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Zero[外伝]  作者: 山名シン
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別れ

(ペルクシム)と呼ばれる蛮族と戦った日の夜、総督は彼の名を伏せて、ゲーラに尋ねた。

暫くの間、この村を留守にする事だけを告げた。

ゲーラの戦士達を守る為に、再びクールタウンへ戻る決意を露にする。


「突然ですね。総督様がそんな事をおっしゃるなんて思いもしませんでした。」

ゲーラは、総督を見ようとしない。

そっぽを向いたまま、話を聞いて、そっと呟くように言った。

まるでそれを予言していたかのように、ゲーラは総督の言葉をすんなり受け入れたのようにも見える。


「この村はどうするのですか?貴方の力なくしては、きっと諸族がすぐに攻めてきて、村は支配されるでしょう。」

「そんな事はないさ。戦士達は皆強い。指導者一人欠けた所で、弱くなる軟弱者はここにはいない。皆、俺が認める良き友だ。」

総督の声には少し、力がなかった。

夜中だからか、小さな声で言った。

ゲーラは何もこたえなかった。

何となく、ソワソワしているゲーラを見て総督は思わず心が痛む。

「ゲーラ、一つだけ問う。君は俺に、生きてて欲しいか?」

無意識に出た言葉だった。

今まで、百戦錬磨で勝ち誇ってきた総督に今さら、死ぬ事は怖くない。

しかし、それでも一人の女の為に、死ぬ事は出来ないと、この頃思えるようになった。

ずっと戦いしか無かった総督に初めて出来た憩いの間。

この場所を汚したくはない。

このままでいれるなら、それが一番良いに決まってる。


だが、総督は所詮戦いしかないのだ。

その手を汚してしまった頃からもう、総督は逃げられない。


[戦いの為に生まれ戦いの為に死ぬ]


これが総督の運命だ。

「武神」としての使命。

そして、総督自身それを望んでいた。


心のどこかでずっと。


ゲーラの答えはなかった。

ずっと静かに泣いている背中を見て総督は、何も言わず外へ出た。

次の日の早朝、総督はゲーラ一族で育てている最速馬「カンケツ」に乗って、ゲーラの村を出ていった。


総督が出ていってすぐに、ゲーラは、つわりに襲われる。

ゲーラはこの日、妊娠した。


総督が村を出ていき三日、トリムールゲーラの予想通り、村に盗賊やら、謀反やらが沸き起こった。

それらは、全て支配下に置いた異民族の人々で彼らは元々ゲーラ一族を認めて傘下に着いた訳では勿論ない。

かつて、ウォールタウンのおよそ半分近くゲーラ一族が支配していたその村は、都市になり、都市は国になろうとしていた。

総督達が村と呼んでいる場所は、「ウォールの尾」と呼ばれる南東にあたる出っ張った部分だ。

すぐに反乱を抑制しようにも、大きすぎる支配地についていけず、段々と独立を確保する一族が多岐に渡る。

ここから、ゲーラ一族は衰退期に陥る。

総督の右腕である、ミスラや、サオヤン、イマも部隊を連れて裏切り者を征伐するため出向くも、その先で命を落としてしまう。

皆、総督が必ず帰る事を信じて疑わなかった。

総督を慕う、村人や戦士は、「トリムール様のお婿になられた方。このゲーラの繁栄に最も貢献してくれた方。何よりも民の事を一番に考えておられた方。必ず我らを救ってくださる。」と、口を揃えて願い続ける。


善の神アフラマズダの教えでは、途絶える事のない闇が永遠に続こうとも、必ず光を照らす者が現れる。

光を照らす者、「救世主」が現れて、この(ウォールタウン)を平和に導き光を灯し続けるだろう、と。

その救世主がまさしく、総督だった。

総督がいなくなったのは、見捨てられたのではない、新たな光を集めにいったのだ。

もう少しの辛抱だ。

もう少しの辛抱で、また明るい村が甦る。

ゲーラ一族の民は皆、そう信じて、総督が帰ってくるのを待った。

失われた大地を取り戻し、かつて共にいた、元の広大なゲーラ一族を戻してから、いつでも戻ってこられるように見慣れた景色のまま。


トリムールゲーラは、聖塔「ブラーク」の頂上で、かつての景色を見ながらゲーラ一族が徐々に崩壊していく様を毎日のように見ていた。

それと共に、大きくなっていくお腹を支え、ブラークの階段を上がるのがきつくなっていくのを我慢し、毎日毎日、頂上へ登る。

まるで何かにとり憑かれたように、頂上から景色を眺めるトリムールを見て、民まで何かにとり憑かれたかのような、いつもしていた事と全く同じように、毎日毎日、[生け贄]を捧げるのだった。

これは一年に一度でいいのだが、毎日行うのは「(生け贄は)いつでもいい」という条件なので毎日行っているように見え、回りから見れば奇妙に見える。


元々、異端な一族として蔑視されてきたゲーラ一族は、このように毎日のように行われる生け贄が原因でそう呼ばれていた。

誰かが死のうと、金を払わず物を盗ろうと、ただひたすらに生け贄を行うその様は、奇妙としか言いようがない。

生け贄の特権で得た権力は、誰を殺そうとも罪に問われない事。

故に、ゲーラ一族には警察のような秩序がない。

いつ、誰が、どこで何をしようとその者は生け贄の特権獲得者で、その為に自らの命まで捧げるような家族。

だから、誰も気にならない。

徐々に徐々に、ゲーラ一族の人口が減っていっているのを知ってて、これまでを過ごしてきたのだ。

いずれ滅んでいただろうゲーラ一族は、今日で、少しばかり、早くに滅亡へ近付いているだけであって、それらはまた、村の者なら皆承知の事であった。


承知であるのにも関わらず、生け贄の為に命を投げる者が減らなかった。

むしろ、どんどん特権を得ようと、簡単に命を投げる者が多くなる。

ゲーラ一族では、「いのち」は軽いモノと、そう考えられていた。


何故なら、そうする事で、救世主が現れると、信じて疑わなかったからだ。


総督が村から出ていって二年が経つ頃には、皆が総督の存在すら忘れ去ったように、またいつものゲーラ一族へ戻っていく。

ただ、誤算があるとしたら、ゲーラ一族族長である、トリムールゲーラのお腹が大きくなる一方で中々子供が産まれない事だ。

そのお腹のせいで、総督を忘れようとも、忘れられなくなる。

トリムールゲーラはどんどん痩せ細るのに、お腹はどんどん大きくなっていく。

総督が出ていって一年も経つと、光明を持ってきてくれると信じられていたが、それは段々怒りに変わっていく。

「あの男はどこだ?あの男のせいで、長が苦しんでおられる。いや、むしろ殺した方がいい。あの男の子供なんて。産まれない方が幸せだ。」

夜な夜なつわりに襲われ、お腹を激しく蹴られる腹痛に耐えるトリムールゲーラを、村民は-特に女衆は-総督に対する憎悪の念が日に日に強く濃くなっていく。

村は、いつも通りに生け贄を捧げる日々を送り、いつも通りの小さな村ながら、世界(ウォールタウン)を創ったとされる、創造神話を信じ、日々を過ごす村に徐々に戻っていく。

思えば、総督が来なければここまでゲーラの名を知られる事はなかった。

知られたからこそ、トリムールゲーラに求婚を求める殿方が、世界(ウォールタウン)中から押し寄せる事もなかった。

断られた殿方が、村を襲いそれをおさえる為に、戦士が動き、殺していく。

そんな血生臭い光景を見ずにすんだはずなのに。


「あの男のせいで…………」


いつしか、ゲーラ一族の口癖になっていた。

その言葉が否が応でも聞こえてくる、トリムールゲーラもまた、村民から聞こえる憎悪の声から、洗脳されるように、想いが変わっていく。


「あの男のせいで………」

「あの男のせいで、あの男のせいで…………………」


総督が村から出ていって二年後、事件が起きる。

[海の(シーノビレス)]が、村に進行してきて、女は拐われ、戦士が出向くも有り得ない程の強さで、戦士は全滅する。

トリムールゲーラもまた、海の民に拐われて危機に陥ってしまう。


だが、この時に再開した、剣山総督の手によってゲーラは救われるのだ。

しかし、既にそこには「愛」はなかった。


そうして、子供が産まれると同時に、トリムールゲーラは剣山総督に、殺されてしまう。

「魔剣 紅」の原型になった、トリムールゲーラの護身用で持っていた短剣によって、腹を裂かれて、彼女の生涯は終わりを迎えたのだった。

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