始まりのタウン
そこは、一日中晴れている白夜と呼ばれる闇が訪れない不思議な土地だ。そこに住む住人の殆どは、眠る事を知らないでいる。拳に光を集めて日々天に向けて、突き上げ叫ぶ人々がいる。
その者は、異端な種族を決して許さない、誰とも交流を深めようとしない鎖国国家のように、堂々とそこに君臨する。
「ハイベスト」を名乗る彼らが神は、この地に舞い降りた見知らぬ者に向けていきなり、無数の光の玉を投げ付けた。
「この地を侵す野蛮な輩は、ハイベストの名の下に断じて許してはおけん‼」
一人の男につられるように、何十とも見える男衆が、ボロボロに汚れた青年に襲い掛かる。
ヒュンヒュン、と光の玉が青年を襲うが、彼は全く微動だにせず、さっき叫んだ男を睨んでいる。
その青年をよく見ると、目の色が濃い緑色に変色している。
それに呼応するかのように、地面が青年を勝手に動かしていく。
光の玉が当たらない場所へ、地面が青年の盾になっているような、ひとりでに動き、決してハイベストと名乗る男を見逃さなかった。
ハイベストとその群衆が地面へ降り立った時、その青年は、物凄い勢いで男の方へかけていく。ハイベストを守るように、他の群衆が前へ出てくる。
青年が拳を突き上げると、光の拳とぶつかった。燃えるように熱い。そして、チクチクと、棘が刺さる感覚がある。
しかし、青年は止まらなかった。群衆の一人の腕がはち切れるように、雲散霧消すると、同時に光の玉が次々と襲ってくる。
キンッと、剣を抜き、青年が群衆に向かって剣を振りかぶった。
「落山………フジ(3776)‼」
ブンッと、振りかぶると、そこから透明な筋のような道が見え、3776mと3776kg、掘り進んだ。剣の長さが約1,2m。この長さを基準にして、そこから3776mもの道が出来、剣の重さは3776kgに。
その道の範囲だけ、斬撃のような、重力の塊が飛んでいく。
技の名前は落山。
剣山一族の誇る最高の剣だ。ある神が用いたと呼ばれる、「重剣山越」は、その重さ故に使いこなす者は確認されていない。それほどまでに、強力な剣なので誰も使おうとは思わなかったらしいが。
その能力を使い、ハイベストを追い詰める事に成功した、剣山総督は緑色に灯った目で、睨み付け一言放った。
「この世界で一番偉い者は誰だ?」
別に偉い者でなくとも良かったが、その時に出た言葉はこれだったに過ぎない。
「ゲーラ一族さ。だが、やめときなあんな蛮族、会うだけ無駄だ」
かろうじて目をうっすら開けているハイベストが、言った。
「どうしても行きたければ、行けばいい。何しに行くかは知らねぇが、呪われても知らねぇぜ?」
そう言うと、ハイベストは指で方向を示し、逝った。
場所は南東にある、「ウォールの尾」とも呼ばれる小さな平地にあたる。
総督は、ハイベスト達の死骸を越えて、山越を抜くと、南東に向けて剣をかざした。すると、剣が、おもむろに正確な方角を標し始めた。まるで方位磁石のように傾きだした、重剣山越がさす位置通りに、総督はゆっくりと歩きだした。
だが、歩くといってもここは大陸。早々歩いていける距離ではない。しかし、総督は既に海を割り、タウンからタウンまでの距離を実際に歩いている。
それも寝ずに休まずに、おそよ3ヶ月かけて、だ。割れている海を見ながら、歩き、星を見て、途中で止まっている魚達を不思議に感じながら3ヶ月間飲まず食わず、寝ずに休まずに、歩き続けたのだ。
またも3ヶ月は歩き続けただろうか。この世界はどこかおかしい。ずっと続くのは、岩肌のゴツゴツとした平地ばかりだ。いや、所々に建物はあった。そこに住む人々も確かに存在はしたのだと思う。だとしても、何も無さすぎる。森も川も山もない。牛や、羊、駱駝なんかもいない。馬でさえいないのだから、ここの世界の人々はどうやって移動しているのか、不思議でならかった。
ある日、陽射しがあまりにもよすぎて、ほとんど視界が奪われるくらいの晴天だった。
そこで出逢ったのは、一人の男だった。総督と然程、歳は変わらないだろう。しかし、物凄い風格があった。
胸の鎖骨から、腰骨までの、銅色の鎧だろうか?顔は、肌が荒くしかし、百戦錬磨の強さがにじみ出ている。
そして、奇妙なのは、その腕の数だ。その男の腕は、4本ある。手首にそれぞれ、胸から腰にかかっている鎧と同じ、銅色のリストバンドを飾ってある。
鋼のような、筋肉。分かりやすく骨張った体つきは、誰がどう見ても強者の風格そのものだ。
どちらも名乗りを挙げず、お互いを睨み合っている。恐る恐る、総督が聞いたのは、ゲーラ一族についてだ。
「ゲーラ一族が住むのは、この方角で間違いないか?」
「さぁ?どうだがねぇ。あんた、いい目をしているねぇ。」
四つ腕の男が近寄り言ったが、思った程に巨大ではない。総督と同じく、恐らく身長は180前後だろう。しかし、少し見上げなければ男の顔はよく見えなかった。
「知らないならいい。邪魔をした、失礼する。」
総督は顔を伏せ、男を避けるように、また歩きだした。
「おいおい、まぁ待てよ。教えてやるさ。何だったら、目の前まで連れてくぜ?」
総督は男の言葉を聞いて振り返った。
「次戯言を言えば、貴様を殺す。」
樹力を上げて、濃い緑色に変色した目で、四つ腕の男を睨むと、男はニヤリと笑った。
その男は、名を「アスラ」と言った。
総督は、アスラとほとんど何も会話をしなかったが、アスラもそれを望んだろう。ゲーラ一族までの道程で、何度か手合わせをした事がある。アスラは、恐ろしく強かった。が、負ける事はなく、両者共引き分けが普通である。度々手合わせをするものだから、お互いの手の内が段々分かってきたが、やはり勝敗はいつまで経ってもつかなかった。
そうして、半年後、ゲーラ一族の手前の、ここもやはり岩肌の平地に辿り着くと、アスラと別れた。
「どうしても行くなら止めねぇが気を付けろよ。ゲーラ一族はおっかねぇぜ。呪われても、まぁ自業自得だな。」
「呪われる…………か。前にも聞いたな。一体ここは何があるんだ?」
「さぁな。行ってみたら分かるよ。」
アスラは、ひきつった顔で総督を眺めると、四つの腕を器用に動かしながら、背を向けていった。
ただ目の前に来たと、言ってもそこに村や町がある訳ではなく、ただただ広い平地が並ぶだけだった。
本当にゲーラ一族などがここに住んでいるのだろうか?半信半疑で足を平地の向こうへ出すと、驚く光景が総督の目の前に起こる。
さっきまで、何も無かったただの平地が、みるみる村の形になっていく。側に看板があり、見てみると「始まりのタウン」と書かれてある。その看板の上に、アーチ状で「ゲーラ」と書かれているのだが、何せ剣山家とは違う文字なので、読めなかった。
そこを抜けると、商人達が店を開き、客寄せに必死になっている。
林檎だけを売っている店。
米だけを売っている店。
皿だけを売っている店。
等々、一つの店には一つの品しか揃っていない。遠くの方に、草原があり馬や羊、牛等の家畜を飼っている。個人の家は恐らく、其々の店自体が家なんだろう。家らしき建物が見当たらない。
しばらく、総督は入り口付近で観察をしていた。