王の力ー陸の紋章ー
気付いた事は、初めて訪れた時には無かったモノが見えてきたことだ。
ゴツゴツと荒れた大地が延々と続いていると思っていた。
風を切り、地面を蹴り上げる馬に乗り、駆けていると岩盤だけでなく草原や、川、森、今まで無かった大自然が、男を迎えてくれた。
走りながら、また海を渡る方法を考えていた。
あの時の力がまたと使えるとは思えないが、試す必要はある。
もう一つの方法は、「樹力」を使い、海と風を操り渡る事。
しかし、そんな事をしたら「自然に返す」量を遥かに越えてしまい、死に至るかもしれない。
ただ、今までの戦いで樹力は切っても切れない力だ。
重剣山越の超重量を軽々持ち上げる為には、樹力を限界まで毎回上げて、同時に自然に返す作業も行っているので、並の樹力使いよりは遥かに自然を扱える。
総督は、龍牙の戦士3500人をたった一人で、12時間休みなく殺し続けた事もあるぐらいに体力も、常人よりも遥かに上回る。
それでも、海を操るのは相当な負荷がかかるもの。
人が、海へ入り魚のように自由自在に動けないように、樹力をあげて自然を操り自身の力に変えたとしても、海だけはやはり特別なのだ。
この世に始めに生を受けただけのことはある、「海」。
一般的には、大地が生まれ、海が生まれ、各地に大自然が生まれると、生命が生まれ、人間が生まれた。
それらは、この世界を創ったと言われる創造神話の一説に過ぎない。
創造神話の中で、海は生命を産み出した、源として人々は、特に信者の者は、毎年、海に感謝を捧げる儀式を行うものも世界中で当たり前のように存在する。
それほど神聖な海を、いくら自然のものとはいえ、樹力使いと言えど、海を操ろうとは決して思わないのだ。
が、総督はどの神話も信じておらず、宗教関連は何も興味も無かった。
強いて言えば、総督は史上初の「神官の考え(サケルドーサー)」だとも言われる程だ。
ゲーラ一族最速馬「カンケツ」に乗り駆けていると、樹海の側に一人の男が立っていた。
見覚えがある。
銅色の鎧を纏い、鋼の肉体に骨張った体つき。
腕は四本あり、手首に銅の籠手をつけている。
彼の後ろ姿を見て、相当の戦を越えてきたのだろう。
酷く傷だらけで見るに耐えない程の生々しい傷跡が見える。
カンケツに止まらせるように指示を出し、男の側に駆け寄る。
それに気付いたのか、男が総督に振り替える。
「よぉ。総督。会いたかったぜ……」
声はかすれていた。
風が強くてうまく聞き取れなかった。
二人が目を合わせると同時に、樹海がざわめき揺れた。
アスラ。
その男と、二年前、半年間一緒に過ごしたのを総督は鮮明に覚えている。
少し間が空いた。
すると、アスラは総督に飛び掛かってきた。
「シャァァァァァァ!!!!!」
雄叫びをあげて、アスラがその四本の腕を巧みに使い殴り付ける。
×の字のように、右腕上は、雷を、左腕下もまた雷を纏う。
左腕上は、風を、そして右腕下も風を纏い、それぞれの腕を交差させながら、総督にかかるが、総督は一瞬で樹力を上げて、風と雷を受け流す。
喰らうダメージはアスラの元々何もかかっていないただの拳だけが、総督がガードした腕に響く。
「その目‼その目だ‼さぁ!総督‼もっとだ、もっとやろう!」
アスラは吠える。
吠えては、殴る。
四本の腕で、殴る、吠える、殴る、吠える、殴る、吠える。
総督はとっさに飛び退き、今度は剣に手を添える。
「落山……シャスタ(4322m)!」
透明の道が一直線に、アスラの胴体を捉える。
その瞬間に、重力の塊のようなものが道を通って、アスラに直撃する。
「道」
落山は、普通は、重剣山越の柄の部分から剣先までを単位に、そこから指定した山(フジ、エベレスト等々)の標高と同じだけ、透明の道のようなものが出来、そして山の標高と同じだけ重さも変わる技だ。
だが、それでは広範囲過ぎるので、剣先から道を作り、一直線にその山の標高と同じだけの重さを投げ付ける事が出来る。
技の名は、「落山 道」。
アスラの胴体に4322kgの重さが、飛び込む。
だが、常人ならあっさりと体がへこみ、突き破り真っ二つに裂けてしまう。
しかし、アスラは血へどすら吐かず、ただ後ろへ飛び退いただけだった。
「何だそりゃ?はぁ……はぁぁぁ…………」
アスラは深く深呼吸をした。
「随分重たいのが来たな。初めて見る。総督、お前隠してやがったか。その剣、気にはなっていたが、一緒にいたとき使おうともしねぇんだもんな。」
「それは、お互い様だろ。雷と風を操れるとは知らなかった。それに、今飛んだな?」
「ははは。バレたか。両足にも風を集めて飛べるんだぜ?まぁつっても、高く、飛び上がるだけで、実際に鳥になった訳じゃねぇ。」
総督は剣を納めた。
樹力も下げて、元の黒い瞳に戻る。
それに気付いたのか、アスラも腕に纏っていた雷と風を消した。
アスラが何故、こんな樹海で彷徨いていたのは、龍を探す為だと言う。
その龍は、アスラの師匠とも言われる「インドラ」が一番最初に狩った獲物だと言う。
それ以降もインドラは、全タウンを回り、伝説の「12の聖地」を完全に制覇した唯一無二の大偉業を成し遂げたのだ。
さらに、ヒールタウンで行われる世界最強決定戦「クライムエンドファイト」100連勝の功績もあり、400年生きている人間だ。
それからインドラは、一般的にこう呼ばれるようになる。
「世界の王」
陸、海、空の紋章を持つ、王達の名など、霧のように小さく霞む。
それほど、恐ろしく強かったインドラは、数年前に「最後の聖地」と言われ、神々がそこに棲むと噂の「オリュンポス山」(27000m)を世界で初めて登りきった、最大にして最高の偉業を、世に知らしめた。
そして、インドラの唯一の弟子である、アスラはまだ駆け出しだが、かつての師匠に追い付く為、厳しい修行をし、ここ「獅子の森」を抜けて、龍神山を登り、龍神を伐つのを夢にしていたのだ。
「総督……この二年お前の中で何があった?俺の瞳が節穴じゃなけりゃ、以前より生にしがみついている気がするな。それとも……………」
アスラが言いかけた所で、総督が視線を反らした。
アスラがニヤリと笑うと、その首を樹海の上にそびえ立つ龍神山に向ける。
遠くに見詰めるその視線の先には、獅子の面をした竜が飛び交っていた。
「インドラ……………」
アスラは小さな声で囁くと、総督をチラリと見て一言放つ。
「よく、呪いに耐えて生きてたもんだ。お前の目的は知らねぇが、今度あった時は敵同士だ。容赦なく殺しに行く。俺に殺されるまで、死ぬんじゃねぇぞ?」
「…………そのまま、お前に返すよ。」
総督はカンケツに跨がり、アスラの側を横切る。
アスラはそれを、背中で見ていた。
二人は、同時に呟いた。
「さらばだ!」
半日間、カンケツを走らせ辿り着いた場所はかつて、総督がこの地に足を踏み入れた崖の上だった。
月が真上に迫る頃だった。
ハイベストを名乗った奴等のいた土地は、荒れ狂っていた。
あの時の奴等で一族全員という訳ではないだろう、が、そこにはもう人っこ一人見当たらなかった。
急いで作ったであろう、木の船の残骸が転がっていたのを目にし、その船でもしかすると、遥か遠くの地、この方向ならクールタウンへ渡ったのだろう。
光を操る彼らであっても、常人には信じがたい行動である。
タウンからタウンへ渡ろうと考えるどころか、他のタウンなど存在しないとも言われているこの世界で、小さな木の船だけで渡ったと言うのだから、ハイベストを名乗った奴等の度胸は凄まじい。
さて。
それはそれとして。
問題はここから、どうやって海を渡るかだ。
総督はおもむろに、重剣山越を取りだし、地面に思いきり突き刺してみる。
だが、思った通り、前のような力はでない。
仕方無く剣をおさめ、ずっと向こうを見詰めて深く深く深呼吸をした。
「多少、命を削ってもいいか。やるしかない。」
総督は小さく言うと、カンケツを逃がした。
カンケツは風に乗って、遥か先にある、ゲーラ一族の元へと帰っていく。
総督は目を閉じ、意識を集中させる。
風が、大地が、海が、総督の体を突き抜けていく。
あらゆるところから、自然を掴み、樹力が上がっていくのを感じた。
普通なら、精々輝くといっても瞳が緑色に灯るだけだったが、総督は全身から緑色に発光していた。
ホタルが尾を光らせるように、総督は全身から真緑に輝きを放ち、それに呼応するように、風が総督に巻き付き、激しさを増していく。
海がこれ以上にないぐらい、荒れていたのに、総督の目の前だけが、恐ろしく静かに、ここを通ってくれと、言わんばかりに道を作る。
恐らく、常人の樹力使いならこの時点で、硬直し自然に力を返しきれずそのまま発光したまま死ぬだろう。
だが、そこはやはり総督は違う。
[武神]
総督の強さの所以はそれだけで充分だ。
地面が、男を突き上げて砲台のように構える。
爆風が、彼を月夜に飛ばす。
そして、海が捕まえて、引きずるように、突き放す。
月の満ち欠けによる、海のうねりも関係なく、総督は樹力を使い、船でもここまでの速度は出ないだろう。
総督はもう一度、タウンからタウンへの道のりを、見事に渡って見せたのだった。
史上最大級の津波を起こしながら、クールタウンの岸辺を貫き、家々をことの見事にぶち壊しながら、その男が彼を、抱えなければ総督は恐らく波に身を任せ即死だったろう。
いや、それよりもこの津波に仁王立ちでしかも、爆風と巨大津波と共に押し寄せてきた、総督を軽々と両手で掴みあげた、この男は以上な程の神体とも言える身体を持っている。
「おいおい、随分壊しまくったな。津波と一緒に来るとは、お前は海神か?」
総督を拾ってくれた男は高笑いしながら、抱えている。
「よぉ。助かった。礼を言うよ!」
総督が言った瞬間、重剣山越に手をかけて、男のはらわた目掛けて切りつけた。
「うおっ!」
男は間一髪で総督を投げ飛ばし、後ろに飛び退くが、腹に、一閃喰らってしまった。
それを見ていた、彼の仲間だろうか、四人が総督に向かって槍や、弓を射つ。
「ユピテル様ぁ!」
四人の内、一番図体のでかい男が、ユピテルの前に大の字になり守るように立ち塞がる。
残りの三人は、総督にかかる。
四人とも全員、瞳の色は緑色に変色していた。
しかし、総督は臆することなく、素手に持ち替え、三人を圧倒する。
樹力使いというのは、総督には分かりきっていた事だが、総督程樹力を扱える者はそうそういない。
いても、それは死を恐れずに自然に委ねてしまい、暴走してしまった者だけだろう。
そんな男の相手をするまでもないが、そんな男は今目の前にいる三人には、存在しない。
30秒もかからない内に、ユピテルを守る為に現れた四人の内三人は、呆気なく倒れ付した。
ユピテルの前に大の字で立ち塞がる図体のでかい男を除いて、総督は、剣先をユピテルに向けた。
「ガハハハ。随分じゃないか。いやぁ。全くいい気分だよ。」
ユピテルの頭上に一際銀色に輝く、丸い大理石のようなものが浮かぶ。
[陸の紋章]
ユピテルが最強である所以は、紋章の力、つまり、陸の王の力を操れるからだった。
「ガハハハ。海神のように突如現れた貴様は生かしちゃおかん。仲間の栄誉もあるんでな。しかし、総督………」
「生きておったか!貴様って奴は!!」
ユピテルの顔は気持ちがいいぐらいに、清々しく笑っていた。
腹についた、切り傷など既に忘れたかのように頭上に銀色に輝く陸の紋章を控えながら、総督に向けて喜色満面の笑みで豪快に笑っていた。
「はぁ………はぁ……………ユピテル、お前のその力、この武神たる、俺が!奪いに来た!」
総督はユピテルを睨み付ける。
ユピテルの前にいる図体のでかい男には目もくれずに、ユピテルだけを睨んでいた。
「ガハハハ!あぁ。いいだろう‼貴様の頼みだ!受けてたつ!いつもの場所で会おう。決着をつけてやる!!!」
ユピテルは風に乗り、彼の本拠地である、「陸の塔」へ図体のでかい男と共に飛んだのだった。
総督は追い掛けるように、走り抜けた。
鬼の形相で、豪快に笑うユピテルを追い続けた。