あれわかんないのあったんだよねー。友達もみんなできてないみたいで。時任さんできたのかなあ、すごいなー」
あかねは化学は苦手らしいが、頭は悪くないので一度自分の中に落とし込めてしまえば人に説明もできるだろうけれど。
執行部から帰ってきてからだと五時間目には間に合わない。
「よかったら、教えましょうか?」
「まじか、助かる!今日出席番号的に当たりそうだったんだ!」
くしゃりと笑いながら教科書を出してここなんだけど、と人懐こく聞いてくる彼はなんだかあかねに似ていて。
できたー!!!と喜ぶ姿は、身長もありどちらかと言うとがたいのいい彼には失礼かもだけど、なんだか可愛い。
クスリと笑ってしまった私にキョトンと目を向けられ、しまったと表情を引き締める。
あのさ、と切り出す彼はなんだか真剣な顔をしていて。勘にさわってしまったかと内心慌てる。
「俺、柊一樹」
そういえば、お互い名乗ってすらいなかった。
「小早川奏と申します。いつもあかねと佐久が、お世話になってます」
「いえいえこちらこそ。それで、ものの相談なんだけど。これからは俺もお世話になっていい?」
「…はい?」
どういうことだろうか。
「えと、俺も友達も化学苦手で。小早川さん説明上手だったし、よかったらまた教えてほしいなー、と」
このクラスは文系の生徒が多い。きっと柊くんも友達もそうなのだろう。
しかしカリキュラムには文理関係なく物化生地が入れられているので、困っているに違いない。
「いいですよ、あかねに教えるついでみたいなものだし」
では、あかねにノートをよろしくお願いします、と教室をあとにした奏には、ついでかあ、と肩を落とし友達に慰められる柊の姿は見えていなかった。
彼女に春が来るのもそう遠くはない。