王の力編ー陸の王者ユピテルー
陸の塔に辿り着くとそこには、16武集が入り口を塞いでいた。
「我ら16武集がいるかぎりユピテル様には指一本触れる事は出来ぬ!」
誰かが叫ぶと、一斉に剣や槍、弓を抜き総督に剣を振るっていく。
総督は顔をしかめ、手を剣に添える。
「落山………」
思いきり剣を引き抜くと、透明の道が、16武集を包み込み重力の塊が押し潰していく。
1000kgを軽く越す超重量は並の人には耐えられない。
恐らく、いや、確実に総督の敵はユピテルしかいない。
最強のしもべ4武集である、四天王でさえ総督には全く歯が立たないのだ。
武神として崇められた、最強の男は、ユピテルの軍隊を軽々く突き抜けていく。
塔の中に入り、次は8武集が一人ずつ押し寄せて来る。
が、やはり、敵では無かった。
「落山……………落山……………落山………」
重量の塊が、荘厳な陸の塔を跡形も無く崩していく。
階段を駆け上がり、落山で壊していく。
下から上から、武集が総督を攻めてくる。
下の者は落山で崩した階段の餌食になり、上の者は総督に軽くかわされて剣に刺されて死んでいく。
破竹の勢いで、陸の塔を登ると、まだ上はあったが大きな広間が現れた。
四つの穴の中から、四天王が出てくる。
「この穴のどれかが、上の階に繋がっている。外してしまうと、この塔は屋根から崩れ落ちるだろう。」
真ん中に立っていた男が言った。
その隣に、先程、ユピテルを頑として守っていた図体のでかい男が待ち受けていた。
右端には、巨大な斧を持った、少し小柄だがしっかりとしたがたいの良い男が鎧を纏って総督を睨む。
左端は、手の甲に鋼鉄の金具を取り付け、指を動かす度にギリギリと音を立てていた。
最初に喋った男は、鋭く尖った、一見直ぐに折れそうな見た目の変わった剣を所持し手首を器用に回し、やがて総督に向けて剣先を突き付けた。
隣の図体のでかい男は、弓を抱えている。
援護、接近、破壊、俊敏、四天王とはそれぞれの武器を持って、皆が皆、絶対の自信があるのだろう。
さっきまでの16、8、武集も勿論世間的には、最強の武装集団だったろう。
しかし、この四人は、その中でもずば抜けて強い。
数十分前に見た彼らは、準備不足といった所だろう。
それでもやはり、総督に敵うような滲み出る強者では無かった。
弓を持った男が、4本の矢を一度に放った。
弧を描くように、綺麗に縦に四つの矢が総督目掛けて降り注ぐ。
が、樹力でその弾道を読み取り、右側へ避けると一足飛びで跳ね上がり剣を降り下げ落山をかます。
落山の重力で総督は飛びはしたが直ぐに真下に落ちて地面を自分の体重ごとえぐる。
真ん中に立っていた弓と細剣の男が落山の重力を避ける。
総督が右に避けた所へ、巨大斧を持った小柄な男が、ブンッと、その身体では有り得ないような強烈な一撃をぶちまけた。
重剣山越でそれを防ぐが、普通なら剣と斧では相性が悪く、剣の方が軽く折れてしまうだろう。
しかし、山越はその重さを自在に山の標高と同じだけ重さを変えられるだけあってその固さは並のそれでは利かない。
そして総督自身、山越の超重量を持ち上げる腕力があるので、いくら強い斧の一撃であってもそんなものは、蚊を手で弾くようなものだ。
片手でそれを防ぐと、そのまま落山で、斧の男をねじ伏せた。
残り三人。
またも、矢が四つ弧を描き飛んでくる。
総督は落山を繰り出し、防ぐ。
落山を繰り出す度に、総督は地面をえぐっている。
剣の重さに身体も反応し耐える為に踏ん張ると、地面がえぐられるのだ。
ふと左側を見ると、手に鋼鉄の金具をつけた男がいない。
目を閉じ、生命エネルギーを感じると、右に倒れている斧の男が、正面に弓を持った図体のでかい男、さらに正面にこちらへ走って来る細剣の男が向かう。
その全ては生命エネルギーであって、本人を写し出している訳ではない。
全部赤く灯る蝋燭のように光って見えるだけだ。
そして、金具の男は総督の真上を飛んでいた。
目を思いきり開けて、上を見ると、しかしもう遅かった。
ギリギリでかわしたものの、肩に金具の棘がささり、肉をちぎられてしまう。
しかし、前から迫っていた細剣の男の剣に合わせるように、金具の男の腕を掴み目の前に放り投げて、それに気付いた細剣の男はとっさに腕を止めようとしたが遅かった。
残り二人。
上からは弧を描き四つの矢が降り注ぐ。
それを巧みにかわしながら、細剣の俊敏な剣さばきを受ける。
この剣さばきは、後生に伝えられる、[フェンシング]というやつらしい。
ヒュンヒュンと音を立てて、総督を追い詰めるも、この技には敵わない。
細剣の身体に透明の道が出来、そのまま突き抜ける。
「落山、マシフ(4892m)」
横一閃に敷かれた透明の道の真下に向けて、4892kg重量の塊が落ちる。
細剣の男は無惨にも、体がへし折れて重力に耐えきれず真っ二つに裂かれてしまった。
残り一人。
「はぁ、どいつもこいつも。やる気あるんかのぉ。」
弓を持った図体のでかい男が、溜め息をついた。
「仲間は死を覚悟して望んでいただろう。その覚悟を背負い込める程の、貴様は度量があるんだな?」
男がニヤリと笑い、総督を見るがどこかそれは、降参しているようにも見える。
「あぁ。普段ならどうって事はないさ。どう見ても差が有りすぎる。違うか?」
「……。そう思うなら、止めるか?」
「いや、やるさ。だが、戦闘は向かんのでな俺は。守り専門だからなぁ。そこで、お前に聞きたい。出口はどこだと思う?見事に言い当てたら、見逃してやる。」
弓の男は、真剣に総督を見ている。
総督はしばらく考えて、弓の男がいた穴を指差した。
「あぁ。そう思うだろうなぁ。誰でもそうだろうなぁ。守り専門って言ってて、ユピテル様の護衛をしたのを見られているのに、上の階にいるユピテル様の道を守ってないわけがない。」
弓の男は、少しうつむき続けた。
「正解だ。信じられないなら、案内してあげようか?」
「興が冷めるな。こんな簡単なら何故戦う?それとも、何か他に策があるのか?」
「……………。ついて来いよ。もし、俺が行った先が間違った穴なら、この塔ごと崩れて壊れるって最初に言ったろう?まぁ、言った本人はもう死んじまったがな。」
総督は少し首を傾けて、弓の男の後をついていった。
最後の階段を上がる途中で、弓の男が話し掛けてきた。
「どうだ?崩れないだろ?正解って訳だ。」
「…そうだな。」
「……お前に一つ話しておいてやろう。……俺は予言者だ!」
予想もしていない答えに驚きはしたが、しかしそれほど重要な事でもなさそうだ。
予言と聞いて総督には、ペルクシムと呼ばれる蛮族と戦った時を思い出していた。
ー予言しよう。お前は死ぬ。必ず。ー
(死ぬ、か。考えた事も無いな。確かに死にそうだった時はいくらかある。だが、確実に死ぬ事を悟った事は一度もない。……予言……。)
「お前も今戦って分かったろう。俺たち[武集]は弱くなっている。さっきの四天王でさえあれは新入りだった。俺を除いて武集結成当初からいた面子はいない。皆死んじまったよ。それを予言していた。ユピテル様には言わなかったさ。多分信じて貰えないだろうからな。いや、仮に信じて貰ったとしてもユピテル様一人いれば、全く問題無かった。」
弓の男の名は「ノストルドム」と言った。
代々、未来を予言してきた一族の生まれでその力は一生に100回しか使えないらしい。
何故100回しか使えないのかは諸説あるが、とにかく今ノストルドムは総督に向けて最後の予言の力を使うと言ってきたのだ。
それを使ってしまえば、彼は、視力を失うのだ。
永遠の闇を見続けて、ここがどこかも分からぬ最悪の闇を見せられた後、その記憶さえ無くなってしまう。
だから、ノストルドムの一族は今まで、世間に名前があがる事はなく、知る人ぞ知る、幻のような存在であったらしい。
「俺はユピテル様を守る為、この世に生を受けた。そして、ユピテル様の未来を見守る為、ずっとお側に寄り添っていたんだ。だけど、彼の未来を見る度に、仲間が減っていく。減っていく度に新たな仲間を増やしていく。減っては増え、増えては減っての繰り返しで、俺はもうユピテル様の未来を見るのが怖くなったよ。見れば見る程、あの人の凶悪の部分が露になる。ユピテル様を守る為に生まれてきた俺にとって、そんなユピテル様を見るのは嫌だった。」
ノストルドムは一息置いて、深く深呼吸してから言った。
「ユピテル様は………仲間を次々に殺していくんだ。俺たち武集の長、[武長]はまだいい、実力があるからだ。だが、武集達はまだまだこれからを担う子供みたいに、無邪気な奴らばっかりだ。どんどん人員を入れ換えるからそりゃ若い者が育たない。その若者を役に立たんからと言って次々に殺していく、そういう未来を見て、俺はもうどうすればいいのか分からなくなる。実力がなけりゃ殺される。どうせ殺すんだったらこんなに仲間を増やさなければいいのに。16、8、4武集合わせて、2800人の猛者達は武長を除いて全員、ユピテル様に気に入れられなきゃ殺されてしまうんだ。」
総督は幾度となくユピテルと戦ってきた。
勿論、武集とも戦い、勝利し、何度も自分の手下にしようともした。
その時は、龍牙打倒の為に仲間集めをしていた時だ。
ユピテル率いる武集を下に置けば随分戦力が上がり、戦も楽だと思ったからだ。
しかし、結果は剣山の圧勝に終わってしまったが、やはり武集の力は欲しかった。
何度も戦えば、何となく分かる相手の性格などを総督は一度も考えた事はない。
いや、考える必要すら感じなかった。
それにユピテルは強く、総督は一度も勝てた事がない。
それは修行中の劉師匠と争った時のように、軽くあしらわれただけだった。
そんな強いユピテルが仲間を一切信用せず、仲間を殺していくと聞いたから、総督は少し驚いた。
だが、かつての総督もユピテルと同じだった。
だから、ユピテルの考えは分からなくもない。
「そんな事を俺に言ってどうする?俺にユピテルを殺して欲しいとでも言いたいか?」
ノストルドムはしばらく黙り、総督を見ていた。
何か言いかけたが、直前で止めて、小さな声で囁いた。
「予言。ノストラダムス。」
そう言うと、ノストルドムの瞳が真っ青に輝いていた。
黒目も白目も関係ない。
目全体が青に光っていた。
「青い怪物。青い魔物。青い王を倒し、悪魔となる。我が王、ユピテルをのした後全ての王にとって変わるだろう。その後愛するものをも死に至らしめる。これから12年後、貴様は老衰で倒れるだろう。」
言い終わると、ノストルドムの体がボコボコと呻き出した。
玉のような何かが、ノストルドムの足から、腕から、顔から血が通るように、ボコボコと音を立てて、呻くと、それらは全て目に集まり、やがて血の玉となって外へ溢れ出した。
血の涙を流した後に、はっと、我に返ったノストルドムは不思議そうな目で総督を見つめると、首を傾げてその場を動かなくなってしまった。
その異様な光景を真に受けた総督は、予言もそうだが、今目の前にいるのはもはや、先に戦った四天王の一人、弓を持った男ではない、とはっきりと分かった。
最後の広間へ辿り着くと、大柄な男が、足を組んで、ドサッと座っていた。
掌を合わせて、ずっと誰かが来るのを待っていたかのように、目を閉じて集中していた。
座っているのに、その男は大きく、立ち上がれば、軽く総督の二倍はあるだろう。
頭上に上がっている、銀色に光り輝く丸い大理石が浮いている。
その大理石は、伝説の王の力の一つ、「陸の紋章」だ。
その銀色の輝きが、ユピテルの頭の上に神の頭光のようになり、見るものが見れば、その姿は神そのものだ。
やがて、ユピテルがゆっくりと、目を開けて、いや、半眼に目を開けて、どこともなくその先を見ていた。
風が彼の回りに集まっていき、足を組んだ体を徐々に浮かべていく。
1m程浮かび、ゆっくりと足を伸ばし、地に降りる。
組んでいた腕も外し、ゆっくりと腰の辺りに手を添える。
半眼だった目を完全に開けて、総督を見た。
その瞳は濃い緑色をしている。
いや、その身体でさえも緑色に光っている。
分厚い筋肉を持っているので、さしずめ、「緑色の怪物」だ。
どこかの神話に出てきた、緑色の怪物「ハック」に似ている。
陸の紋章を手にすると、身体全体から樹力を上げる事が出来るのだろう。
瞳だけではなく、身体まで緑色に染まるのは少し気が引けるが、しかし、その力を今総督は欲しているのだ。
「さぁ。総督。これが俺の本気だ。どうせ望んでいただろう。お前も全快で来い。」
ユピテルはこれから全力で戦うとは思えない程のかすれた声で言った。
これ程静かなユピテルは逆に奇妙に思える。
妙に冷静で妙に何かを見据えている。
冷気にも似たその真摯な姿は、緑色の怪物とはいえ、やはりこの一帯を統べる最強の王者としての風格がある。
総督は、樹力を上げて、濃い緑色に瞳が変色した。
そして、重剣山越を抜き、ユピテルに突き付ける。
「王の力。貴様には勿体無いぐらいだ。代わりに俺が、扱ってやろう。力ずくで。」
陸の王者対総督の戦いが始まった。