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Zero[外伝]  作者: 山名シン
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「この方が、あなた達の新しい提督です。皆の者、名を総督と申します。彼の言うことは私、トリムールの言葉と信じ、崇めなさい。勿論、実力は折り紙付きです。」

トリムールゲーラに、率いられて、総督はゲーラ一族の兵士達の提督なった。

だが、兵士と言えど、たったの300人程しかいない小さな兵団なのだが、それはあまり、ゲーラ一族は戦いを好まずゲーラ一族の支配範囲を相当な理由が無い限り拡げたくはなかったのだ。

ただ、だからと言って、穏和な一族ということはなく、パワーに特化した兵隊馬を育てているように、何かを育て強くするという、闘争心のようなモノは物凄い思いが馳せる。

つまり、己を強く逞しく居続ける事を、第一とし、それを武力として扱おうとは、思わない、少し変わった一族なのだ。


ゲーラの戦士達は皆、屈強で逞しく、彼らがいて何故これ程ゲーラ一族の支配領域が狭いのか不思議でならなかった。


総督はまず、自身の力を実感させる為、一人一人の力を順位をつけて自覚させた。

300人を相手に、また一人ではかろうとする総督は、戦士達には笑われるが、いたって真剣だった。

「いいから、かかってこい。一人ずつだ。お前らの力がどれ程のものか、試してやる。」

「おいおい、総督様よ。何か勘違いしてないかい?どう見てもあんた、強そうには見えないぜ‼」

一人の男が言うと、回りの男共も一斉に高笑いした。

総督の目の色が濃く緑色に変色すると、地面を激しく蹴り、拳を突き出した。

しかし、流石はゲーラ一族か。

不意打ちともとれる総督の攻撃をいとも容易く防いで見せた。

それを見ていた回りの男共が笑ったが、しかし、それもほんの10秒ほどだった。

目の前の男は、全ての攻撃を総督から貰ってはいたものの、決して喰らう気配を見せてはいなかったが、次第に息を乱していったのだ。

総督は一切の息を切らしてはいない。

激しく、拳を繰り出しているのに、全く息が荒れない。

たったの一分で、決着がついた。

「次だ。このままでは陽が暮れる。もっと急ぐぞ。どんどん来い。」


約一時間後、ゲーラ一族屈指の強者達は、あっさりと総督に負けてしまった。

300対1の圧倒的大差でも、敵わない総督の実力に(トリムールゲーラ)の言っていた事を改めて思い出していた。


「一から三百までの順位が確定した。これから、強いものから順に、三人呼ぶ。呼ばれた者は、俺の指示に従い、残りの者を従えて貰う。これからは、100人ごとに別れて、三つの戦隊でそれぞれの戦地で活躍して貰う。いいか?」

「…………そ、それで、選ばれた三人は誰だよ。」

どこからともなく声が聞こえたので、総督は頷いて答えた。

「では、まず。一人目は、ミスラ。二人目、サオヤン。三人目は、イマ。お前達だ。」

彼らが前に出てくると、ゲーラの戦士達は、おぉ~と歓声をあげて、拍手をした。


ミスラは、すらっと背が高く、どちらかと言えば、屈強なゲーラの戦士の中で美形だろう。

彼は、ゲーラ一族の中で最も優れた実力の持ち主と言うのは、前から承知だった。

それにゲーラ一族は二神教であり、ミスラが最も深く信仰していたのは、善の神であった。

サオヤンは、戦士で唯一の障害持ちで誰も彼を選ばないだろうと、思われていたので意外な結果に、逆に感服し誉め称えた。

サオヤンは、盲目で少し内気なところがあるが、しかし、誰よりも訓練を怠らず、休みの日でさえ訓練をするという真面目な男だった。

イマは、「カビイ」と呼ばれる、円輪型の武器を用い、その剣さばきは総督も圧巻させられた程だ。

イマはまた、二神の内の創造の神である、ヴィシュヌ神を信仰しており、ヴィシュヌが扱う「チャクラ」と呼ばれる武器を、実際に使いたいと思い、自らの腕で、鉄鉱石から一からカビイを作ったという事から、イマは努力の男だった。


彼らに、残りのメンバーをそれぞれ従わせ、次の訓練の時から、総督を総指揮官として、ミスラ、サオヤン、イマを中心に新たな訓練が始まった。


全ては、ゲーラ一族繁栄の為、世界(ウォールタウン)にゲーラの名を広げる為であった。


たった一年。

それだけで、ゲーラ一族はウォールタウンの5分の一を、支配下に変えた。

しかし、総督は始め自分一人で戦っていた。

どんな戦であっても、必ず前に出て兵士達が追い付く前に、決着がついてしまうなんて事はざらにあった。

勢力拡大戦争に出てから三ヶ月間は、ほぼ全て総督たった一人の功績によるものだ。


「どうして、そんなに前へ出られるのですか?」

妻、トリムールゲーラがある夜尋ねてきた。

その質問は、兵士からの不満にもよるものだ。

最近の総督は、まるで仲間を信じていない一匹狼のようだと、口を揃えて言っていたのだ。

「前へ出たいのではない。俺はただ、誰も失いたくないだけだ。」

「失いたくない?私からすれば、既に失っているように見えますが?」

小さな小皿に椿油を入れた容器に、メラメラと灯る火を眺めながら、星がよく見える真夜中に、二人は話していた。

聖塔ブラークの近くに代々住まわれる、ゲーラ一族族長の家がそこにある。

家といっても、かなり大きい。

ドーリアと呼ばれる、職人によって建てられた、荘厳で優雅な、家はトリムールゲーラと総督の二人だけでは広すぎる。

中には当然のように、使いに来ている侍女がおり、奴隷等も混じり、色んな人種の人間がそこに住んでいる。

ゲーラの部屋は特に大きく、初夜はそこで過ごした。

「貴方は、私の大切な戦士達を見殺しにしてるのと、同じですよ?」

「見殺しに?何故だ?」

「貴方が強ければ強い程、兵士は皆不貞腐れていく。もう少し後ろに下がって、信じてみてはいかかがですか?」

総督は、一瞬間をあけて戸惑った風な表情でいった。

「俺は、誰も死なせない為に、俺が出る事によって見本になればと思って。」

「それで、総督様が亡くなられたら、残った者はどうなるのですか?手本を示したから、後は勝手にやれと、そう言うのですか?そんな簡単な気持ちなのですか?なんて無責任な男でしょう。あなたを尊敬する者も当然おられるのに、あなたが突き放すから、彼らはいつまでたっても、貴方の足元にも及ばない。」

ゲーラは立ち上がり、窓を開け、星空をみた。

振り返り、総督を見下ろすと手招きするように呼んだ。

総督も立ち上がり、一緒に空を見た。

「君は、俺がいなくなると嫌なのか?」

ゲーラは、少し考えてから言った。

総督の方を見ずに星空を眺めながら。

「私は、私も、誰も失って欲しくない。皆大切な私の家族ですから。」

ゲーラの目には涙が浮かんでいた。

言葉に出す事で、自分の本当の想いが募るように、どんどんそれは頬を伝って流れ落ちていく。

「この一族は呪われた一族と言われています。私のせいで、苦しむ者もいます。だから、これ以上この一族を大きくしたくなかった。厳しい生け贄を設けたのも、誰もここを去って欲しく無かったから。ずっと平和でいるなんて、幻想に過ぎない。それでもいい。それでもいいから、今いる者達をこれ以上死なせたくないのです。」

しばらくあってから、また一言一言言葉を紡いでいった。

「出来れば、このまま貴方が前に出て死んでしまえば、これ以上戦士達を悲しませずにすむのかもしれない。でも、でもそれでは私は…………」

総督は、彼女の言葉は本音だとも思った。

本音だと思いながらも彼女の言葉は、建前のように聞こえた。

戦士達の声は、総督を疎ましく思う者の方が多い。

勝手に現れて、勝手に戦場に立ち、勝手に戦果を上げて、勝手にゲーラを変えてしまった。

いまや、ゲーラ一族は、ほんの三ヶ月前までの姿はない。

あらゆる人々が混ざり、あらゆる秩序が乱れていった。

本来それは、何年もかけて修正していくものだが、あまりにも早い改革によってついていけない者が当然のように現れる。

トリムールゲーラが言った言葉は、彼女の気持ちではなく、一族の言葉を代表したに過ぎない。


それほど、総督を愛してしまったからこそ、これ以上総督を死なせに行かせるいうな真似を出来ない。


「総督様、一つお聞かせ下さい。貴方はどうして、そんなに死にたがりなのですか?残った者はどうでも良いのですか?」

我慢していた、涙が爆発したように弾け、泣いた。

ゲーラは、続けて、「愛している」と、言った。

総督は、星空を眺めながら黙って話を聞いていた。


肩に彼女を抱き寄せ、その日の夜は狂ったように愛した。


「すまない、ゲーラ。君を傷付けるつもりは無かったんだ。ただ俺は、人を殺しすぎた。」


自分でも抑えきれない衝動にかられて、敵を目の前に見ると自分を見失ってしまう。

子供の頃に、始めて戦場に出た。

七つの時だ。

その時呼ばれた名前が、小さな鬼神。

そして、俺が生まれた時に言われた名前が「武神」

戦う為に生まれ、戦う為に死ぬ。

そう願われて、生まれてきたんだ。

何も死にたがりな訳ではない。

運命のように、体が反応してしまう。

ここ(ウォールタウン)へ来たのは、変わりたかったからだ。

自分の運命に背いてみたかったからだ。

仲間を信じれない訳ではない。

仲間を奪われるのが怖いんだ。

一度、家族が奴隷にされた事がある。

助けた後も、誰とも口を聞かずに自らその命を断った者もいた。

俺は怒りに溺れ、気付いたら、血の海が出来ていた。

比喩表現で使われるものじゃない。

俺の膝辺りまで、血がたまっていたと思う。

手についた生臭い人の血を見る度に、俺はどんどん沈んでいった。

全て自分でやった事なのに、全てを無かった事にしようと、動くしかなかった。

忘れる為にまた、人を殺してきた。

殺す事で殺した事を忘れる事が出来る。

俺は、戦争の英雄であると同時、快楽殺人者とでも言おうか?

俺が出なければ、誰かを失う。

誰かを失えば、また忘れようとする。

忘れようと、忘れようと思う度にまた、同じ衝動にかられてしまう。


「こんな俺を許さないでくれ。それでも俺を愛しているのなら、それでもいい。でも許す事は決して許されない。俺は君を守れる。必ず。どこかへ拐われようと、必ず取り返しにいくだろう。そこで血を見る事になっても、俺を許しちゃ駄目だ。それだけは約束してくれないか?君を、君を傷付けたくはないんだ。」

ゲーラは、深く深呼吸をして、答えた。

「いいえ、駄目ですよ。私は必ず貴方を許すでしょう。貴方ほど、仲間想いな人は見た事がない。」


「それに、私をあんなに力強く抱き締めた方も、貴方が始めてですよ?フフフ。しかし、貴方の約束は守りましょう。だから、私の約束も守って下さい。」

ゲーラは総督の肩を支え、目を見た。


[貴方は、私が選んだ唯一の人。私と共に老いて、私と共に死んでください。]


いつの間にか、夜が開けて、朝日が出てきた。

光が二人を照らしていた。

いつまでも抱き合っている、総督とゲーラをいつまでも照らし続けていた。


一年後、ゲーラ一族はついに世界(ウォールタウン)中に知られる屈指の強国となった。

所謂、最盛期で、どの一族よりも軍事政治、どちらも強くなった。


総督が、トリムールゲーラと一年間共に過ごした記念の祭典を開いてくれる事になり、村中の人々が彼らを讃えた。


食事会より。

豪勢な食卓を囲み、男達が黒い机の前に座り世間話で盛り上がっていた。


「いやぁ、それにしても総督様。一周年おめでとうございます。」ミスラが言った。

ミスラは総督の右腕的存在として、この場にいた。

総督は、あの日以来、すっかりゲーラの戦士を信じ、後ろで見守る役目に回っていた。

そうする事によってからか、総督一人でいた時よりも何倍もの速さで、支配領域が拡大していったのだった。


「あぁ、ありがとう。」

今日で何回目のありがとうだろうか?

皆から祝福されるのは悪い事ではない。

何せ経験がないので、総督は、ありがとう、の一言ばかり言っていた。

ようは、照れ臭かったのだ。

「総督様が来てからというもの、我々の地位も上がっていき、前よりも豊かになったゲーラ一族はやはり、最高だ。」サオヤンが言った。

サオヤンは、この一年で、実際の夢で善の神アフラマズダ神の言葉を聞いたと、言われているが、あまり信じてもらえないようだった。

「俺だけの力ではない。皆がいたからこそだ。感謝している。」

総督がそう言うと、集まった男衆は、おぉ~と歓声をあげて分かりやすく照れていた。


「そう言えば、まだ飯は来ないんかのぉ。私たちは腹が減って死にそうじゃ。」イマが言った。

イマは、戦士の中でもかなりの古株であり、この一年で多少話し方に癖が出てきたと、皆が彼をからかっいる。

「それと、女はまだかのぉ。私たちの嫁さんが、持ってきてくれるっつうから楽しみじゃあ。」

イマを中心に男達が、鼻の下を伸ばして、飯を今か今かと待ちわびていた。

「そうだな。楽しい食事にしよう。」

総督が手をあげると、男衆は拍手をおくった。


コンコン。


ふすまが叩かれたので、入れ、と誰かが言うと、同時に男衆は興奮した声で、女達を迎えてくれた。

300人の戦士達皆に、愛する奥さんがおり、中には二人三人も、奥さんがいる戦士もいた。

大きな食卓に、端から順に、何人もの戦士の嫁が入り食事を運んできたので、皆拍手をして待った。

女の姿は、かなり露出の高いもので、ほとんど丸見えのような格好で食事を持ってきた。

照れているのか、うつ向いて部屋へ入ってきたが、男にとってはむしろその方が興奮するものだ。

それぞれの戦士の所へ、奥さんが寄っていくと机に食事を置き颯爽と出ていった。

最後に入ってきたのは勿論、本日の主役である、総督の奥様。

ゲーラ一族族長、トリムールゲーラ様。

その美しさに、世界中から求婚を迫られるという、絶世の美女が入った途端、男達の興奮は最高潮になった。

誰かが、指笛を鳴らしおちょくっている。

「よっ!色男!」

「総督様最高!」

「長ー!美人だねー!」

色んなヤジが飛び交う中、ゲーラが総督の目の前に来て、机に食事を置いた。

服装は、総督と出会った時と同じく、透けていた。

ただ前と違うのは、胸を隠す布を巻いていなかった事だ。

透明の薄い服を上から羽織り、それを風になびかせながら、現れたトリムールゲーラは、興奮しきった男をよそに、愛する夫だけを見詰めていた。

「私たちが愛を込めて作りました。残さず、食べて下さいね。」

総督は、一回唾を飲み込んでから答えた。

「あぁ。ありがとう。愛してるよ。」

ゲーラがニコッと笑い、部屋から出ていき、ふすまを閉めていく。

すると、男共が、ヒューヒューと総督をからかっていた。

それにムッとした総督は皆を睨み付けて、黙らした。

しばらく静かな空間の後、総督が笑い言った。

「あれは、俺の女だ。手を出すなよ?」

そうして、男達が大袈裟に笑いこけ、酒を交わした。

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