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Zero[外伝]  作者: 山名シン
3/16

出逢い

総督が最初に立ち寄ったのは、いかにも老舗の「林檎屋」だった。

そこの店主である老婦人は、もう30年来のベテランだ。

そこで聞いた[生け贄]と呼ばれる掟は、この村では決して怠ってはならない。

以下がその[生け贄]の内容である。


・[生け贄]と呼ばれる貢ぎ物を毎年、いつでも良いので必ず一度は行う事。

・子供も大人も、余所者も関係なく生け贄を遂行しなければならない。

・幼児は0~15まで、少年少女は16~25まで、26からは大人として数えられる。

・生け贄が多ければ多い程、その者の家族は特権が与えられる(例えば、誰かを殺しても罪に問われない等々極端な特権から貧相な権力まで様々だ)。

・基本的には、幼児はどんな物でも生け贄可能(砂や髪の毛一本でも可)。少年少女は主に果物や野菜。大人は、これらに加えて自分自身の体の一部を生け贄しなければならない(但し、爪や皮膚の欠片でも可。しかし、これが多ければ特権階級は絶対的だ。例えば、自信の命を生け贄に捧げればその者の家族は勿論、愛人友人の家族等も特権に選ばれる)。

・生け贄は全て、聖塔である「ブラーク」にいる、トリムール・ゲーラ(ゲーラ一族族長)に納めなければならない。

・生け贄中は決して族長と話してはならない。犯した者は、たとえそれまで特権を会得していた者であっても即刻、守護に立つ番人が殺しにいく事。


以上の七つが、[生け贄]である。

これらを守れなかった者は、ゲーラの名を穢す者として、一年中追われ身として、村から出ていって貰う、という掟だ。


「御婦人、林檎を一つ貰おうか」

「おやおや、旅の方、あんさん余所者だねぇ。しかし気を付けぇよ。余所者は何しでかすか分からんからねぇ」

郷に入っては郷に従え。

その辺は、総督はいたって冷静であった。

林檎屋へ来る前に、何度もしつこく道行く人に、[生け贄]をするときは、決して長と喋ってはいけないと口を酸っぱくして言われているからだ。

どれ程の人物なのか、早く拝見したいものだが、どうやら規則があるらしく、総督はここでは少年扱いされていた。

そうして、林檎を買いに来たのだった。

「あぁ。ありがとう御婦人。では、生け贄してくるとするよ」

そう言い、遠くにある巨大な聖塔を見詰めて歩き始めた。


商人達の熱い勧誘を避けながら、村外れにある、牧場を訪れる。

そこでは、家畜が厳しく鞭で叩かれている場面がある。

相当強い馬に育てる為だろう。

若い青年から、ベテランの老人までが馬を乗りこなし野を駆け巡っている。

ここの馬は、皆戦争時に乗る訓練された馬ばかりで、巨大なものが多い。

パワーに優れ、あまり速さは感じられないが、それでも自然の馬よりは速く、逞しい。


牧場を抜けると、静かな水の道が出来、総督を案内するように聖塔まで続いている。

朝早くから、ゲーラの村に着いた筈だが、気が付くともう陽が落ちかけていた。


水の道が途切れると今度は、女が迎えてくれた。

どうやらこの女は、所謂奴隷で、道行く女の全てが裸でいる。

その女の特徴は、皆、坊主である事。

坊主で、裸の女達が躍り狂いながらも、道を示し聖塔の中へ導いてくれている。

躍りの舞いの中、奇妙な音楽も流れてくる。

聞き慣れない、楽器の音。

これ程、聡明で、美しい音色は今までで最高の音だ。

その音楽につくようにして坊主の裸の女達は狂うように踊る。


次に犬が現れた。

獰猛な面をして、薄汚れた体に、似合わないその綺麗な鳴き声。

ウォンウォンとうるさいようだが、しかし慣れるとこの鳴き声もまた心地良い。


そうして聖塔に入る。

聖塔の入口にでかでかと、「ウカルブ」と、書かれていた。

勿論、字は読めないが、ここの住人が揃ってここの事を「ブラーク」と呼ぶから間違いない。


聖塔ブラークの中では、今度は裸の男衆が木で出来た槍を構えながら、音楽に合わせて躍り狂っている。

男衆は、影に隠れながらなので顔までははっきり見えなかったが、やはりコイツらも奴隷だろう。

それにしてもこの音楽はどこで流れているのだろうか?

そんな事を思いながら、総督は、聖塔の中央に供えられている、果物や野菜、肉、魚を見て、あそこが恐らく[生け贄]の場所だろうと思った。

中央だけが妙に明るくなっている、[生け贄]の側に、人種を問わず、黒人白人黄色人種、が、列をなして、あれよこれよと貢ぎ物を捧げている。

一人ずつ、終えると振り返り、列を横切り帰っていく。

たまに、振り返らずに、聖塔の中央より、中の階段へ向かった者もいた。

彼らは一体何者なのかは分からなかったが、ここの掟では長と話してはならない、という事。

の、筈だが、聖塔ブラークに近付くにつれて、誰とも喋る人すらいなかった。

恐らく、長というのは、聖塔ブラークそのものがゲーラの象徴である、族長なのであろうと、総督は思った。


そして、総督の[生け贄]の出番が回って来たとき、総督の心臓は、一瞬止まったように、衝撃を受けた。


ゲーラ一族、族長「トリムール・ゲーラ」は、女であった事。

そして何よりも、美しかった事。

それは、世界に名高い、「世界三大美女」の一人として、1000年をかけて知られる事になる女性だ。


思わず総督は、握っていた林檎を落としそうになるが、腕の力は入らずにいた。

腰にかけた重剣(ちょうけん)山越(やまごえ) が重くて仕方無かった。

生け贄の貢の真ん中に、ちょこんと座る、女性を見た瞬間、今までに感じた事の無い、感情が沸き起こり、総督の心をかき乱した。


思わず声を挙げそうになった。

しかし、息が荒くなっている事にも気付かず、総督はその場に立ち尽くしていた。

すると、目の前に写る、美しい女が総督に声をかけた。

「[生け贄]を。ここに捧げて下さい」

彼女はこちらを見ずにうつ向いたまま言った。

総督は、それに少しガッカリしたが、しかし、そんな事など、ほんの些細な事でしかない。

危うく、分かった、と口に出してしまうところだったが、掟に背いてはならず、開いた口を必死におさえた。


その女は、見た目は、18~19ぐらいだろう。

かなり若くも見える。

特に激しい露出をしている訳でもなく、しかし、所々、透けている服のせいだろうか、とても魅力的だった。

髪はストレートで肩まであり、黒髪。

うつ向いているので顔はよくは見えないが、これ程容姿が綺麗だから、恐らく美人は間違いない。

総督は、息が荒くなっているのにも分からずに、彼女の目の前にしゃがみ、手を差し出しているので、持っていた林檎を渡した。

すると、女が突然に両手で総督の手を握り、微動だにしない。

総督の心臓の音がまわりにも、聞こえているのではないかと、思うほど恐ろしく早く鼓動している。

「貴方は、余所者ですね?」

「……………」

「貴方は、どこから来たのですか?」

「……………」

「どうして、答えてくれないのですか?」

「……………」

「分かりました。では、何故、ここへ来たのですか?自分の故郷を捨ててまで。何故?」

その時に、総督は悟った。

この女には、何も喋らなくとも、全てが見えているのだと。

握られた手の感触を懸命に覚えながら、総督は下を向き、ただひたすらに、何も喋らなかった。

自分の抑えきれない、「欲望」だろうか。

それに必死に耐えて、彼女からくる質問の嵐に、ひたすら無視し続けた。


「では、顔をお挙げなさい」

質問では無かった。

総督はゆっくりと、顔を挙げた。

「はっ」と、一瞬声を出してしまった気がするが、誰も気付いていないのか、何も起こらない。


彼女の目は、黒く染まっていた。

真っ黒だった。

黒目や、白目もなく、まぶたの下は、ただただ黒いだけだった。

少し奇妙な風に見えてしまったが、目を除けば、鼻筋、唇、頬、耳。

どれをとっても、その辺にいる女とは比較出来ない程美しい。

絶世の美女とはまさに、この女性こそ相応しい。

ゲーラ一族族長、トリムール・ゲーラ。

彼女の名前は、創造神になぞられた名で、彼女の先代が、ブラフマー・ゲーラであった事から、時代の移り変わりの創造神を象徴していたのだ。


トリムールゲーラが、総督の手を放すと、彼女はにこやかに笑い、囁いた。

「貴方のお名前をお聞かせ下さい。私は、トリムール・ゲーラと申します」

「………………」

「フフフ。健気な方。もう審判は終わりましたよ。お答えください」

言うと、今まで、真っ黒に染まっていた、彼女の目が、緋色に輝いた。


「…………剣山総督です」

「総督様、さぁ、私と共にこの聖塔の頂上へ向かいなさい。貴方はこれより、私、トリムールゲーラの、婿になるのです」


中央階段を上り、所々の穴のあいた窓から太陽の陽射しが灯っている。

一段一段上っていく、彼女の後ろ姿を見る度、総督の心は益々彼女に惹かれていく。

「今から何が行われるんだ?」

「今から?おかしな事を訊くのですね。これから婚姻の儀式を開始するに決まってるじゃない。」

「婚姻?私達は、結婚するのか?」

「そうですよ?総督様」


ブラークを上りきり、頂上の扉を開き、風が吹いてきた。

岩で出来た、柵状の壁の隙間から見える、ゲーラ一族全民族。

ワーワーと下から叫んでいる人々を見下ろすように、聖塔から出てくると、トリムールゲーラが、手を振り上げ民を制した。


「皆の者、お聴きなさい。彼が、剣山総督様が、私の夫となる殿方であります。今日より、総督様との永遠の愛を契る事を誓う!!!」


どっと湧いた歓声が、轟いた。

女衆は、黄色い声でトリムール様と叫んでいる。

男衆は、総督様と黒い声で叫ぶ。

いつの間に広まったのかは知らぬが、婚姻が決まった途端に、人々は集まり聖塔ブラークが見える位置に着いていた。


トリムールゲーラが、小さな声で、総督を呼ぶと前に出てくるよう指示する。

「何故、俺……いや、私を?」

「またおかしな事を訊くのですね。わざわざ言わなければいけませんか?」

「…………」

首を傾け、小さく笑うトリムールゲーラに、総督の気持ちは一点に変わった。

そうだ、理由などいらない。

総督自身、理由なく彼女を見ただけで好きになったのと同じように。


「トリムール………」

「いいえ、ゲーラとお呼び下さい。長には皆ゲーラで呼ばれる権利が与えられるから。勿論、貴方だけですが。」

「…………ゲーラ……」


ゲーラの腰に、手を回し、彼女の顔をじっと見つめる。

ゲーラは、目をつむり唇を少し突き出した姿勢で上を向く。

しかし、総督は戸惑っていた。

何せ、総督にとっては初めての事ばかり。


「どうしたのですか?フフフ。もしかして初めてですか?」

薄く目を開けて、小さく笑うゲーラに、総督は少しばかり恥をかかされたが、総督もふっ、と 笑い返すと目をつむった。


夕日の影が二人を包み、歓声に見守られながら、その影は徐々に近付いていき、重なった。


こうして、剣山総督とトリムールゲーラは、一族を越えて、夫婦となる。

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